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36 ルシエルとティア
しおりを挟む純白の布でおおわれた輿が、騎士団に守られながら、ゆっくりと荒地の古城へ近づいてゆく。
崩れかけている正門前にて止まった一行。
白い輿だけを残して、さっさと帰ってしまいました。
まるで敵意が感じられなかったので、何ごとかとじっと見物していたグリフォン。
あとに残された輿に近づき、布をめくると、たいそうおどろきました。
なにせ中には純白のドレスを着た、若い女が入っていたのですから。
「ごきげんよう。グリフォンさま。わたしはボルバ王国の姫ティアです。さきの無礼のおわびとしてまかりこしました。どうぞお好きになさってください」
見上げながらそんな言葉を口にする娘。
堂々としているが、よくみると指の先がかすかにふるえています。
どうやら懸命に怖いのをこらえているよう。
しかも両手足が鉄のクサリにてつながれてある。
これは万一にも姫が臆病風に吹かれて、逃げ出さないようにとの国側の用心。
ですがこれを見たグリフォン、おおいに機嫌を損ねて、フンと鼻を鳴らすと、前足を無造作にふってクサリを粉々に砕いてしまいました。
「その気持ちだけもらっておく。お前をつなぐクサリはもうない。これで自由に動けるだろうから、とっとと帰れ。オレは寝る」
言うだけ言うと、ずんずんと城内へと入っていってしまったグリフォン。
その夜、荒地には珍しく雨が降りました。
年に数えるほどのこと。乾いた不毛な大地が、ほんの少しだけ潤う。
一夜が明けて、さすがにもう帰っただろうとグリフォンが正門前へと向かったら、なんと! まだいるではありませんか。
しかも一晩中、雨に打たれていたのか、すっかりびしょぬれの姿で。
「きさまはバカか! お前たちは弱いのだから、そんなマネをしていたら、すぐに死んでしまうぞ」
思わず怒鳴るグリフォン。
でも姫は淡々とした調子にて「いえ、どうせ生贄に捧げられた身ですから。どうぞお気づかいなく」
なんという言い草。これにはグリフォンも開いた口がふさがりません。
とにもかくにも、びしょぬれのお姫さまを放っておくわけにもいかず、しぶしぶ城内へと招きいれたグリフォン。
比較的キレイな状態の部屋に案内し、暖炉に火をくべてやり、「服をかわかし体を温めるように」と言い残し、いずこかへと飛び去っていきました。
ティアが暖炉の前でぼーっと待っていると、しばらくして戻ってきたグリフォン。
彼女の目の前で小麦色の肌をした長身の青年へと姿を変えました。
「あら? ステキ。グリフォンさまは、そんなことも出来るのですね」
ステキと言うわりには色めき立つわけでもなく、ちっともおどろいた風でもない姫。
青年が差し出したのは大きな袋。
中には黄色いドレスやらタオルの他にも、女性用の小物類に、食べ物などがたくさん入っていました。
「とりあえず、ソレで身なりを整えろ。話はそれからだ」
……と、こんな感じでルシエルとティアは出会ったという。
国に帰ったところで居場所のない姫さま。なし崩し的にグリフォンとの奇妙な共同生活が始まったそうです。
なんでもルシエルという名前も彼女がつけてくれたんだとか。
ティアによれば「ル」が王で、「シエル」が空という意味。つまり空の王という名前なんだと、グリフォンも満更ではない様子。
お姫さまの事情や二人の出会いというか、惚気話? みたいなものをグリフォンから聞かされた水色オオカミの子ども。
ティア姫がされた仕打ちの数々を知って、やっぱりあそこには立ち寄らなくてよかったと改めて思いました。
「もういいわよー」
室内の掃除が終わったらしく、ルシエルとルクを呼ぶティアの声。
よっこらせと起き上がったグリフォンが、のしのし城内に戻ると、これを出迎える姫さま。気まぐれな風が吹いて、ちょっとだけ彼女の前髪がめくれて、目元がちらり。
それを目撃したルクは、あれれ? と小首をかしげます。
だってとってもキレイなんですもの。
「ほら、ルクもいらっしゃい。片付いたことですし、お茶にしましょう」
呼ばれてタタタと小走りにて二人のところに駆けていくルク。
子どもゆえに色恋についてはまだよくわかりません。
けれども、ルシエルとティアが並んでいる姿は、見ているだけでなんだか心がポカポカしてくるようで、とっても好きだなぁと思いました。
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