水色オオカミのルク

月芝

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154 出動! 森の便利屋さん

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 これは水色オオカミのルクが、天の御使いの勇者の旅を通じて、地の国に住む者たちのいろんな生き方や在り方、その愛の形にふれていた頃のお話。
 とある森にすむ野ウサギ一家の三兄妹の末娘ティーと、その相棒のからくり人形のガァルディアはとっても困っておりました。
 森の便利屋さんとして日々活動していた彼女たち。
 そんな彼女たちのところに駆け込んできたのは、ティーの二番目の兄であるタピカ。

「たいへんなんだ! すぐにきてくれ」

 野ウサギとしてはやや大柄にて、一見するとたのもしそうな次兄のタピカ。だけれどもまだまだそそっかしいところが多くて、つねに落ち着いている長兄のフィオと比べると、なんとも危なっかしい。そんなところがかわいいとか言ってくれる酔狂な友だちもいるけれども、妹としてはタピカ兄ちゃんの将来がちょっと心配。
 そんな次兄のことだから、きっとたいしたことではないのだろうと、相棒とのそのそ出かけたのですけれども、事態はおもったよりもハデでした。
 だってタピカ兄ちゃんに案内されるままについた森の奥の現場では、二匹のアライグマの青年たちが、ポンポコとなぐりあっていたんですもの。
 周囲にはオロオロとうろたえているアライグマの娘さんの姿もありました。

「ええぃ! エスタロッサはボクのモノだ」
「だまれ! 彼女の愛はこのオレにこそふさわしい」
「アンドリューもシリウスもヤメて! わたしのために争わないで」

 いわゆる三角関係、もしくは痴情(ちじょう)のもつれというやつです。
 この修羅場を前にして、森の便利屋さんたちは、すっかり弱ってしまいました。
 だって、ティーはまだ初恋も経験したことのないウブな女の子。
 しかも他の男の子たちが声をかけようものならば、フィオとタピカの二人の兄たちがすぐに追っ払っちゃうから、家族以外の若い男性との接点がほとんどないのが現状。
 そしてガァルディアにいたっては、見た目こそは愛らしいおかっぱ頭の女の子ですが、カラダはからくりにして、巨大なオノをブンブンふりまわす剛力無双。中身はどちらかというとおじいちゃんです。
 あまりにも色恋から縁遠い両名にとって、この状況は過酷すぎる。
 どうしたものかと首をかしげていたら、いつの間にやらタピカ兄ちゃんの姿が消えていました。
 自分の手に負えないからと、こっちに丸投げされてしまったよう。ヒドイお兄ちゃんです。

「……にしても、アンドリューとかシリウスとかエスタロッサとか、なんだかやたらと仰々しい名前のアライグマたちだな」とは、ちょっと呆れ顔のガァルディア。
「あー、それねぇ。一時期、彼らの間でそんな名前を子どもたちにつけるのが、やたらと流行したからなんだって。近くの村にきていた旅の一座の芝居をみて、すっかり感化されちゃったとかで。だからアライグマさんたちは、わりと役者さんみたいな名前の人がおおいんだ」
「それは、なんともはや。呼びづらいというか、なんだかこそばゆいな」
「でしょう? だから声がかけずらいんだよ。遠くから呼ぶときなんて、なんのバツゲームなのかとおもっちゃうよ」

 わるいのは、ノリで生まれてきた我が子にそんな名前をつけまくった親たち。だから子どもたちはわるくない。そんなことはわかっている。わかっているけれでも、それでもすごくはずかしいと、文句を口にするティー。
 と、そんな会話をしている間もアライグマの青年たちによるポンポコ合戦は続いており、さすがに危ないと判断したガァルディアが、間に割って入ったのだけれども……。

「じゃまをしないでくれ、かわいらしい人よ。キミの気持ちはありがたいが、ボクにはエスタロッサという心に決めた人がいるんだ。だからどうかボクのことは忘れてくれ」
「すてきなおじょうさん。キミの想いはたしかに受け取った。だけれどもこれは男と男の問題なんだ。だからあなたを巻き込むわけにはいかない。どうか放っておいてほしい」

 アンドリューとシリウスからそんなことを言われたガァルディア。「どうしてケンカを止めにはいっただけで、まるで関係のない私が、双方からふられているような形になっているのだ?」とかなり不満顔。

 アライグマたちのなんとも芝居がかった物言い。
 それもまた彼らの名前のせいなのです。それっぽい名前を呼ぶには、それっぽい名前の相手と接するには、なんとなくそれっぽい動作や言動に自然となるようで。
 おかげでこの辺り一帯のアライグマたちは、みんな芝居がかった立ち居振る舞いをする者が多いのです。
 ティーから説明を受けたガァルディアも、さすがに「えー」と心底呆れた様子。
 しかしいかに呆れようとも、目の前にある現実は否定のしようがありません。見ないフリをしたいところですが、どんなにつらくとも受け入れるしかないのです。ほんとうは関わり合いになりたくないけれども、森の便利屋さんとして呼ばれた以上は、きちんとお仕事はこなす。
 だから深い深いタメ息をついたのちに、野ウサギのティーも修羅場へとズカズカ入り込んでいきました。


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