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174 生と死と
しおりを挟むまず、おもわず耳をふさぎたくなるような、不快な音がやってきた。
まるで脳みそをゆすられるかのような空気の振動。
それは無数の羽音が幾重にも折り重なって、からまりあったモノ。
狂気を具現化したような音色とともに飛来する滅びの紅砂。
戦いの狼煙をあげたのは最前線に布陣していた兵士たち。
指揮官の命令によって、小型の大砲が一斉に火を吹き、迫りくる黒い霧にポカリと大穴が開く。
炸裂した弾が炎を発生させて、渦をまき、空が燃える。
ですがすぐさま次々と押し寄せる後続によって、穴はたちまちふさがり、炎ごと津波となって押し寄せてくる。
これをなんとか防ごうと次々に放たれる弾丸。たった一発で数十数百もの敵勢を木っ端みじんにしては、焼き尽くしてゆく。
にもかかわらず、我が身をかえりみずに、突っ込んでくるイナゴたち。
その進軍速度はあまりにも速く、個々のカラダはたとえ小さかろうとも、それが数百数千の塊となれば、重たい甲冑を着た屈強な兵士すらをも押し倒してしまう。
炎と悲鳴と怒号が入り混じり、混戦となったらもういけない。
ついには戦線を維持できなくなり、第一陣はじきに崩壊しました。
第二陣は地面に掘ってあった溝に流していた油に火をつけて、炎の壁を出現させる。
これによって敵の勢いを止める目論見であったようですが、まるで効果はなく、おかまいなしにつらぬき、突破してくる。それこそ我が身を焼きながら。
自身が火球となって飛んでくるイナゴたち。息絶えるまでの、そのわずかに残された命の時間を迷うことなくつぎ込み、あとから続く仲間たちの道を切り開くために、そのまま爆薬や油などを保管してあるツボや樽へと向かい、周辺もろとも爆ぜてしまう。
人間たちの軍勢とイナゴたちの大群。
一見すると集団対集団という形をとっていますが、その中身があまりにもちがいすぎる。
黒銀(くろがね)という絶対の王につき従い、死兵と化した集団。
かたやいかに最新の兵装に身を包もうとも、しょせんは寄せ集めの集団。
この度の戦いを自身らの生存競争と位置付けている者と、しょせんは戦いのうちの一つと捉えている者との覚悟の差。
無数の小さな牙が、大きな者たちのカラダへと突き立ち、その血肉をむさぼり喰らう。
ついさっきまでいっしょに笑いあっていた仲間たちの無残な最期を目の当たりにして、精神が耐えかねた兵が逃げ出し、これを合図にまるで堤が壊れるかのようにして瓦解していった第二陣。
これをずっと後方から見ていたミラは、そばにいる兵士の一人に、すぐさま本営に向かって広域結界の発動を要請しろと命じ、自分は大技の準備に入りました。
第一陣と第二陣の敗北をつぶさに観察し、ミラが下した結論は「生存、その一点にのみ注力する」ということ。
これはもはや戦なんて生ぬるいものではありません。
やるかやられるか、おそらく勝とうが負けようが、ひどい結末を迎える。
パイロルーサイトの国が興ってより、かつてないほどの犠牲が出るのは間違いない。それこそのちのちの世にまで長く語り継がれるほどの、凄惨な出来事として。
もっとも、それとてこの局面を乗り越えられたならばの話なのですが……。
生と死がはげしく交差する戦場。
すべてを賭けたイナゴたちの生存競争。
その様子を水色オオカミのルクは、遠くはなれた場所から、茜色の瞳にて静かに見つめていました。
命の灯が、いっしゅんだけパッと強くかがやいたかとおもえば、つぎつぎと消えていく。
白き生が失われて、黒き死がその勢力をじわりじわりと拡大していく。
しばしの均衡ののちに、前線が総崩れとなって、いっきに流れがイナゴたちに傾くかとおもわれたとき、天より無数の落雷が出現。
幾筋ものいかずちが、まるで柵のよう地面に突きたってゆき、これにより一時的に戦場が分断されることに。
炎すらものともしないイナゴたちが、これにははじかれ感電し、黒炭と化し、足踏みをさせられることになりました。
それでも怒涛の勢いがやんだのは、ほんのわずかのこと。
続けて都の方にて魔力が急激に膨れ上がったかとおもったら、その姿がすっぽりと半透明なドームに包まれてしまいました。
魔道具による広域結界が発動したのです。
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