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262 風去りぬ
しおりを挟むガァルディアの剛力がまるで通用しない。
西の森の魔女エライザの魔道具がまるで通用しない。
水色オオカミのチカラがまるで通用しない。
しかも相手は玉座に座ったまま……。
単純な力量の差ならば、ルクも地の国を旅する間にいくつも味わってきました。
種族としてチカラであったり、生き方としてのチカラであったり、在り様としてのチカラであったり……、みんなみんなすごくて圧倒されっぱなし。
でも白銀の魔女王レクトラムは、そのいずれともちがう。
向こうとこちらの間に横たわる得体のしれない何かがある。
それをどうにかしなかぎりは、どうしようもない。
なのに、その方法がわからない。
何を相手にして、どう立ち向かえばいいのかが見当もつかない。
いっそ、すべてをあきらめてしまい、この身を差し出せば、ティーだけでも助けてもらえるのでしょうか?
弱った心が根拠のない妄想を抱いては迷いだす。
レクトラムはそんなルクのあせりすらも楽しんでいるかのように、悠然とこちらに蒼穹の青き双眸を向けたまま。
事実、彼女は待っていたのです。
水色オオカミの子どものココロが折れるのを。自分からすすんで我が身を差し出すのを。
さすればルクが発した言葉にレクトラムの魔力のこもった呪がまじわり、言霊と化し、誓約となる。とたんにけっして切れることのない呪縛のクサリがあらわれて、水色オオカミの魂は永遠に魔女王のモノとなる。
そのための下準備が入念に施されたのがこの玉座の間。
壁や床、天井や柱などにレクトラムの呪法を最大限に発揮できる術式が埋め込まれていたのです。
ここそれ自体が巨大なワナであり、獲物をとらえるための檻。
獲物はすでにワナにかかった。あとは静かに待つだけでいい。
いくら考えても打開策がおもいつかず、膨れ上がる絶望の重みに耐えかねて、水色オオカミの子どもがついにその言葉を口にしかけたとき。
自分の頬をなでるあたたかな風を、ルクは確かに感じました。
茜色の瞳が見たのは、銀のきらめきをおびた緑の風。
風が「だいじょうぶ」とささやく。
とたんに胸の奥がカッと熱くなる。萎みかけていた勇気が焔となりて燃え上がった。
屈しかけた気持ちを奮い、敢然と立ち上がった水色オオカミの子ども。
目のまえの敵に向かって雄叫びをあげる。
「ボクはあなたにはけっしてくっしない! くっしちゃいけないんだっ!!」
かつてないほど闘志をむき出しにして、吠えたルク。
これに呼応してガァルディアも動き出す。
水色オオカミのチカラにて出現した氷の柱が、レクトラムへと向かって真っすぐに突き出されました。
なおも向かってくる相手に対して、なんとも往生際のわるい、ムダなことをと平然とかまえていたレクトラム。
自分の顔面へと迫る氷の塊。その勢いにて風が起こり、ふわりと前髪をかすかにゆらしたのに気がついたのは、たまたま。
外部からのいかなる干渉をも受け付けない我が身が、たとえ髪の毛一本たりとはいえ動いた? 自分の身に起こった異変に、理性よりも先に本能が反応する。レクトラムのカラダは反射的に動く。
その直後に頬をかすって、玉座にぶつかりはげしい音を立てた氷の柱。
絶対防御が消滅! ありえないことに目を見開く魔女王。
だがそこに追い打ちをかけたのが、ガァルディアの拳。ルクの氷の柱を打ち砕きながら出現。カケラごとレクトラムにおそいかかる。
動揺しているところに、飛んできた飛礫と剛腕。
たまらず、さしものレクトラムも防戦一方となる。
すかさず魔法の盾を五枚重ねにて出現させて我が身を守った、その手腕こそが見事。
うちの四枚目までを砕き、五枚目にてなんとかとまった拳。かといって衝撃までは完全には殺しきれずに、玉座からすべり落ちるようにして少し離れたところにまで転がされてしまう。
自分の身に起きたことが信じられないレクトラム。
頬をぬぐった手の甲についた己の血を呆然と見つめている。
一方、あおりをくらっていっしょに吹き飛ばされたのは、ずっと彼女のヒザの上にいたティー。
ですが投げ出された小さな野ウサギの女の子の方は、次兄のタピカがしっかりと受け止めて大事はありませんでした。
「助かったよ、タピカ兄ちゃん」
「おう、無事でよかった。オレたちはもちろん父ちゃんも母ちゃんも、テスタロッサや森のみんなもとっても心配してたんだぞ。にしても……、おまえ、ちょっと太った?」
末妹をしっかり守った次兄。なのに最後の一言で台無しです。
たしかにこのお城に連れて来られてからは、やたらと食事がおいしくて、ちょっと食べ過ぎたかもしれませんが、だからとて女の子に言っていいことではなりません。
再会するなりデリカシーのない言葉を吐いたタピカをポカポカとたたくティー。
いきなりモメだした弟と妹をなんとかなだめようとする長兄のフィオ。
ひさしぶりにそろった野ウサギの三兄妹。そのやりとりは見ているだけで、心温まるものでしたが、あいにくといまは取り込み中につき、のんびりとはしてはいられません。
だから水色オオカミの子どもはからくり人形に告げました。
「ガァルディアさんはみんなをお願い」
白銀の魔女王の相手は自分がするから、フィオたちを無事に逃がして欲しいと言われて「無茶な」と声をあげようとしたガァルディア。
ですがルクの顔を見たとたんに口からついて出た言葉は、「おぬし、泣いておるのか」
緑の風を感じたとき、ルクにはすべてがわかってしまったのです。
師匠が本望を遂げて逝ってしまったということが。
茜色の瞳がにじみ、頬をひと筋の涙が伝う。
でもそれ以上は泣きません。
いまはまだやるべきことがあるから。
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