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268 砂の海
しおりを挟む駆けるほどに、しなかやに、だけれどもチカラ強く大地を蹴りあげ、躍動する肉体。
緑影の濃い森林も、高く険しい山も、深い谷、湖や川でさえも、その足をわずかにでも止めることはかなわない。
一陣の風となりて疾走するは、水色オオカミのルク。
生命のかがやきが満ちた茜色の瞳が見据えるのは、ただ前方ばかり。
白銀の魔女王との戦いから、二度季節が巡り、すっかりたくましく成長した子どもは、青年となった。
冬のよく晴れた日の空のような毛並みは、さらに爽快さを帯び、いささか長くなったものの、風でたなびく姿が雄々しい。
どこか幼さの残っていた顔からは甘えが消えて、引き締まり凛々しくなった。
瞳の色こそかわらないが、やや目つきも鋭くなっている。
そんな水色オオカミが走る走る。
身の内にたぎる衝動がルクを突き動かす。胸の奥にて何かが燃えている。自分の中が荒れ海のようにやかましい。これを鎮めるためにはカラダを存分にイジめるしかない。そうしてクタクタになればどうにか。
それとても一時のことにすぎないが。
肉体の発育、気力や体力の充実、ココロの形成と成熟……。
すべてが急速に成長し最盛期へと至ろうとしている。
変化が若者を駆り立てていました。
お昼頃から半日近く走り続けた。
とある密林を抜けると、ふいに姿をあらわしたのは砂の海。
それはまさしく海と呼ぶのにふさわしかったのです。果てがまるで見えません。
目の覚めるようなオレンジ色の空。
夕陽を受けて砂漠もまた赤く染まっている。
さらりさらりとさざ波が起こり、砂が表情をかえていく。
風紋を産み出していたのは、ときおり吹く妙に生ぬるい風。日中に太陽より受けて地中にたまっていた熱と、迫る夜の闇がもたらす冷えがまざりあったモノ。
まもなく灼熱の時間が終わり、極寒の時間へとかわる。
月夜の砂漠もさぞやはえることであろうと、しばし足をとめて景色を楽しんでいたルク。
その視界の片隅にうつったのは陽炎の中に浮かぶ何者かの姿。
無茶なことに日中にこの砂漠を横断しようとしたのか、フラフラとこちらに向かっていたのですが、ついにチカラ尽きたらしく倒れてしまう。
ルクが見かけたのは、何者かがちょうど倒れるところ。
おどろいたルクがあわてて駆け出す。
さえぎるものが何もなく、どこまで行っても同じような景色が続く砂の海。
近いように見えてかなり遠い。ルクの茜色の瞳でなければ、きっと見落としていたことでしょう。また水色オオカミの健脚でなければ、きっと助けが間に合わない。
そういった意味では、この遭難者は三つの幸運に恵まれたことになります。
最後の幸運は、ルクが自在に水を出し入れできるということ。その能力はこの広大な砂の海にあっては、いかなるモノにもまさる福音なのですから。
倒れていたのは一頭のオオカミの娘。
鼻先はすっかり乾いており、息も絶えだえ。
あちこち傷を負っており、血と砂が混ざって毛にこびりついている。
左耳が半ばで欠けており、左目に十字している引っかき傷が……、ですがよくよく見てみると、この二つは相当に古いモノらしい。
何があったのかはわかりませんが、とにもかくにも痛々しい姿です。
運び出している猶予はなさそう。
すぐに決断したルク。水色オオカミのチカラで、氷のドームを出現させると中に彼女を収容して、すぐさま治療を開始します。
まずは水を飲ませようとしたのですが、これがうまくいきません。
すっかり口の中やノドの奥までもが乾き切っており、著しく体力も消耗しているせいか、自力にてのみ込むことも満足にできないありさま。
仕方がないのでルクは少しずつ口移しにて、彼女に水を与えました。
ゆっくりと体内に特製の元気になる水を流し込み、染みわたらせる。
そのかたわらで、傷口の汚れを洗い流し、全身についた血や砂も落としていく。
キレイになったところで、こちらにも元気になる水をかけておきました。
じきに出血は止まり、傷口もじょじょにふさがっていく。だけれども失われた血や体力がすぐにもどるわけではありませんので、回復にはいましばらくかかることでしょう。
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