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005 河下り
しおりを挟む聖都の前に広がるピ湖。
湖面を水飛沫をあげながら疾走するのは、勇者のつるぎミヤビ。
乗剣しているわたしは、足もとのミヤビに話しかける。
「ねえ、あなたの気配察知能力でホランの行方を追えるかな?」
問いに対するミヤビの答えは、ただひと言。
「生きてさえいれば」というものであった。
◇
ホランが行方不明との報を聞き、カルタさんの制止をふりきって迎賓館を飛び出したわたしは、勢いのままに聖都をも出てピ湖を渡り、アマノ河を進んでいく。
目指す南海は国土を縦断するこの河を下った先にある。
とはいえ先は長い。
あせる気持ちを抑えつつ、わたしはちょいちょい休憩を挟んだ。
出がけに引っ掴んできた愛用の背負い袋。なかから水筒をとりだしノドを潤しつつ、ひと箱拝借してきたチヨコ饅頭で腹ごしらえ。
すると袋の底にあった鉢植えがガサゴソ。
ひょっこり顔を出したのは単子葉植物の禍獣であるワガハイ。
「まったく……。考えなしに飛び出しおってからに。
いくら勇者のつるぎの探査能力が優れているとはいえ、海は広いぞ、でっかいぞ。
そこから人ひとりを探すなんぞ、大草原から麦のひと粒を探すようなもの」
ワガハイから言われて、わたしは「えっ!」と驚く。
「海ってそんなに大きいの? せいぜいピ湖の五倍ぐらいかと思ってたよ」
なにせわたしは海というものをまだ見たことがない。
辺境の隅っこのきわきわ。危険な禍獣うごめく内地の森育ち。環境的には大自然産の深窓の令嬢といえなくもない。
海が大きいという知識は持っている。
しかし自分が知るかぎりでは、一番大きな水たまりといえばピ湖。なのでどうしてもそれを基準に考えてしまっていた。
五倍どころか十倍、百倍でもきかない。とてつもなく広く深く、それこそどこまでもどこまでも続いている。
そう聞かされて、わたしは「……どうしよう」と途方に暮れた。
そんな辺境娘に「やれやれ」と枝葉をすくめたワガハイ。
「まずは港で聞き込み。どのあたりで船が沈んだのか。あとは詳しい状況がわかれば、おのずと捜索範囲も絞り込めるはず。
そこから先は第一の天剣(アマノツルギ)のチカラで、ゴリ押し、しらみつぶし」
ゆらゆらする黄色い花弁に助言をもらって、わたしは「おぉ」と感心するも、途中で「あれ?」と首をかしげた。
「そういえばワガハイも海なんて見たことがないはずだよね。なのにどうしてそんなに詳しいの」
わたしの実家の花壇で拾った種。
それを試しに育ててみたら、こんな風におしゃべりする花の禍獣になっちゃったのがワガハイ。
以来、なんだかんだでずっと行動を共にしている。
それすなわち、ワガハイもまたわたしと同じく生粋の内地育ちだということ。
海とはとんと縁のない人生ならぬ、植生を送ってきたはず。
ときおり博識ぶりを披露することもあり、どうにもよくわかんない。自由に動けない鉢植えの身だというのに、いったいそれらの知識をどこから仕入れているのであろうか。
わからないといえば、あいかわらず正体も不明のまま。
星読みのイシャルさまから許可をもらって、聖都の図書院で調べてみたんだけど、それらしい情報は発見することができなかった。
というか、資料があまりにも膨大すぎて、わたしがすぐに探すのをあきらめただけなんだけど。
ずっとなぁなぁで済ませてきたのだが、ここにきてわたしは自分の身近に潜むナゾの存在に俄然興味がわいた。
だから「ねえねえ」とたずねるも、ワガハイはそっぽを向いて「ピュー」と口笛を吹いて誤魔化すばかり。
かなり食い下がったのだが、のらりくらりとかわされ続ける。
しまいには「もう寝る」と鉢植えの土に潜って、ワガハイはうんともすんとも言わなくなってしまった。
◇
日中は適度に休憩を挟みながら飛び続け、夜は河を下る船にこっそりお邪魔をして眠る。
その際にわたしはこの河の由来を知った。
船べりからのぞき込んだ夜の河の姿に息を呑む。
天に浮かぶ星々が映っており、ゆれる水面でキラキラとまたたく。暗い水底との対比で空にある星よりも、より輝きが鮮鋭化し際立っている。
空の星の河と、地の星の河。
二つの河が並んでどこまでも続いている。
その狭間に身を置いていると、まるで自分までもが星になったかのような気がしてくる。
壮大でふしぎな光景に、わたしはいつまでも飽きることがない。
そんな生活を続けること三日。
前方から漂ってくるニオイが変わった。
髪や肌を撫でる風の感触も変わった。
これまではさらりとしていたのだが、急にまとわりつくベタっとした感じになる。
まだ少し距離はあるものの、視線の先でアマノ河が途切れている。
河口だ。
そこを境にして水の色も黄ばんだ緑から鮮やかな紺へと変わっていた。
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