乙女フラッグ!

月芝

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020 崩落と銀杏の生木

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 ブウオォォォォーン!

 アクセルをベタ踏み、車体がビリビリと震える。
 エンジンの回転計の針がいっきに振り切れ、マシンが吠えた。

「しっかり掴まっていなさい! このまま突っ切るわよーっ」

 下手に速度を落とすとかえって危ない、ハンドルを預かる蓮は強行突破を選択する。
 助手席の千里は「ひょえぇぇ」と情けない声にて、シートにしがみつく。
 だが後部座席にいる一期はこの不測の事態に取り乱すことなく、リアウィンドウやサイドウィンドウから冷静に外の様子を視ていた。

 ゴゴゴゴ……

 不穏な音がじょじょに大きくなっていく。
 崩れだしたトンネル内、夕凪組チームは出口を目指してひた走る。
 背後から土砂と瓦礫が迫るも、こちらの方が若干速い。
 トンネルの中間地点を通過――
 このまま逃げきれそうと、千里が安堵したのも束の間のこと。
 不意に天井を黒い稲妻が走った。
 一瞬にしてクルマの頭上を追い越す。
 稲妻に見えたそれは大きな亀裂、いよいよトンネル全体が本格的に崩壊しようとしている。

「あっ、さすがにこれはちょっとマズイかも」

 蓮がボソッとつぶやくのに前後して、クルマがボフンと突っ込んだのは煙る砂塵の中であった。降り注ぐ土砂と瓦礫により発生したものが、逃げ場のないトンネル内に滞留している。それが濃霧となって視界を塞ぐ。
 すかさずヘッドライトをつけて視界を確保しようとした蓮だが、前方に照らし出されたのは、やや黄がかった白靄ばかり。
 と、蓮が急ハンドルを切る。
 車体が大きく右へと揺れた。
 いきなりの激しい横揺れにて、ゴツンとおでこを窓ガラスにぶつける千里であったが、痛みよりも驚きで目を見張る。
 なぜならガラス一枚を隔てた、クルマのすぐ脇に大きな岩があったからだ。地面に刺さるようにして落ちている。
 もしもあのまま進んでいたら、正面からまともに激突してこっちが大破していただろう。
 進路を塞ぐ大岩の存在にいち早く気がついた、蓮のファインプレーであった。
 その後も抜群のドライビングテクニックにより、次々と障害物をかわしては爆走を続ける蓮であったが、そろそろ出口が見えてくるかというところで……

「ウソっ、さすがにこれはちょっと厳しいかも」

 見つめる先で唐突に砂塵が割れる。
 ぬうっと奥から姿をあらわしたのは、のっぺりした大きなもの。
 天井に張られたコンクリート片が、まとめてごっそり剥がれ落ちようとしていた!
 全長八メートル、厚さは三十センチほどもあろうか、推定重量はちょっとわからないものの、こちらをペチャンコにするには十分過ぎた。通り抜けられる隙間はどこにもない。

 行くも地獄、止まるも地獄。
 良くて生き埋めか、悪いと轢死。
 という局面において、うしろからグッと千里の手を握ったのは一期であった。

「緊急事態だ、やるぞセンリ」
「えっ、ちょっと、いきなりそんなぁあぁぁぁーっ」

 ピカッと一期の身が光り、問答無用で憑依発動!
 とたんに千里の精神は体から追い出されて後部座席へとはじかれ、一期に身を委ねる。
 一期=千里は手にした大太刀の柄頭にて、サイドウィンドウのガラスを打ち砕くなり、外へと躍り出た。空いている方の手でドアの縁を掴み、ひらりとクルマの屋根へと飛び乗る。
 ルーフキャリアを足場とし、一期は瞼を閉じては抜刀の構え。

「しっ!」

 鋭い息吹とともにカッと目を見開き、鞘走るは黒鉄の刃。

 一閃!

 いましもクルマを押しつぶそうとしていた、大きなコンクリート片を一刀両断する
 これにより窮地を脱した一行は、そのままトンネルを脱出することに成功した。

 精神体となっている千里もとホッと胸を撫で下ろす。
 もっとも旗合戦の第二幕はまだ始まったばかり、本番はこれから。
 ひとまずはやれやれにて、千里がそろそろ体を返してもらおうとした矢先のことであった。
 ふたたび一期が刀を抜いた。
 斬ったのは銀杏(いちょう)の木?
 根っこには土がついており、たったいま引っこ抜いたかのような香る生木が、疾駆するクルマめがけて飛んできたもので、一期はそれに対処したのである。

 木が飛んできたのは崩落現場の方だ。 
 一期がジロリとにらむ視線の先には、大柄な女が立っていた。
 身の丈以上に大きな斧を背負っている。おそらくはトンネルを崩した張本人であろう。

「ははっ、アンタ、やるじゃないか、気に入ったよ。あたいは黒塚婀津茅(くろづかあづち)、また今度しっぽり殺り合おうぜ」

 女が愉快そうに言った。
 その額には二本の角が生えていたが、左右の長さは不揃いであった。


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