34 / 72
033 けん玉
しおりを挟む延々と連なる墓石たち、斜陽の中で地にのびた影。
黄昏時の陰と陽、互いが存在を引き立てることで黒色と茜色の境がより際立つ。
周囲に漂うのはこの時間帯特有のアンニュイさ。
どこか浮世離れしており、まるで切り絵の中にでも迷い込んだかのよう。
物言わぬはずの石碑から圧を感じつつ、入り組んだ霊園内部を進む。
学院の創始者の墓へと向かっている途中――
いい機会なので、千里はちょっと気になっていたことを悠人に訊ねることにした。
「ねえ、悠人や鳳さんが清掃ボランティアに参加したのって、偶然じゃないんでしょう? もしかして、今日ここで旗合戦があることを知ってたの」
たまたまというには、いささか無理がある。
これに対する悠人の解答はイエスであり、ノーでもあった。
「第一幕と第二幕の場所から、次の開催地のおおよその予測はできた。それに旗合戦はだいたい十日前後の間隔が設けられている。
ちょうどおあつらえ向きの学校行事があるとなれば、そこから先は簡単だ。
まぁ、それ以外にもいろいろと伝手もあるからな」
旗役の乙女の証である銀の腕輪、それにはめ込まれた五つの珠はチェックポイントを通過することで、それぞれに仁・義・礼・智・信の文字が浮かびあがる仕掛けになっている。
旗合戦は五番勝負、珠の数も五、五常の文字……
こうも五という符牒が続けば、おのずと場所も絞られてくる。
どうやら旗合戦は、市内の地図上に描かれた巨大な五芒星に添って選定されているらしい。
それから伝手の方は、旗合戦の運営サイドからちらほら零れてくる情報のことである。
もっともそれは夕凪組だけではなくて暁闇組も同じ。
だからこそ第二幕のおりには、駆けっこ競争におあつらえ向きな、首切り馬こと夜行の迅劉生が出張ってきたのだ。あれは事前に競技内容を把握していなければ無理な話である。
とどのつまり、戦いの裏では双方の支援者が動いており、諜報戦もしっかり繰り広げられているということ。
「……とはいえそっち方面では、うちは少しばかり遅れをとっているがな。こういうコスイのは連中の方が一枚上手なんだよ」
悠人は肩をすぼめる。
荒っぽい暁闇組は、それゆえにわりと自由に動ける。あくどい商売で私腹も肥やしているから活動資金も潤沢だ。
対して夕凪組の方は立場上いろんな制約を受けるがゆえに、先を行かれるのもしばしば。
なお、いまだに顔を見せていない一期だが、霊園付近に待機しているはずなので、おっつけ合流すると悠人より教えられて、千里はほっとする。
なにせ悠人の力はいまだ未知数にて、それに一期がいなければ憑依が使えない。
ここのところメキメキ実力をのばしているとはいえ、まだまだ心許ないのが千里の本音であった。
◇
目的の場所が近づいてきた。
よくある四角いお墓ではなく、自然の大きな岩に校訓が刻まれた記念碑の形をしている。これが淡墨桜花女学院の創始者のお墓。
墓前にてチラつくものがある。
遠目にも映えるのは銀色の長い髪……星華が先着している。しかし周囲に仲間の姿はなく、なぜだかひとりきり。
優秀な彼女のことだ、涅子のヒントをすぐに読解して、真っ先にここへとやってきたのであろう。さすがは文武両道の才媛である。
にもかかわらず、そんな才媛が何やら四苦八苦しているご様子。
何事も涼しげにこなす彼女にしては珍しい。
手元より赤い玉がちらちら見え隠れしては、「もしもしカメよ、カメさんよ」とか歌いながら、コンカン、コンカン、小槌を打つような音がする。
「え~と、あれはいったい何をしているのかしらん?」
この光景に千里は困惑を隠せない。
「何をって、けん玉だろう。おお、そういえばいま世界でめちゃくちゃ流行ってるらしいぞ」
「へ~そうなんだぁ……じゃなくって! どうしてここで、けん玉なのよ?」
「はん、そんなことオレが知るかよ。文句があるなら運営サイドに云え。それよりもセンリ、どうやらあれをクリアしないと次には進めないみたいだぞ」
学院の創始者の墓にも涅子がいた。でもさっきのとは尻尾が違う。今度のは黒と灰の縞模様だ。
涅子がけん玉を差し出し、提示してきたスケッチブックにはこう書かれていた。
『旗役の乙女よ、けん玉でもしカメを十八回成功させよ。さすれば道は開かれるにゃ』
もしカメというのは、玉を大皿にのせてから、中皿と大皿を往復させるけん玉の技のことである。基本的な技にて初歩の初歩。ただし安定して回数を重ねるには、それなりの技量を必要とし難易度がアップする。
星華は生まれて初めて手にしたであろうけん玉を相手に苦戦している。
では、千里の方はどうかといえば……
「アイタっ!」
いきなり玉がおでこにゴッチンして「のおぉぉぉ」とうずくまっていた。
あいにくと千里もけん玉にはろくに触れたことがなかった。
ズブの素人同士のけん玉対決は、序盤から泥試合の様相を呈す。
星華は連れがおらず、周囲に潜んでいる気配もない。
することがない護衛役の悠人は欠伸を噛み殺しつつ「がんばれ~」と気のないエールを送った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
17
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる