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043 親和性の問題
しおりを挟む第三幕の終了後、千里は寝込まなかった。
一期との憑依の回数が少なく、時間が短かったこともさることながら、体が慣れてきたのかもしれない。
そうそう、体といえば第三幕のさなかに痛めた足首だが、大禍刻が明けて清掃ボランティアを終えて帰る頃には、ひょこひょこながら歩けるようになっており、翌日にはもう完治していた。どうやら憑依を繰り返すうちに、千里の身体能力や五感だけでなく回復力までアップしているようだ。
おかげで今回は学校を休まずにすんだものの、千里は別のことで頭を悩ませている。
それは……
学校の昼休憩中の教室にて、早々にお弁当を平らげのんべんだらり。
千里がクラスメイトで剣道部の仲間でもある麻衣子とおしゃべりしていたときのこと。
「ねえねえ、チリちゃん、今度の連休どうする? 部活も休みだし、せっかくだから部のみんなでカラオケでも行ってパーッと騒がない」
「あー、ごめんマイっち。連休は臨時のバイトなんだ。知り合いのおじさんに頼まれちゃって」
「バイト? どこで、何の?」
「どこでって……駅近くにある琥珀館っていう喫茶店だよ。ホールの助っ人をして欲しいんだってさ」
「ということは給仕のウェイトレスか。でもチリちゃんに接客なんてできるの? ヒラヒラしたスカートを履いては、にっこり笑って『いらっしゃませ、ご主人さま~』とか」
「いやいや、それ、メイド喫茶とかじゃん。琥珀館はどちらかというと、純喫茶みたいなお店だから、やたらと愛想を振りまく必要はないかなぁ」
「ちぇ~、つまんないの。せっかくだから部のみんなで突撃しようかとおもったのに」
「なっ! ぜったいやめてよね」
琥珀館での臨時のアルバイト。
それこそが千里を悩ませていることであった。
では、どうしてバイトをするはめになったのかといえば、旗合戦のせいだ。
現在は二勝一敗と有利に進めているとはいえ油断はならない。
いよいよ暁闇組もあとがなくなった。次からはより本腰を入れてくるだろう、戦局はより激しくなる。
だというのに、ぼんやり座して第四幕を待つのは愚の骨頂。
そこで「センリちゃん、特訓しよっか」と言い出したのは万丈であった。
刀の化生である一期と剣道乙女である千里との、憑依なる技。
じつは本来ならば千里の精神体は外へとはじかれることなく、体内に留まり、ともに戦うことが可能であった。
しかもその状態の方が強い。ひとつの肉体にふたつの魂が宿ることで分離しているときよりも、さらに強い力を発揮できる。
なのに現在、肉体の主導権を一期に渡した千里は、精神体となって外部へと押し出されてしまう。
もっともそれはそれで有益な面もある。外部を浮遊する千里が鷹の目の役割りを果たすことが出来る。
とはいえ、この状態の千里はどこまでも傍観者に過ぎない。
憑依が十全に発揮されない原因は、ズバリ、ふたりの親和性である。
親和性とは親しみ結びつきやすい性質のこと。
「君は君、我は我なり、されど仲良きことは美しきかな」
と、さる文豪もおっしゃっていた。
幾多の戦いを経てきたものの、出会ってからの日数はたかが知れている。
チームメイトにて、肉体を貸し借りする間柄という以外に、ふたりに接点はない。
一期とて同様だ。知るのは事前に入手した千里のおおまかなプロフィールぐらいにて、互いに個人的なことはほとんど知らないのが実情である。
なにせ一期はぶっきらぼうだ。ベラベラと自分のことを話すタイプではない。顔を合わせるのは主に旗合戦の大禍刻のときぐらいで、当然ながらのんびり話している余裕なんてない。用事が済んだらさっさと撤収する。プライベートの繋がりなんぞは皆無。
それでお互いを信頼して、よきパートナーなんぞになれるわけがない。
これから先、旗合戦はますます厳しいものとなるだろう。
旗合戦では、何よりも旗役の乙女を守ることこそが肝要。旗役が折られた時点で、いくら勝ち星をあげていてもすべてが無駄となる。
ただでさえ向こうのチームは露骨に千里を狙ってきている。
守る術があるのならば、身につけておくに越したことはない。
ちなみに万丈から提示された特訓はふたつ。
ひとつは、ドキドキ一期と遊園地デート。
で、もうひとつが、琥珀館で一期といっしょにアルバイトであった。
仏頂面の青年とふたりきり、無言で観覧車とか、あまりにも難易度が高過ぎる。
よって実質アルバイト一択。
なおいちおうアルバイト代とまかないは出るそうな。
「はあ~、せっかくの連休なのに~」
千里は机にべちゃあと伏せては、両腕をだらりと投げ出しぶうたれる。
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