特別。

月芝

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031 穴の底

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 昔の夢を見た。

 小学二年生の夏休み。
 天斗、命、雅弘の三人は冒険と称して、神社の裏山に立ち入った。
 お弁当にオヤツに水筒を詰めたリュックを背負い、いざ行かん!
 拾った枝を振り回しては、ずんずん進む。
 蝉の声がとにかくやかましい。
 山といっても、丘に毛が生えたようなもの。
 斜面も急ではないし、人の手が入っている竹林などもあり、細いながらも道もある。ふり返れば町が見下ろせるので、よほど無茶をしなければ迷うようなこともない。
 だから、安全な冒険のはずであった。

 ブゥ~ン、ブゥ~ン、カチカチカチ――

 という不穏な音が聞こえるまでは……
 降り注ぐような蝉の合唱のせいで、気がつくのが遅れてしまった。
 それがスズメバチの羽音と威嚇であるとわかったときには、すでに彼らのテリトリーに足を踏み入れてしまっていた。

 夏場のスズメバチはとても危険だ。
 なぜなら、ただでさえ凶暴なのが、よりいっそう攻撃的になるから。
 気温が高いほどに活動的になる。これに暑さによるストレスが加わることで、とってもイライラしている。
 また夏から秋へとかけては、新しい女王蜂が誕生する時期でもあり、それを守ろうと厳戒態勢でピリピリしている。

 スズメバチの巣は幹が折れている古木の洞にあった。
 見えている部分だけでもバスケットボールほどもある。全体はずっともっと大きいのだろう。
 恐怖で足がすくんでしまった三人。
 そうしている間にも、巣から黄色と黒の縞々が、ぞろぞろと湧いてくる。
 グズグズしていたらいけない。すぐにこの場から逃げないと。
 だから天斗は近寄ってくるスズメバチを枝で追い払いながら、「逃げろーっ!」と叫んだ。

 幼いながらも友だちを守らなければと、必死だったのだろう。
 けれども、それは悪手であった。
 興奮しているスズメバチに対して、大声をあげたり、手などで振り払うことは、かえって相手を刺激するばかりにて。この場合は慌てることなく、ゆっくりと後退るのが正解だ。
 でもまだ小さかった天斗はそんなこと、ちっとも知らなくて……

「あっ」

 夢中になって振り回しているうちに、枝が手からすっぽ抜けた。
 くるくると回りながら宙を飛んでいく枝。
 それがコツンとぶつかったのは、よりにもよってスズメバチの巣がある木であった。

 巣より、ぶわっと溢れ出た大量のスズメバチたち。
 飛翔しては上空を旋回したのちに、一斉に自分たちの方へと向かってきたもので、子どもたちはパニックを起こした。

「くそっ、こっちくんなよ」「いやーっ」「わーっ」

 泣き叫びながら、三人は逃げ惑う。
 そして気がついたら、天斗は命や雅弘とははぐれており、ひとり林の中の窪みに転がっていた。

 あちらこちら擦り傷をこさえており、全身が泥だらけ、酷い有り様にて。
 どうにか立ち上がっては、「おーい、みことー」「まさひろー」と仲間の名を呼ぶも返事はない。
 周囲はすでに茜色に染まりつつある。じきに夜が来るだろう。
 陽が暮れる前に家に帰らないとお母さんに叱られる。ふたりのことも心配だ。
 だから、天斗は急いで窪みから出ようとしたのだけれども……

「くっ、と、とどかない」

 窪みの深さは2メートルほどもあり、いまの天斗の身長では微妙に届かない。
 よじ登ろうとするも、斜面は険しく、地面の土はもろく、手をかけたはしからボロボロと崩れてしまう。
 とてもではないが、これでは登れない。

「だれかー、いませんかー」

 懸命に叫んでは、助けを求めるも返ってきたのは、「ヒンカラカラカラカラ」という駒鳥の囀りだけであった。
 あれほどにぎやかだった蝉の声もいつしか聞こえなくなっていた。
 風が少し肌寒くなってきたかも。
 陽が傾いていき、次第に夜の帳が降りてくる。
 静々と迫る闇、孤独と恐怖のあまり、ついに天斗はシクシクと泣き始めた……

  〇

 キィ……バタン。

 扉が閉まる音にびっくりして、天斗は跳ね起きた。
 場所は屋上であった。
 すでに薄暗くなり始めており、彼方には夕陽の残光がいまにも消えそうになっている。
 しばらく惚けていたが、次第に意識がはっきりしてくる。
 それにともなって自分が置かれた状況を思い出した。
 かなり長いこと、気を失っていたらしい。
 栗花落校医、義徳らの姿はない。

「ははは、全部、夢オチ……なんてことは、さすがにないか」

 天斗はゆっくりと立ち上がっては「ふぅ」とひと息つき、体についた埃を払う。

(……大丈夫、足にはしっかり力が入っている)

 どうやら休んだことで、気力や体力が回復したようだ。
 まだまだわからないことだらけだが、いつまでもここに居てもしょうがない。
 天斗は扉の方へと向かった。


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