四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝

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007 風鈴、夕顔、ネコ奉行

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 首輪に化けている生駒からの指示に従って紅葉路を進む。
 数えて二十一番目の石灯篭のところで左に道をそれる。
 とたんに夜から昼へと世界が反転する。
 出た場所はどこぞの横町らしき場所にある小さな稲荷。
 陽射しはほんのり橙色。これから夕暮れを迎える前の、ちょっと半端で気だるい時間帯。
 青緑色の瓦屋根。似たような平屋が並んでいる。柵や門のように垣根となるものがない。かわりに軒先にあったのは、草花が植えられてあるプランターや盆栽の鉢が飾られた棚など。豚の形をした蚊取り線香入れがちょこんとのっている縁台の姿もあった。
 地面に染みがある。おそらくは誰かが打ち水でもしたのであろう。
 近くでカラカラカラと音がした。
 それは住人がすりガラスの引き戸を開け閉めする音。
 家の中からお線香のニオイがかすかに漂ってくる。
 そよ風が吹いた。ちょっと生ぬるい。
 どこぞにて風鈴がチリンと鳴った。

 懐かしい雰囲気が残る街並みをわたしはネコの姿のままで歩く。
 これはこれで楽しいのだけれども、どうして人間の姿に戻らないのか。
 理由をたずねたら生駒はこう答えた。

「近頃じゃあ、誰も彼もが周囲に無関心だって話だけど、ところがどっこい見ているヤツはしっかり見ていやがるからねえ。女の子が一人でウロウロしているだけで、ばっちり注目の的さ。いい意味でも悪い意味でもね。
 もしも声をかけられたら、結の場合、相手によってはめんどうなことになるだろう?
 うっかり家や学校に連絡とかされたら大ごとになっちまう。
 その点、ネコの姿ってのは便利でね。どこにいても不思議じゃないし、誰も気にしないから。紅葉路を行き来するたびに化けるのも手間だし、仕事の間はその姿の方が何かと都合がいいだろう」

 なるほどと納得。そしてちゃんとわたしのことも考えてくれていることに、ちょっと感動。じーん。
 生駒にあっちこっちと言われるまま足を動かし続ける。
 そうして辿り着いたのは、ハート型の葉っぱのついた蔓がのたくり、大人の手の平ほどもある白い花が咲いている路地の入り口。
 しかし路地というのもはばかられる細さにて、人の身ではとても通れそうにない。それこそネコでもないかぎりは……。

「あれは夕顔の花だよ。結は知ってるかい。こいつの実がかんぴょうになるのさ」
「えっ、そうなの。かんぴょうって、太巻きとかに入っているアレのことだよね」
「そうそう。でもって、この花が目印になっているんだよ」
「目印?」
「そうさ。この先で評定所が開かれているんだ。さぁさぁ、とっとと向かうよ。ぐずぐずしていると陽が暮れちまう」

 それはマズイ! 暗くなる前に帰らないとお母さんに怒られてしまう。
 評定所という聞きなれない言葉に首をかしげつつも、わたしは急かされるままに路地へと足を踏み入れた。

  ◇

 薄暗い路地を抜けた先にあったのは、まるで時代劇のセットのような空間。
 お奉行さまがいろんな裁きを下すお白洲の場。
 上段にはツンと澄まし顔にて肩衣長袴姿も凛々しいロシアンブルー。
 下段の砂利には、茶トラのネコと黒艶カラスの姿。
 ネコ、ネコ、カラスの時代劇?
 奇妙な光景にわたしの目が点となる。

「なにこれ」

 おもわず発した声。そのトーンがおもいのほかに大きかった。
 ロシアンブルーのお奉行さまからじろりとにらまれる。やや青味がかった緑色の瞳にぞくりときた。うなじのあたりがムズムズしちゃう。
 わたしはあわてて口をつぐみ、すごすご隅っこへと引き下がった。
 そこから評定の様子を横目にしつつ、生駒にごにょごにょ小声で話しかける。

「評定って裁判のことだったんだね」
「そうだよ。ああやって奉行が各地に出張しては、よろずもめごとをサクっと解決するのさ。
 昔はみんな適当に離れて暮らしていたから、たいして問題も起きなかったんだけど。近頃じゃあ街中でもタヌキやキツネにイタチどころかアライグマ、ところによってはイノシシにクジャクやらキョンなんかも出没するから。まぁ、いろいろあるんだよ」

 かつては縄張りを賭けての戦や、徒党を組んで「カチコミじゃーっ!」という荒ぶる時代もあったけど、それも遠い昔のこと。
 いまどきそんな騒ぎを起こそうものならば、たちまちまとめて人間に駆除されてしまう。
 そこで出張評定所が大活躍。
 ちなみにお奉行には、猫嶽にて厳しい修行を積んだ徳の高いエリートネコが就任する。それが古来よりの慣わしとなっているそうな。
 わたしは生駒の話に「へー」と応じつつ、聞くとはなしに評定の方にも注意を払っていた。
 もれ伝わってくるところによると、どうやらあの茶トラとカラスはエサ場のことでモメているようだ。
 やれ「フライドチキンだけはゆずれねえ」だの「おとなしくツマでも喰っていやがれ」とか。

「妻をくう」との発言にわたしがビクリとしたら、生駒が「刺身についてる細切りの大根のことだよ」と教えてくれた。
 お刺身を購入するとてんこ盛りでついているアレをツマというのか……知らなかった。
 添えられてあるのにはきっといろいろ事情があるのだろうけど、ネコとカラスが押しつけあってる時点で、人気のなさっぷりが悲しすぎる。
 とはいえわたしだってツマよりかはフライドチキンの方がいい。
 はてさて、あのステキなネコ奉行さまはどのようなお裁きを下すのやら。
 ワクワクしつつ、わたしは評定の時を待つ。


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