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021 セピア色の写真、結婚式の招待状、宙ぶらりん

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 かつて大学時代にキャンパスにて醜聞の嵐を巻き起こした悪童。現在は覆面売れっ子ミステリー作家岬良こと渡辺和久。
 その男の第一印象は「むさくるしい」である。
 白髪まじりの縮れ毛はぼさぼさ。黒ぶちメガネの奥にて落ちくぼんだ目がショボショボしている。青白い肌はかっさかさ。体型はガリガリ。服装はパジャマか部屋着か判断に迷う灰色のスウェットの上下。
 夜中にその辺をうろついていたら、まちがいなくお巡りさんから「ちょっとそこのキミ」と声をかけられるであろう風貌。公園のベンチで座っているだけでママさん連中から通報されそうでもある。
 そんな怪しげな人物にもかかわらず、霧山くんってばとっても親しげ。

「カズおじさんってばまた徹夜したの? いい加減にしないとこの前みたいに倒れるよ」
「うるせぇ、そんときゃそんときだ」

 小学生から心配されてべらんめえと答える六十過ぎの大人。
 ちらりと肩にのっているわたしを見た渡辺。とくに興味を示すこともなくすぐに視線をそらし、霧山くんを招き入れる。
 がやがや軽口を叩きつつ二人は家の奥へと移動。
 片やおじさん呼ばわり、片や霧山母子をユリちゃんだのタケと気安げに呼んでいる。どうやら彼らは縁戚関係にあるみたい。でもって私生活がだらしない遠縁のおじさんをみかねて、霧山くんのところが近所のよしみで世話を焼いているという間柄のようだ。

 住人の姿はあんなだけど家の中はわりとすっきりしている。
 というか物が少ない? パソコンが置かれている机のあるリビングこそは書籍や資料が山となってごちゃごちゃしているけれども、それ以外の家具といえば明らかにベッド替わりに使用されているであろうソファーと小さなローテーブルがあるばかり。床にはカーペットすら敷かれておらず、テレビもありゃしない。あげくには壁の時計は針を止めてしまってオブジェと化しているし。
 廊下を進む道すがら、ちらりと他の部屋ものぞいたけれど、そっちはがらんどうでろくすっぽ使っていない様子であった。
 贅沢といえば贅沢な使い方。とはいえ、こんな贅沢はイヤだと思える贅沢でもある。
 なんというか潤いがない。住人から生活臭はぷんぷんしているけど空間に生活感がない。
 こんな場所で彼はひとり孤独に執筆活動にいそしんでいるのか。
 得体の知れない凄みと同時にわたしはもの悲しさを感じずにはいられない。

  ◇

 勝手知ったるなんとやら。部屋の造りが同じということもあるのだろう。
 霧山くんは台所へ向かうとよそさまの冷蔵庫を遠慮なく開けて、持ち込んだタッパー容器をちゃっちゃとおさめていく。
 その間に渡辺の方は受け取った洗濯物をクローゼットへと運び入れていた。
 二人が用事をしているいまがチャンスとばかりに、わたしは室内を素早く物色。
 とはいっても何か目当てがあるわけじゃない。渡辺和久という男の人柄や現状を知りつつ、あわよくば過去へとつながる想いの片鱗でも掴めればと考えたのである。

「日記とかあれば大助かりなんだけど」とわたし。
「あるいは手紙や古いアルバムとかかな。もっとも三人で撮った写真のうち、恋敵のところだけズタズタに切り刻まれていたりしてたら反応に困るけど」と生駒がおっかないことを言う。

 わたしはネコの身軽さを活かしてパソコン周辺を探る。資料の山を崩さないように避けつつ、キョロキョロ。
 すると生駒が「結、ちょっとこれを」
 足下を見れば黒いキーボードに隠れるようにしてソレはあった。
 デスクマットにはさまれている二枚の写真。セピア色にあせたそれは若い男女三人組のもの。一人の女性を中心にして並んでいる。もう一枚も同じく三人そろって写ってはいるけれども、こちらは立ち位置がちがっていた。
 最初のが男女男だったのに、こっちは男男女。つまり前者は仲良し三人組で、後者はカップルとその友人の写真なのである。
 二枚の写真は三人の関係の変遷を記したもの。
 恋と友情を失うことになった渡辺和久にとってはつらい写真のはずだ。なのにとってあるばかりか身近に置いてさえいる。
 このことからわたしは「おっ、これは脈ありなんじゃないの」とよろこぶも、生駒が「甘い」とぼそり。

 写真のすぐそばにはハガキもあった。
 すっかり黄ばんで古ぼけた結婚式の招待状。出席のところに丸がついてあるけれども、ここにあるということは返信されなかったということ。
 作法にのっとってしたためたものの、ついには出せなかった手紙。
 現実は小説やドラマのようにかっこいいものじゃない。
 惚れた女が親友と結婚する。
 複雑な想いを抱えた渡辺和久はどうしても素直に「おめでとう」とは言えなかったんだ。
 はたから見ればかっこう悪い。情けない。男らしくない。みっともない。
 そうなじるのは簡単だけれども、いざ自分が当事者となったらどうであろうか。そう考えたとき、わたしは「うーん」と黙ってしまった。
 すべての想いにフタをして偽りの笑顔で祝福を述べる。
 それがきっと大人の対応なのだろう。けど、それって心からの祝福なんぞではない。そんな気持ちで祝いの席にのぞむのもまた友への裏切りであり、自身への裏切りでもあり、かえって不誠実のような気もする。
 それにわたしとしては柴崎隆の行動にも疑問が残る。
 渡辺和久の仁科由香里への想いを知っていたはずなのに……。
 いろいろわだかまりはあるものの、それでも祝って欲しかったのか。
 あるいはこれを期に未練を断ち切り、友情のみの関係へと戻りたかったのか。
 その気持ちも理解できなくはないけど、ややもすれば一方的すぎて身勝手にすらも思える。また仁科由香里はどうであったのだろう? まさか自分を巡って二人の男がギクシャクしていたことに気づかなかったということはあるまい。ある意味元凶にて、もっとも身近で事態を見守っていた彼女は、一連のなりゆきをどう考えていたのだろうか。

「想いがズレているというか、宙ぶらりんになってるというか」

 わたしがそんな印象を口にすると生駒もうなづく。

「だね。それはあたいも感じた。落としどころを見失っちまったのかねえ。まったく不器用な連中だよ。とはいえ収穫はあった。写真やハガキの状態からして、けっして恨んでいるわけではなさそうだ。さすがに逆恨みとかをしていたら、えにしの結びようもなかったからね」

 どうにかなりそうとの展望がみえたところで、渡辺和久が戻ってきた。
 ギロリとにらまれたもので、わたしはあわてて机の上からひらり。


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