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第五部 黄珠の章
222 色欲のハオス 後編
ピンク色をした大きなペルシャ猫。
エメラルドグリーンの瞳でじっと見つめられ、優しい声で話しかけられると。
なんだか体の奥がぽわぽわと温かくなっていき、まるでお風呂でのぼせたときのように、意識がぼーっとする。
誘われるままに、ぼふん。
毛に身を沈めれば、とたんに全身が多幸感にくるまれた。
次々と脳裏に浮かぶのは過去に己が身に振りかかったあれやこれ。
それが映画のフィルムのように脳内にて再生されていく……
〇
優斗は目鼻立ちが整っている。
美形なのは母親ゆずりだ。
がっちりした兄とはちがって弟は小柄で華奢だから、昔からよく女の子に間違われていた。
それゆえに同年代の男の子たちからは少し距離を置かれることが多く、女の子たちからは逆にかまわれがちだ。
優斗のクラスでの立ち位置も微妙なもの。
男子たちから露骨に仲間外れにされるわけではないけれど。
同性特有の気安さ、ざっくばらんとした付き合いまでには至らない。いちおう声はかけるけれども、積極的には誘われない。肩を組んで笑い合うなんてこともない。
かといって自分から行けば、今度は相手がちょっと困った顔をする。
否定でも拒絶でもないが、扱い方、触れ方の加減がわからずに困惑するのだ。
一方で女子たちのほうは遠慮がない、グイグイくる。
ときには優斗をめぐって争うことまであって、内心で優斗はちょっと引いているぐらいだ。
これが逆だったらよかったのにと、優斗は溜息をつかずにはいられない。
優斗が街を歩いていると、ときおり見知らぬ女性から声をかけられることがあるが、これがまた悩みの種にて。
派手な女子高生の集団からいきなり囲まれたときは怖かった。
やたらとスマホで写真を撮られて、撫でくりまわされて、頬っぺたを指でつつかれ、抱きしめられたり……
ヒトによっては、この状況をうらやむかもしれない。
けれども実際にもみくちゃにされてみればわかるはずだ。
そこに尊厳はない。ただただ、身がすくむだけ。
昏い目をしたおばさんに、いきなり腕をつかまれて強引に路地裏へと連れ込まれそうになったときはもっと怖かった。
あの時は幸いにも途中で腕が振りほどけて逃げられたからいいものの、もしも逃げられなかったらどうなっていたことか。
以降、優斗はあの界隈にはあまり近づかないようにしている。
優斗のお気に入りの場所である図書館でも、静かだからと油断してはならない。
気づけば棚の陰からじーっと。
自分のことを盗み見ている者がいる、なんてことがときおりある。
整った容姿ゆえに優斗が苦労していることを知っている図書館のお姉さんが、それとなく注意しては不審人物を追い払ってくれるけれども、いつもいつも都合よく守られるわけではない。
だから自分でも用心が必要だ。
女性たちからかまわれるほどに、優斗は異性に対して腰がひけていく。
気がつけば自分の周囲にいる異性たちで、素で対応できるのは母親をのぞけば千奈津ぐらいになっていた。かなり重症である。
それなのに母親がトドメとばかりに盛大にやらかしてくれた。
みんながみんなそうじゃないと頭ではわかっている。
それでも女性に対する苦手意識が増大するのを、優斗は止められない。優斗のなかで女性への不信の芽がひょっこり顔を出しては、スクスク育っていく。
あぁ、煩わしい。
このままではいずれ自分は極度の女嫌いになってしまうかもしれない。
自分の呪われた出生について知ってしまったいまとなっては、自分自身すらもどこか遥か彼方へと遠ざけたいぐらいで……
〇
猫の長毛はさらりとしており、高級なシルクのような肌触りがした。
ほのかにいい香りもしている。
身を委ねていると心までとろけそうで。
ずっと抱え込んでいたモヤモヤが自然と体の外へと抜けていく。
まるで体内に溜まった毒素や老廃物を排出し、心身の健康を整えられるデトックスのように。
どれほどそうしていただろうか。
不意に優斗はむくりと起きた。
二度寝したい誘惑にかられるも、それはぐっとこらえてピンクの大きなペルシャ猫から離れる。
「あら? もう行くの。なんならずっといてもいいのよ」
「ありがとう。でも、もういいや。なんか寝たらちょっと元気でた」
「そうなのね。私は色欲のハオス。疲れたらいつでも私を呼びなさい。癒してあげるわ」
色欲――
いかがわしくおもわれるかもしれないが、色欲はたんなる性欲のことではない。
心から湧き上がる感覚全体の欲望を意味する。
美しい香りや容姿、形のあるもの、形のないものへの執着、理性では抑えきれない心のトキメキ、突き動かされる衝動もまた色欲に属するもので、根源的な概念である。
長旅にて体が疲れたゆえに熱を出して寝込んでしまっているいまの優斗は、心もまたずいぶんと疲弊していたのだ。
そんな優斗の疲れた心が欲したのが、あれこれと抱えこんですっかり重くなってしまった自分の心の汚れを落とすデトックスであった。
色欲のハオスはそれを叶えてくれたのである。
彼女に別れを告げて、優斗はピンクの間をあとにした。
でも仮面舞踏会は終わらない。
ヒトの色欲が尽きることないように、参加者たちは永遠にクルクルと踊り続ける。
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