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116 撃ち砕けない

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「オーライ、オーライ、っとストーップ! ちょい右。そこそこ、じゃあゆっくり下ろして。そーっとね、そーっと」

 わたしの誘導で巨大なコンクリートブロックを川縁に置いたのは富士丸くん。
 本日はリンネ組にて護岸工事。
 このあいだの大雨で河川の一部が氾濫。幸いなことに被害はたいしたことなかったけれども、いい機会だったので領内を見て回ると、他にも危ない地形やら水害を引き起こしそうな箇所がいくつも見つかって、「今のうちにやっつけてしまおう」となる。
 大きな資材は富士丸がじゃんじゃん運び込んで、細かい作業はオービタルたちがドシドシ片づける。
 ちなみにわたしの仕事は拡声器片手に、それっぽい指示を出しつつ、それっぽく威張って、それっぽくふるまうことだ。
 元女子高生になにを期待する。土木建築の知識なんぞ欠片もないわ。「護岸工事? とりあえず適当に土嚢でも積んどけばいいかな」レベル。そんな小娘が本気を出したら、周囲がとっても迷惑する。
 かといって「ほへぇ」としているわけにもいかない。
 なぜなら現在の工事現場は、わたしたちがせっせとこしらえた移住村の一つの近くだからだ。
 住民たちもわたしたちが各地で拾ってきた元難民たち。
 いろいろお世話をした手前、あまりだらしない姿を見せるわけにはいかない。
 だったらいつものように部下に丸投げして、ついて行かなければいいのにとお思いかもしれないが、いきなり巨大なロボットとアリ人間どもがゾロゾロやってきたら、十中八九、村は大パニックに襲われる。
 ショックのあまりお年寄りがぽっくりさんとか、ちょっとしゃれにならない。
 だから移住を手助けした際に面識のあるわたしの出番となるわけだ。

 わたしが現場監督として「精を出しているフリ」に精を出していると、女性が声をかけてきた。

「リンネさま、お茶とお菓子をお持ちしました。少し休憩なされてはいかがでしょうか」

 そう言ってくれたのはエキドナさん。
 彼女は近くの移住村の村長さんで、村に隣接するウチのインスタント食品工場の主任でもある。姉御肌にてパワフルなシングルマザー。

「ありがとう、いただきます。ところで村のみんなや工場の方はどんな感じ?」
「おかげさまで。心なしか笑顔も増えてきたかと」
「そう、それはよかった」

 エキドナさんのところの移住村は通称「女人村」とも呼ばれている。
 べつに女性だらけってわけじゃなくって、女性の割合が他所寄りも多いだけのこと。
 ここにはわりとワケありの難民たちが集められている。
 心や体に傷を負った方や、夫を失い幼子を抱えている者とか。
 傷を舐めあうと言えばちょっと聞こえが悪いけれども、同じ境遇の者同士での語らいというやつは、なかなかどうしてあなどれない。
 自分の苦しみを理解してくれる存在がいる。親身になって話を聞いてくれる相手がいるというのは、それだけで救いとなることもある。
 心の問題は解決するまでに、どうしたって時間がかかるもの。
 こればっかりはのんびりゆったり粘り強く見守るしかない。
 エキドナさんの口から近況なんぞを報告してもらい、お茶を楽しんでいると、少し離れた木陰からちらちらと、かわいらしいお客さまの姿が見え隠れしている。
「おいでおいで」と手招きすれば、おずおずと姿をあらわしたのは小さな男女六人組。
 どうやら護岸工事なるイベントが気になって、のぞきにきたみたい。

「こらっ、あんたたち。工事現場はあぶないから近寄ったらダメだっていったじゃないか」

 いきなりエキドナさんにとっちめられて、首をすくめる子どもたち。
 わたしはクスクス笑いをこらえつつ「まあまあ」
「リンネさまがそうおっしゃるのなら」しょうがないとエキドナさん。
「大人がダメって言うと、よけいに気になるもんだよ。ほら、みんな、こっちでいっしょにお菓子を食べながら見学しよう」

 声をかけたとたんに、しゅんとなっていたのがケロリと元気をとり戻す。
 子どもらが、「わーい」とお菓子の盛られた皿に群がる。
 愛い愛い。子どもはやっぱりこうでなくっちゃね。
 夢中になってお菓子を頬張り、まるでリスのように両頬を膨らます姿がじつにかわいらしい。

 山のような富士丸が山のような資材を運ぶたびに、子どもたちの歓声があがる。
 それを尻目にエキドナさんと世間話に興じていたら、なにやら熱い視線を感じた。
 女の子の一人がじーっとわたしの顔を見つめている。

「どうした?」とたずねれば、ちょっとモジモジしつつ女の子が「リンネしゃまって、えらいひとなの」なんて言い出した。
 なかなか鋭い質問だ。さて、なんと答えたものか……。
 えらいかえらくないかで言えば、たぶんえらい人ではない。
 なにせリスターナでの立場はあくまで客分のノラ勇者。土地をもらったから居住はしているけれども、正式にリスターナの所属にはなっていない。活動内容がそれっぽいので誤解している面々も多そうだが、これが真実。貴族ってわけでもないし、役職があるわけでもないし欲しくもない。感覚的には同居人とか居候に近いかも。
 そのへんはシルト王をはじめ首脳陣は、みなよく理解している。
 そして彼らは「べつにそれでもかまわない」と許してくれてもいる。
 でもこんな事情を話しても、この子はきっと首を傾げるだけであろう。
 だからとて「勇者だからえらいのだ」ともならない。国を追われ、故郷を失い、多くの犠牲を払った元難民からすれば、勇者は必ずしも尊敬される対象とは限らないから。むしろ騒乱を助長していることもしばしばにて、憎んでいる者も多いことであろう。
 よってこの答えもダメだな。
 ノットガルドの世界にとってはえらい人との自覚は、ややある。
 ただしこの場合は「たいへんだ!」の意味にて。
 さすがにこれをぶっちゃけるわけにはいかない。小さい子から「えー」と失望の眼差しを向けられたら、いかに神鋼精神とてヒビが入る。
 となると、あとは……。

「わたしはあんまりえらくないかな。えらいのは王さまだよー」

 思案の末に導き出されたベストな解答がコレだ。
 すべては御上のご威光であるとし、責任の一切合切を美中年に丸投げ。
 けっして驕らず、増長せず、下を慈しみ、上を立てまくってヨイショする。
 われながら完璧な処世術である。
 でもせっかくのわたしの配慮も、小さなお子さまを前にしては形無しだった。
 だって幼女はわたしの答えを聞いて、こんな感想を零したのだもの。

「へー、うちの王さまって首を狩るだけがオチゴトじゃなかったんだぁ」

 首狩り王の悪名が末端にまですっかり根付いていた。
 ちょっとやそっとでは揺るがないぐらいに、どっしりと。
 ごめん、リリアちゃんパパ。
 こいつばかりは、いかにわたしのマグナムでも撃ち砕けやしないよ。


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