誰もいない城

月芝

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034 人体回廊

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 いかに夢という形式をとっているとはいえ、自分自身を客観的に見せられるのはツラい。
 思慮が浅く、機転も利かず、粗が目立ち、情けないほどに未熟……。
 どうにもイライラする。
 そんな想いがすべてブーメランになって跳ね返ってくるのが、たまらなくしんどい。
 よくもこんな調子で「自分は他者とはちがう」なんて平然とウソぶいていられたものである。心底あきれるばかりだ。
 そしてせっかく思い出してもクソの役にも立たない記憶なのも腹立たしい。

  ◇

 肩かけカバンを持ち、相棒の白い腕を彼女の定位置である左肩にのせて、準備万端を整えてからボクは扉に手をかけた。
 ゆっくりとドアノブを回す。
 軋みひとつ鳴らずにスーッと開く扉。
 まずは首だけを入れて向こう側の様子をうかがう。
 照明はなく闇の空間。
 それでもこれまで暗い場所に慣れ親しんできたボクの瞳は、じきに順応する。
 どうやらこちらもまっすぐな廊下になっているみたい。
 もしかしたらこの建物の一階は、直線の廊下がつづら折りに並んだ構造をしているのかもしれない。
 耳をすませども物音は聞こえてこない。闇の中に何者かが潜んでいる気配がないことを確認したところで、ボクは第二の廊下へと足を踏み入れる。
 開けたら閉める。そんな行動が身にしみついているのか、ボクは特に意識することなく扉を閉めようとした。
 でも閉じきる寸前、扉の向こうから「ふふふ」と女の人の含み笑いが聞こえたような気がして、ギョッ。
 そのとき驚きや恐怖よりも勝ったのは肉体の反射行動。
 声がした次の瞬間には、もうドアを思いっ切り開いていた。
 しかし、誰も、何の姿もそこにはない。
 気のせいだったのか……。
 ひょっとしたらあんな夢を見たせいかも? 

「ねえ、女の人の声が聞こえなかったかな」

 相棒にたずねてみるも、白い腕は「さぁ」とばかりに手首をわずかにひねるばかり。
 どういった理屈かは不明だが、腕だけなのに彼女が音に反応するのは、ボクの言葉を理解していることからもまちがいあるまい。
 その相棒が聞こえなかったということは、たぶん空耳であったのだろう。
 念のため、あらためて扉を閉めるときに注意していたけれども、今度は何も聞こえなかった。

  ◇

 第二の廊下も暗いだけにて、構造そのものは第一の廊下と同じみたい。
 ボクは壁に右手をついて慎重に進む。
 するとその指先に何かが触れて「うん?」
 三角形の小さな山のようであり、感触はぷにぷにしているところと、少し固いところがある。鳥の皮とか軟骨に近いか。それにこれは……、ほのかに温かい? かすかに風も吹いている?
 そろりと表面を指でなぞっていくと、ふいに指先が穴らしき箇所に入ってしまう。
 驚いたボクはすぐに手を引っ込めた。

「うーん、なんだろう。でも、どこかで触ったことがあるような、ないような」

 判然としないことにモヤモヤする。
 害はなさそうなので、ボクはいまいちどソレに手をのばす。しかしわからない。
 闇で目隠しをされた状態では埒が明かないので、自身の顔をギリギリまで近づけてみる。
 正体がわかって「ひっ!」とおおきくのけぞった。
 それは鼻であった。
 どおりで記憶にあるはずだ。誰だって自分の鼻ぐらい日に何度も無意識のうちに触れているのだから。
 なぜ壁から鼻が生えているのかはわからないが、とにかく気持ち悪い。
 びっくりしたボクは嫌悪感から少しでもソレから離れようと、反対側の壁際へ。
 でも背中越しに感じた突起の存在にさらに怯えることになる。
 鼻はこちらの壁にもあった。
 いや、正しくは、廊下の壁一面が鼻だらけであったのだ。しかもスーハーと静かに呼吸をしている本物の鼻。

「なんだこれは? 意味がわからない」

 人体の一部がたくさん飾られている場所。
 肉体をモノあつかいしているのか。
 あまり趣味のいいインテリアとは思えない。とても不快だ。
 なんとなくここには長居したくない。
 ボクは両端の壁に触れないよう廊下の真ん中を進み、一刻も早くここから立ち去るべく足を懸命に動かした。

  ◇

 大方の予想通り、この建物の一階は廊下が幾重にも折り重なった場所であった。
 第二の廊下の奥にもまた扉が一枚あり、その向こうには第三の廊下。
 そちらの壁面には耳がびっしりと飾られてあった。
 鼻に触れるよりかはまだ抵抗が少なかったので、嫌悪感を抑えつつボクは耳を調べてみる。それでわかったのは、数百か数千か知れないすべての耳が、どれひとつとっても同じものがないらしいということ。
 ざっと調べた十五ほどの耳の大きさや感触、形状などが異なっていたので、そう推察した。
 ということは、第二の廊下にあった鼻もたぶん同じ。
 そして鼻と耳ときたからには、この先の展開も容易に予想がつき、ボクはげんなりする。
 肉体的な恐怖や脅威はいまのところ皆無だが、ここは精神にかなりくる。
 胃のあたりがムカムカして、どうにも気分が悪くてしようがない。
 ボクはここが嫌いだ。あぁ、なんてイヤな場所なんだろう。


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