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034 十戒
しおりを挟む大練武祭二日目。
優勝候補であるハチヨウとトールンの両名は早々に勝ち抜け。準決勝へと駒を進めた。
彼らの試合を見たけれども、ぶっちゃけこの二人のチカラが抜きん出ており、あまりにもあっさりさっくり勝つものだから、いまいち実力がつかめない。
けれども彼らの強さが際立つほどに、善戦した仮面姿のアスラの評価がひそかに高まるという現象が生じる。「数年後が楽しみだ」「未来の剣聖候補」なんぞという声もちらほら。
とは、案内役の人からもたらされた情報。
じきに残り二人の準決勝出場者も決まり、本日の予定は終了。
明日は中休みにて、明後日の最終日にはいよいよ最強が決まる。
◇
わりと早い時間に全試合が終了したので、帰りしなにちょいと大闘技場内をぶらつく。
急いでも出入口付近は混雑しているからね。同じことを考えている人がそこそこ残っている。
建物内部にあるお土産物屋をひやかしてから、大衆向けの食事処に寄って「大練武祭限定、一撃昇天激辛肉団子スープ」と「大練武祭限定、ムキムキ粉入りむちむちパン」なる品を注文して食す。
ムキムキ粉というのは豆由来の粉末にて、食べ物や飲み物に加えて摂取すると、たちまちカラダがムキムキになるという補助食品。薬効成分が医学舎から保証されており、適度な運動と適度な摂取で、相応の効果が期待できるんだとか。クンルン国の各ご家庭にはひと壺あるのが当たり前らしい。
わたしとケイテンはだらだら汗をかきながら真っ赤なスープをすすり、パンをかじる。
スープは「ひー」と悲鳴をあげるほどの辛さ。完食すれば勇者に称えられ記念メダルを贈呈されるという。
鍛えあげたチカラこぶの感触を再現したというパンは、なかなかのむちむち具合で咀嚼するほどに、ほんのり塩風味が口の中に広がる。
フム。味は悪くない。けれどもこの塩気が汗を連想させ、自分が汗ばんだ男の人の腕をちゅうちゅうしているみたいで、なんかイヤ。
なお一撃昇天激辛肉団子スープの完食はムリだった。
肉団子の中にまで辛味を潜ませるだなんて意地が悪すぎる。
◇
次第に客がひけて閑散としつつある大闘技場内を、腹ごなしに気ままに歩く。
廊下には歴代の名勝負を刻んだレリーフなんかも展示されており、けっこう楽しい。
その中でふと目についたのは、壁に埋め込まれている石板。
炎風の神ユラがクンルンの民に授けたという十戒が刻まれたもの。でもこれは王城内にて大切に保管されている本物を模した複製品。
複製品は国内のそこかしこに設置されてあるらしいのだが、わたしはまだちゃんと見たことがなかった。
いい機会なので立ち止まってとっくり見物する。
「神像とかはデカいくせに、こちらはやたらと小さいな。ちょっと大きめの本ぐらいしかないや。文字も細かい」
なんぞとぶつくさ言いながら、十の戒めをしげしげ眺める。
『炎風の神ユラの十戒』
その一、武に近道なし。小さな一歩の積み重ねが道となる。
その二、チカラに溺れることなかれ。強さはやさしさと知れ。
その三、筋肉は裏切らない。夢と筋肉を裏切るのは己であると自覚せよ。
その四、悩むのはいい。だが立ち止まるな。走れ、走れ、走れ。
その五、あがけ、あがけ! 諦めを知らぬ者のみが栄光をつかめる。
その六、何度でも立ちあがれ! 不屈こそが魂を磨き輝かせると心得よ。
その七、武に頂なし。満足と慢心をはきちがえるな。
その八、自分に厳しく、他者にやさしく。
その九、あー、とにかく肉を喰え、肉を。
その十、えーと、弱い者いじめすんなよ。あと歯と親は大事にしろ。
上から順に目を通していたわたし。
途中までは「おっ! いいこと言ってるじゃん」と感心していたのだけれども、読み終わったあとはけっこう微妙な顔になっていた。
「……ねえ、気のせいかな? 最後の方がグダグダなんだけど。あきらかに言うことが思いつかなくて、適当を並べたように見えるんだけど」
武の心得にはじまり、人としてのあり方に言及しつつ、締めが「あー」とか「えーと」とか。
むりくり十の戒めをしぼり出した感がすごい。そして何げに蛇足がついて収まりきっていない。なんという締まりのなさ。
わたしがジト目を向けると、案内役の人はついと顔をそらした。
ケイテンを見れば口元に指をあてて「しーっ」と、黙っているようにとの仕草。
他国に行って、その国の文化や信仰、政治や体制、歴史や風習なんかを批判し否定するのは禁忌行為。
それは以前にパオプ国へと旅立つ際に、星読みのイシャルさまから「くれぐれも気をつけるよう」にと教わったこと。
どうやら十戒のこれも、あえて見てみぬふりをするのが大人の対応ということらしい。
わたしはまたひとつ実地に学び、ステキにムテキな大人の女への階段をのぼった。
その夜のこと。
夢枕に炎風の神ユラが立つ。
そして「風に気をつけよ」とだけ一方的に告げてきた。
うーん。意味がわからん。
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