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046 次元の迷子

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 空がまばゆい光に包まれた。
 白銀の大剣を中心に紅蓮が円を描く。
 炎が波紋のように広がり、すべてを呑み込む。
 けれども、それはほんのまばたきするぐらいの一瞬の出来事。
 このときの光景を地上にて目撃した者たちは、のちにこう語る。

「まるで天からのびてきた大きな白光の手が、黒い染みのような雲をギュッとにぎりつぶしたかのように見えた」と。

 首都アルマハル上空にて発生した大爆発。
 勇者のつるぎミヤビの放った白き焔が、一瞬にして災厄を焼き尽くし消滅。
 余波にて発生した風が暴れて、地上を席捲。あおられて多くの屋根が飛ぶも、光をまとったふしぎな風によって、都中のそこかしこにて発生した火災が次々と勢いを失っていった。
 かくして黒い風と淡い赤雪、白い魔槍の起こした怪現象は収束へと向かっていく。
 一方その頃、わたしことチヨコは……。

  ◇

 勇者のつるぎミヤビが、けっこう本気の出力にて白き焔を発動。
 空の上にて隠れる場所がなく、モロに巻き込まれることになったわたし。
 わたしを乗せていたツツミは、チカラは強いけれども飛ぶのはいまいち。よってあわてて逃げようとするも、ちと遅い。
 背後からドンっと押された。
 風圧の壁だ。
 衝撃がきて、ちんまい小娘のカラダはあっさり破砕槌からひきはがされ、空中へ。
 このままだと何処かへ単身吹き飛ばされて、じきに落下。この高さではたとえ下が水でもきっと助かるまい。
 ぐるぐる回る視界の中、わりと本気でわたしは死を覚悟した。
 それを救ってくれたのは魔王のつるぎアン。
 漆黒の大鎌がぶんと振るわれて、転移のための空間の裂け目が出現。
 わたしは裂け目内へと転がり込む。
 しかしアンに出来たのはここまで。
 すぐあとに続こうとするも、強烈な爆風にてアンはツツミともども「あーれー」

  ◇

「あいたたたた。鼻が、鼻がいっそう低くなる」

 顔面から着地し、あやうく鼻どころか首すらモゲるかとおもった。
 けれどもチヨコはまだ十一歳。子どもならではの肉体の柔軟性と、すっかりサボり気味な成長期ゆえの軽量体のおかげで、ケガはまぬがれた。
 とはいえ状況はかなり最悪に近い。
 なぜなら……。

「ここってアンの転移空間だよね。うん? あれ? えっ、ウソでしょう! いつもあらわれている光の線が、どこにもないっ!」

 魔王のつるぎアンの空間転移能力。
 移動のために用いる空間は薄闇にて、内部を足元に出現した光の線にそって移動することで、目的地へとたどり着ける。
 跳躍する距離によって、光の線の長さも変化し、外の世界での時間の流れも相応に変化する。
 でもってこのチカラには制限やら注意事項がいろいろあるのだけれども、もっとも守らなければならないのが「けっして光の線からそれてはいけない」ということ。
 これを破ると、次元の狭間を永劫に彷徨ことになったり、カラダがべろんと裏返ったりしちゃうという。
 たぶんとっさのことでアンは目的地を設定できなかったんだ。これが光の線がない理由。そして自分もいっしょに来るつもりだったのに、それもできなかった。
 入り口はすでに閉じられており、出口はどこにも見当たらない。
 頼りになる娘たちはおらず、あるのは非力な我が身ばかり。
 とどのつまり現状はかなり「やっべー」ことになっているということ。

「えらいこっちゃ!」

 わたしは真っ青になって頭を抱えた。

  ◇

 森とか山で遭難したときの鉄則。
 その一、やみくもに動き回らない。
 その二、自分の状態の確認。
 その三、安全の確保。

「その一は問題ない。動くもなにも、どうなるかわからないから、こわくて一歩も動けやしないよ。
 その二も問題なし。我ながら頑丈だね。やっぱり日頃の鍛錬がきいているのかな?
 その三についてはわかんないや。転移空間はあくまでアンが作り出したもので、彼女の中みたいなものだから。危険生物とかが襲ってくることはないと思うけど」

 空腹やノドの渇きはいまのところ感じていない。この空間内の時間の流れが外よりもゆっくりしているせいであろう。
 尿意はちょっとあるけど、まだだいじょうぶ。
 わたしはあえてぶつぶつと独り言をくり返す。
 これは精神の均衡を保つため。
 無音の薄闇という状況がよろしくない。
 夜の森や吹雪の中とはちがう。闇の中には何かが潜んでいる。そいつが想像以上にこちらの心をゴリゴリ削ってくる。
 ここはおとなしく救援がくるのを待つのが正解。
 よくわかっている。だというのに唐突に辛抱しきれなくなって、逃げ出したい衝動に駆られそうになる。
 そのたびに服の袖を噛み、どうにかこらえる。

「わたしはこんなにヤワな女の子だったの?」

 剣の母となってからは、ずっとそばに天剣(アマノツルギ)たちがいた。
 たいへんなことも多いけど、にぎやかな環境に慣れきっていたがゆえに、独り身となったときの孤独感がすさまじい。空っぽの帯革が軽い。そのことがどうしようもなくさみしくってしようがない。

  ◇

 薄闇の中、どれほどの時間が過ぎたのであろうか。
 気力が先に底を尽き、わたしは横になってうずくまっていた。
 カラダを動かさずにじっとしていると、じょじょに血の循環が鈍くなり、体温も落ちてくる。それにあわせてまぶたも重くなってきた。
 ときおりこぼれる涙は流れ落ちるにまかせる。
 夢か現か、いつしか感覚も失せてまどろむわたし。
 そのカラダがひょいと何者かに持ちあげられた。
 思考がうまく働かないわたしは、ぼんやりと何者かを見つめている。
 燃えるたてがみを持つ獅子頭の獣人。
 炎風の神ユラであった。

「本当はダメなのだがな。小さなカラダでがんばってくれたことだし、これぐらいの手助けはよかろう。それに早く戻ってもらわんことには、半狂乱になっておる天剣どもが何を仕出かすか、わかったものではないからな。
 にしてもムチャをする子だ。天候を操るとか、よくもまぁ、魂が砕けんかったことよ。
 しかしその分、心がずいぶんと疲弊し枯渇しておる。これでは近いうちに壊れてしまうぞ。
 うーむ。いまの状態で第四の天剣を顕現させるのはさすがにムリそうだな。
 褒美がわりに授けるつもりであったが、しようがない。
 どれ、かわりに少しばかり神気を与えて、心の補充をしておいてやるとするか」

 ユラ神の人差し指の先がわたしの額にそっと触れた。
 とたんに体内がカッと熱くなる。
 わけがわからなくなったわたしは意識を完全に手放した。


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