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050 影の報告
しおりを挟む前面に広がるのは清らかな水をたたえ、多くの船が行き来している超大なピ湖。
背面には万年雪と氷に包まれた北の天険ユンコイ山脈。
山脈にもたれかかるようにして、扇を逆さまに広げたような形をしている、神聖ユモ国の聖都。
扇を束ねる要に位置している宮廷。その中央を占め、皇(スメラギ)さまや一族たちが住まうのがナカノミヤと呼ばれる場所。
同敷地内にある離宮のひとつに、西のクンルン国から帰還したばかりのケイテンの姿があった。
ケイテンが片膝をついて首を垂れている相手は、この離宮の主・第三妃キキョウ。
第一皇女イチカの母だが、控えめな性格にて争いを好まず、産後に体調を崩してからはより表に出てこなくなったと言われているが……。
「それで実際に接してみて、剣の母チヨコはどうでしたか」
問われたケイテンは顔をあげることなく「はっ」と報告をはじめる。
「まず顕著なのは、そのあり方かと」
「あり方?」
「はい。歳のわりに妙に安定しているのです。まるで地に根を広げた大樹のごとく、どっしりと」
ふつう、人とはちがう強大なチカラを手に入れたら浮かれる。
周囲からちやほやされ、もてはやされ、大切にされたら、相応にかんちがいをする。
ましてや幼い子どもの身なれば、なおさら自制なんて効くはずもない。
なのにチヨコには、それらの傾向がほとんどみられない。
これには報告を受けたキキョウも「ほぅ」と興味を示す。
「賢明……というのとはちがい、むしろ慎重というべきでしょうか。
重要な情報を知れば深く呑み込み口をつぐむ。大金を前にしても目がくらむこともなく、逆に用心する。その場の雰囲気や熱に流されることもなく、さりとて無感動というわけでもない。むしろ感受性は豊かなのかもしれません。
確かに辺境育ちゆえに知識量はあまり多くはないのでしょう。ですが、さりとて無知ではありません。押さえるべきところは押さえていると申しましょうか」
「その点については以前に星読みのイシャルさまも言及しておられましたね。彼女の場合は余計な知識がないのが、むしろ功を奏していると」
「はい。チヨコもそのことを気にしてはおりましたが、イシャルさまの御言葉をそのまま伝えたところ、納得したようでした」
「そうですか。して、こたびも天剣(アマノツルギ)にふさわしい人物は見つからなかったようですね」
「候補となりそうな者は数名いたのですが、こればっかりは天剣たちが認めないことには、いかんともしがたく」
自我を持つ天剣たちは、自分の担い手は自分で選ぶ。
そして今世に顕現した天剣たちはそろいもそろって、選り好みが激しく、なおかつ剣の母チヨコにべったりにつき、ちっとも巣立つ気配がない。
そんな現状をキキョウは「困りましたね」と憂う。
「神聖ユモ国にすべての天剣がそろっているという、いまの状況……。
当方に都合よく見えますがそうではありません。他国からすればいかに言葉と誠意を尽くそうとも、ユモ国がすべてを囲っているようにしか考えられませんから。
いずれは国家間の軋轢を生む可能性が高い。二柱聖教と医師会も表向きは静観のかまえですが、そろそろシビレを切らす者が出てもおかしくありません。
ですがそれよりも問題なのは、すべてのチカラが一人の娘にゆだねられているということ。
これはあまりにも危うい」
「その点に関してもですが、ご懸念にはおよばぬかと。どうやらチヨコは天剣のチカラをふるうことにかなり抵抗がある様子。むしろ使わずにすむのならばと、意図的に控えているように見受けられましたが」
ずっと行動をともにしてケイテンはそう判断したのだが、これにもキキョウは首をふるばかり。
「フェンホアの暴走を止めてくれて、我が娘イチカを救ってくれたチヨコのことをわたしも信じたい。
でも、それはどこまでいっても確証のない希望にすぎないのです。
そして悲しいかな、人の心は移ろいやすいもの。
いかな清廉の士とて、優れた才芽を持つ身とて、心身を鍛えた人物とて、腐るときには腐る。
だからこそ『影』などというお役目が脈々と受け継がれてきたのですから」
影は皇(スメラギ)さま直轄にて、秘密裏に手足となって働く者たちの総称。
影矛は主命を受けて、外部を走り回るを任とする。
影盾は主のそばにて、御身を守り補佐するを任とする。
その組織の運用を行っているのが第三妃キキョウ。
彼女は聡明さを買われて、このお役目を担うために皇族へと嫁いできた。
しかしこのことは第四十九代目・皇・ワシュウをも預かり知らぬこと。それどころか組織を実質的に動かしているのがキキョウであることを知る影もごくわずか。
ホランやカルタたちも別の人物が自分たちの上司だと思い込んでいる。
たとえ手足をいくらつぶされ、もがれようとも、頭さえ無事ならば何度でも蘇る。
三つの宮が並んで建つ宮廷の手本となった、伝説の金禍獣「鳳凰」のように。
それが影。
影たちを裏で統べる第三妃キキョウは嘆息しつつ、ケイテンに命じた。
「いずれにせよ監視は密に。けれどもけっして当人に悟られぬよう。あぁ、国と娘の恩人に仇で報いることのなきことを、わたくしは切に願います」
―― 剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。 (第三部完) ――
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