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026 相席
しおりを挟む商連合オーメイの首都ナンシャーチにて、わたしがお世話になっている高級宿は十三階建ての高層建築。そこの十二階にある特別貴賓室および同階を、ドドーンとまるまる貸し切り。一泊でとんでもない宿泊費用がかかっているらしいのだけれども、詳しいところはわからない。
好奇心にかられてそれとなく何度かたずねたのだが、教育の行き届いた宿屋の従業員一同、「どうぞお気になさず、お代は公房会からいただいておりますので」とにっこり笑顔にてかわされた。
超お金持ちご用達の宿ではさらりと散財するのが粋。お金の話をするのはかえって野暮ということらしい。
でもってそんな高級宿の最上階には、食事やお酒を楽しめるこじゃれた空間がある。
特注の大きなガラス張りにて、夜ともなれば煌びやかな街の景色を眺めながら、うっとり一杯なんてことも。なお宿泊客はタダでここを利用できる。それも料金に含まれているんだってさ。
昼と夜とではまるでちがう表情を見せる首都。
光と影、善と悪、貧と富、立身と凋落……、いろんな相反するモノが混在し、ここにはすべての欲望がつまっている。カネさえ積めば手に入らないモノはないという。
なんとも物騒な話だが、少なくとも日中は治安もよく活気みなぎるいいところ。
景観が一望できる最上階。その窓辺の席に陣取り、わたしが遅めの朝食を摂っていたら、帯革内のミヤビがぶるっとふるえた。
これは「要警戒」の合図。
警戒対象はロイチン商会のシャムド。
豊かな胸部をわずかにゆらしながら、優雅な足どりにてこちらへと近づいてくる蠱惑の美女。夜の宴席でも映えていた黒緑の髪のお団子頭が、陽の下では緑がやや色味を増しており、生命力あふれる初夏の萌える若葉を連想させる。
「ごきげんよう、剣の母チヨコさま。相席してもよろしいかしら」
「ごきげんよう、シャムドさん。どうぞ」
向かい側の席に座ったシャムドは、注文をとりにきた給仕の男性に「温かいカチュー茶を」と告げた。
カチュー茶は紅い宝石のような色をしたお茶。ほんのり酸味を含むすっきりした口当たりにて、肌によい美容成分が多めで特に女性に人気がある飲み物。
それほど時間を置くことなく注文の品を運んできた給仕の男性に微笑みかけ、慣れた手つきにて心づけを渡したシャムド。
ちらりと見たところでは、なんと金貨!
それも三枚もっ!
商連合で流通している貨幣は、銅貨、銀貨、金貨、白銀貨の四種類のみ。それ以上の額面が必要となる取引では、役所にて事務官立ち合いのもと専用の書類を作成するか、または為替手形を用いる。
貨幣価値は神聖ユモ国の、ミズリ青銅貨、ミズル銀貨、ミズレ金貨、ミズロ白銀貨とほぼ同じ(※金貨一枚で十万円相当ぐらい)。
たかだかお茶を運んできただけの心づけとしては、破格。
そこに込められた意味は「しばらく大事な話があるから、だれも近づけないように」ということ。
シャムドの意図をすぐに察した給仕の男性は、「御用の際にはそちらの呼び鈴でお知らせください」と言い、腰の入ったきれいなお辞儀にて深々と頭を下げてからその場を離れた。
◇
金や青色の線にて表面に精緻な装飾が施された陶器製のカップ。
湯気を立てるカチュー茶を静かにすすり、「ほっ」と吐息をもらすシャムド。その仕草が同性でもドキリとするほどに色っぽい。
しばし黙ってお茶を楽しんでいると、彼女が手元のカップから目を離すことなくぽつり。
「昨夜はいい夢を見られたかしら」
黄金のランプを枕元に仕掛け、中に封じられている夢神バクメに、わたしを傀儡とすべく処理するように命じていたシャムド。
彼女からの問いにわたしは「ええ、おかげさまで」と満面の笑みを浮かべる。
その一事ですべてを悟ったのか、シャムドはとくに表情や態度を崩すこともなく、平然と「それはよかった」と言ってのけた。
そこで会話が途切れて、ふたたび沈黙の時間が訪れる。
次に口を開いたのはわたしから。
「ただ寝ぼけて、うっかり枕元の水差しを壊してしまったの。宿の人は気にしなくていいって言ってくれたんだけど、どうにも申し訳なくって……」
水差しとは黄金のランプのこと。当初、わたしは形状が似ているから、そうだとかんちがいしていた。
うっかりどころかツツミを使ってボコボコにして、ついでにアンに頼んで海の底に捨ててきたことを、わたしはやんわりシャムドに伝える。
夢神バクメとのやりとりから、シャムド率いるロイチン商会が、あの黄金のランプをかなり重宝していたことはまちがいない。そんな大事な品をダメにしてやった。
これはわたしのいじわるな意趣返し。
だというのにシャムドは機嫌を損ねるどころか、くつくつ笑いだしたものだから、逆にこちらがキョトンとさせられる。
「そう。アレを壊してしまったの。ふふふ、それはよかったわ。いい加減、アイツのあつかいにも困っていたのよね。
ありがとう。いいところで手が切れたわ」
負け惜しみではない。
心底そう思っていることは、シャムドの深緑の双眸を見ればわかった。
その瞬間、わたしの脳裏によみがえったのは夢神バクメの言葉。あのめいわくな神さまは、たしかこう言っていたっけか。
『シャムドの嬢ちゃんがワシと出会わなくとも、たぶん自力で逆境を跳ねのけ、社会の底辺から這い上がっていた』と。
かつて誰も思いつかなかった黄金のランプの利用法を確立し、封じ込められていた夢神バクメのチカラを散々に使いつぶした女。
英邁な彼女が、その道の果てを想像しなかったわけがない。
栄光と転落は一対の夫婦のようなもの。不吉な影が絶えずつきまとい、腐れ縁がどこまでも続く。気まぐれな神さまがいずれ遊びに飽きたとき、自分がどんな悲惨な目にあうか。
それを回避できたことを行幸だとシャムドは笑っている。
とどのつまりこの人は、ことが成功しようが失敗しようが、どっちでもよかったんだ。それどころかどう転んでも、あわよくばとさえ狙っていた……。
そのことに気づいたとたんに、わたしは目の前に座る女がとても怖くなった。
この女はダメだ。
マジでやばい。
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