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第6話 理想と現実

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 カフェから出た後、千佳は俺についてくる様に言った。

『恋愛体験』

 店の中でそう言っていた。
 前を歩く彼女に、どこに行くのかもわからず付いていく。横断歩道で止まるのを見て俺は聞いてみることにした。

「なぁ、一体どこに行くつもりなんだ?」
「どこって、すぐそこのカラオケだけど?」

 意外にも彼女はあっさり言った。
 カラオケと聞いてこいつ実は歌いたいだけなんじゃないかと思う。カップルで行く場所とはいえ、友達同士でも普通に行く場所。わざわざ『恋愛体験』として行くのには違和感がある。

「カラオケってふつうじゃん……」
「なに? スケベな優はラブホにでも行くと思った?」
「そこまで言っていないだろ!」
「なーに赤くなってんだか」

 千佳にからかわれながら、俺たちはカラオケに付く。
 さほど栄えてもいない田舎の住宅街。そんなに店が多いわけでも無く、付いたところは修平や綾と何度も来たことのある場所だった。

「ねぇ、あんたはもし彼女とカラオケに来たら何したい?」
「なにしたいって、べつに歌いあったり……まぁ、好きな子が歌ってるのを見てるだけでもいいかもしれないけどさ……」

 千佳は、目を細め俺を見る。
 何か言いたげな様子で、彼女は受付を済ませるとエレベーターに乗った。

「でも、俺はあまり話せなくなるカラオケはデートでは使わないかな?」
「ふむ……話せなくなる……か」
「だって、歌っている間に話せる3人くらいがちょうどいいだろ?」

 彼女は、軽く無視をするように流す。部屋の前に付くとドアに手をかけ、俺のほうに目をやった。

「あのさ、ここのカラオケって監視カメラ1つしか無いんだよね」
「だからどうしたんだよ? 1つで充分だろ」
「そう?」

 彼女は、軽い返事をして部屋に入る。薄暗い部屋に、カラオケのディスプレイが煌々と光っているのがみえる。千佳は周りを見渡すと、L字型に曲がった椅子の角になにも言わずに座った。

「なぁ、電気はつけねーのか?」
「デートでは……つけないかな……」

 俺は反対側に座ると、千佳は少し面倒くさそうな顔をして言った。

「ちょっと、『恋愛体験』でしょ? なんでそっちにすわるの?」

 そういって、彼女は隣の空いている場所をトントンと叩き俺を呼ぶ。

「いや、さすがに近すぎねえか?」
「カップルの距離感ってこんなものだよ?」
「いや、俺等はただの体験だし……」

 そういいながらも、少し意地になって隣に座ると、彼女が耳元で囁く。

「この位置、ちょうど監視カメラの真下だから見られないんだ」
「へ、へぇ……そうなんだ?」
「付き合って、間もないカップルならこうして手をつないだり……」

 自分の右手に、少し冷たい肌を感じる。だが、数秒でその手は暖かくなるのがわかる。慣れない彼女の行動にドキドキするのが分かる。

「それでね、ちょっと慣れてきたカップルなら……」

 彼女はそこまで言うと、俺の顔と数10センチの所まで顔を寄せる。

「キス……したりするんだよ……」

 その姿に俺は緊張したのかさらにドクドクと心臓が脈を打つのがわかる。彼女の吐息を少し感じたところで彼女は俺を付き飛ばした。

「痛ってぇ、いきなりかよ」
「キスすると思った?」
「どうせ冷やかしてんだろうと思ってたよ」

「なにそれ、つまんなーい。あんた本っ当に、女の子と付き合ったことないんだね。なんかナンパした理由の信用度が上がったよ……」
「まぁ……嘘はついても仕方からな」
「でも、キス刷ら信じてない様だけど、それ以上も全然ありえるんだよ?」
「それ以上って……」

 俺がそこまで言いかけると、彼女の拳が脇腹にヒットした。

「うっ……」
「何言わせる気?」
「いや、お前が言ったんだろうが」

 暴力的なところは、どうやら彼女のデフォルトらしい。それから千佳は、急に落ち着いた口調で、さらりと言った。

「でも、男女が付き合うってそういうことだよ?」
「そういうって、カラオケで色々するのがかよ?」
「うん……カラオケじゃなくてもカップルは人目がつかないところでイチャイチャしたいんだよ……」

 彼女は少し悲しそうな顔をした。それと同時に、俺の頭の中には修平と綾のことが浮かび、そんな事は無いだろうと自分に言い聞かせる。多分思い出している自分も悲しい顔になっているのかも知れない。

「自分の好きな人が、他の人とそんなことしてるかもしれないのに耐えられる?」
「まぁそれは、結構きついかもな……」
「でも、それが恋愛戦争に勝った二人の権利なんだよ」
「権利って……」

 千佳の言葉は、槍で貫かれた位に心に刺さった。
 そう、俺はその戦争に負けたんだ……。

「だから、君がしたのはその戦争の勝者の邪魔をしただけ。それも相手に気がないんだったら最低だよね?」
「それが言いたかったのかよ……もう、言わなくても分かってるって……」

「でもね、あたしは相手の事が本当に好きなら別に邪魔してもいいと思うんだ」
「はぁ?」
「恋愛戦争は、1度で決まる必要はない。諦めたり心が折れたりしない限りは終わらない。だけどその分のリスクは自分に帰ってくる」

 彼女は、俺に綾を諦めるなと言っているのだろうか。
 だけど正直それはない。修平は仲のいい親友だし、綾だってそうだ。俺はその戦争にはもう手を出す気はない。ある意味条約を結んだ様なものだ。

「まぁ、千佳の言いたいことは何となく分かったよ……」
「あれ? もしかしてあたしの事、好きになっちゃった?」
「そこからなんでその発想が出てくるんだよっ」

 俺はそういってかわい子ぶっている千佳の頬をつねった。

「いひゃい! ひどくない!?」
「お前が変なこというからだよ……」
「いやぁ……ちょっと君をドキドキさせちゃったかなって?」

 ドキドキした事にはあながち間違いでは無かったが、何となくはらがったった。それから、せっかくなのでと一人1曲づつ歌うとあっという間に1時間が過ぎてしまった。

「どうだった、『恋愛体験』は?」
「まぁ、色々知れたとは思う。けど、千佳は恋愛経験豊富なんだな……」
「そんなことは無いと思うけど……」
「まぁでも、楽しかったよ」
「それなら良かったかな?」

 俺は部屋の番号が書かれた札をとり、部屋をでる。今回カラオケにきてまで千佳が伝えようとしていた事は何となく分かった気がした。多分恋愛に負けるとはこういうことなのだと伝えたかったのだろう。

「まぁ、お前の『二人で協力して幸せになろう計画』って奴、乗ってやるよ」
「ちょっと、なんで上からなわけ?」

 俺は笑いながら、エレベータに乗り込む。

「まぁ俺は年もバイトも先輩なわけだし?」
「外に出たら美少女とナンパ師なんですけど!」
「それは流石にひどくないか?」

 少し楽しくなってきたところでエレベーターが鳴り、扉が開く音がする。
 受付のひとつ前の階で誰かが乗ってくるのだろうと思った。
 だが、開いた扉の前には、修二と綾の姿があった。

「え……修平?」
「あれ? 優……」
「なに? この人知り合い?」

 俺はいきなり現れた二人に動揺を隠せなかった。
 彼らが居たといういう事より、千佳の言った恋愛戦争という言葉を思い出し構えてしまった。
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