その彼氏、俺でよくないですか?

竹野こきのこ

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第36話 終わりと始まり

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 終わった……。

 それまで溢れていた希望や期待といったものが音を立てて崩れていく。

「なんで……」

 汗だくの俺を見て千佳はそう呟いた。
 カジさんは、困った様な表情を浮かべ頭を掻いている。

 今にも涙が溢れ出しそうな彼女の顔が脳に焼き付いて行く様な感覚になる。

「えっと……」

 何を言っていいのかがわからない。
 部外者というか、疎外感みたいなものを感じる。

「来ない方が良かったかな……」

 そう言うと、千佳は逃げ出す様にそのままカジさんの隣を走り抜けて行く。それを追いかけようと思っても足が重く踏み出せずにいた。

 小さくなって行く彼女を目で追いながらも、カジさんと2人きりの気まずい状況になる。

「優くん?」
「あ……すみません」

「純ちゃんは来ないって事でいいのかな?」

 この状況を見てカジさんは、純がしようとした事を察したのかもしれないと思った。

「いえ……多分来ます……」

 後で行くとは聞いていなかった。もしかしたら純は歩いて来るつもりなのかも知れない。

 曖昧な返事で、カジさんの質問を流した。

「なんか、ゴメンね?」
「いえ、カジさんは別に悪くないっすよ」
「日比野さんには、少し整理する時間が要るとおもうから……」
「……はい」

 カジさんはそう言った。どこか優しそうな表情で彼女を振った後とは思えないくらい落ち着いている。やっぱり、大人の経験値みたいなものなのだろうか……。

「予約してるし立ち話もなんだからさ、純ちゃんは来ないかもしれないけど店入ろっか?」

 男2人では、少しは入りづらい雰囲気のお店。だけどカジさんは、すんなりと入って行く。俺も勢いでそのまま入る事にした。

 店の中で案内された席は4人掛けのテーブル。多分、迷惑がかからない様にとりあえず入ったのだと思う。だけど、船場さんの友達と言う事以外ほとんど知らない俺は何を話せばいいのかわからない。

 カジさんは怒っていないのだろうか?

「えっと、飲み物どうする?」
「コ、コーラでお願いします……」
「優くん、緊張してる?」

 店内のクーラーが効いていて、汗で濡れた体が冷える。少し寒く感じてはいるが、緊張で別の汗が出る様な感覚にもなる。

「……そうですね。まさか2人で入るとは思って無かったので……」
「それ、僕もだよ?」
「ですよね……」

 会話が続かない。スマートフォンをチラリと見てみても純からの連絡は無かった。

「あの……カジさんって純が好きなんですよね?」
「まぁ、好きっていうか見た目が理想的なんだよね。だからご飯会が丁度いいなって」
「好きでは無いんですか?」
「まだそこまでは、でも知り合いになりたいし好きになる可能性は高いと思うよ?」

 てっきり反応を見た感じでは、純が好きなのだと思っていた。でも確かに好みと好きは違うといわれると納得できるし、好みだから知り合いたいというのはなんとなく分かる。

「すみません……約束と機会を潰してしまって」
「日比野さんにはびっくりしたけど、高校生なんだからそれくらいはね?」

 カジさんの「びっくりした」という反応がリアルだった。頭の中で気になる気持ちと、不安がいっぱいになる。

「あの……千佳はなんて言ったんですか?」
「うーん……」

 そう言うと、カジさんは少し悩んで囁く様に呟いた。

「それは、僕から言う事じゃ無いかな。もし、気になるなら本人に聞いてみて欲しい。言うか言わないかは彼女が決める事だと思うから」

「そう……ですよね……」

 カジさんは、千佳の事も考えた上で、言葉を選んでいる様に感じた。多分こういう所が、千佳は好きになったのだろうと思う。

「やっぱり敵わないな……」
「どうしたの?」
「いや、どうしたらカジさんや船場さんみたいに落ち着いた大人になれるのかなと……」

 そう言うと、カジさんは笑う。

「僕が落ち着いてる? いやいや、そんな事は無いと思うよ?」
「でも……」
「多分そう思うのは少しばかり人に慣れてるからだよ……本質は小さい頃から何も変わって無いと思う。現に純ちゃんに声かけた件はウニくんに怒られたしね!」

 カジさんは苦笑いすると、飲み物を口に含んだ。それをみて俺も愛想笑いする。

「日比野さんは、危なっかしいけどいい子だよ」
「知ってますよ……」
「ハサミが持てるようになって、最初のお客様。まだまだ下手だったのに喜んでくれたのを覚えてる」

 そういえば千佳がそんな事を言っていたのを思い出す。あれは本当だったんだと少し羨ましく思う。

「でも、それだけ……彼女は思い出のお客様で、今はかわいい妹みたいな感じかな……」

 俺に気を使ってくれているのか、カジさんは千佳についての立ち位置を伝えた。

「千佳の気持ちはどうなるんですか?」

 だけど、俺はカジさんの大人的な上手くまとめようとする回答に苛立つ。

「だからそれは……」
「本人に聞けって言うんですか……?」

 そこまで言うと、店の入り口からこちらに向かう影が近づいてくる。

 それは、俺たちの座る席に来ると声を上げた。

「優、何してるの?」
「何って……」
「千佳はどこに行ったの?」
「ちょっと純。落ち着けって」

 千佳が居ないことに、気づいた彼女にカジさんが声をかけた。

「純ちゃん、日比野さんは少し時間が必要だと思うよ……」
「カジさんは黙ってて。優はどうしたいの? 千佳を1人にしていいの?」

 フラれた後に俺が行ったって……。

「あの子は優を待ってるよ」
「そんな事……あるわけないだろ?」
「千佳に聞いてきなよ……」

 なんだよそれ。俺だってそれが出来るなら。


 出来るなら……?


「やっぱり優くんは日比野さんが好きなんだね?」
「でも……俺は、好きとか、恋とか、そんな綺麗な感情じゃないんです……」

「うーん、合っているかはわからないけど、好きって気持ちはどうにかなりたいから好きなんじゃないかな?」
「どうにかなりたい……ですか?」
「一緒に居たい、手を繋ぎたい、キスしたい……まぁ、それ以上も?」

「それでも……」
「どうにかなるかならないかは、彼女次第……だけどね? だから、優くんはどうしたいの?」

 どうしたいと言われたら、答えは一つしかない。

「俺は……千佳の所に行きたいです……」
「それなら、そうするしかないかな。いやぁ、青春だよねー」

 軽い口調で言ったカジさんと純を見る。

「すみません、ちょっと俺行ってきます」

「頑張ってね!」
「千佳の事たのんだよ!」

 俺はそう言って、店を出た。
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