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第1章 辺境編

第9話 闇の中

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 結局、アスターゼは何の策も浮かばないまま話し合いの期日を迎えることとなった。ヴィックスは任せろと言っていたが、どうするつもりなのかアスターゼには見当もつかない。

 親子二人で集会所へと到着すると、アスターゼは中の様子をこっそりと窺う。
 まだドンレルの姿は見えない。
 中で座っているのは村長ただ一人であった。

「問題はない。大人しく座っていなさい」

「……はい。父さん」

 ヴィックスの言葉に従って、アスターゼは気乗りしないまま席に着く。
 やがて約束の時間が近づくにつれて、村の役員たちも次々と姿を見せる。

 しかし、一向にドンレルが来る気配はなかった。

 これに困惑したのは村長と役員共やくいんどもであった。
 取り敢えず、しばらく待ってみようと言うことになるが、時間だけが過ぎていく。

 ヴィックスは瞑想するかのように目をつぶって座り込んだまま、身動き一つ取らない。元々、意味のよく分からない頼み事を持ちかけてきたのはドンレルの方だと言う認識を持っていた村長たちは、これ以上待つ必要はないと判断して解散することとなった。

 勘の良いアスターゼは何となく、何が起こったのかを察していた。
 彼は大いに反省し、今後は迂闊な言動を取るまいと心に誓うのであった。

 後日、ドンレルが行方不明になっていると言う話が村を席巻することとなる。
 いなくなったのは、ドンレルと雇っていた5名の用心棒である。
 ネイマール商会は、コンコールズ地方の領主、コンコルド辺境伯に事件の解明を求めたが、解決の糸口が一向に見つからず事件は迷宮入りしそうな様相を呈していた。調査が進められている間にも新しい支店長が派遣され、ネイマール商会スタリカ村支店は何事もなかったかのようにつつがなく営業している。


※※※


 アスターゼは村の広場でアルテナとエルフィスと共に今後のことについて話し合っていた。

 彼らは現在12歳である。

 彼らが住むドレッドネイト王国では15歳になると、職業別に様々な場所に割り振られて職業訓練を受けることになるのだ。
 エルフィスは神官プリーストなので、王都へ行かず、村に残って教会で働くことになるかも知れない。司祭ドルイド司教ビショップと言った職業であれば別の可能性もあっただろうが。

 しかしアルテナは別だ。聖騎士ホーリーナイトと言うエリート職業になってしまったからには、軍の所属になるであろうことは間違いない。
 コンコルド辺境伯付きの騎士団に入ることになる可能性もあるが、王族直属の騎士団に入ることになるかも知れないのだ。

 アルテナは騎士ナイトではなく聖騎士ホーリーナイトだ。
 後者の可能性の方が高いとアスターゼは考えていた。

「2人共、15歳になるまで後3年しかない」

「ああ、そうだな。でもそう言ったところでどうなる訳でもないだろ? 俺たちは自分たちの意志に関係なくお偉いさん方の意向に沿って配属先が決められるだけさ」

「あたしは、アスと一緒にいたい……。王都になんて行きたくないよ……」

「え? 王都行きの打診がもう来たのか!?」

「まだ来てないけど、お父さんがきっとそうなるだろうって言ってたの」

 まだ決まった訳ではないことに安堵しつつもアスターゼはどうしたものかと頭を悩ませる。
 転職の能力が何かの打開策を生む可能性について考える必要があるだろう。

「アス、俺は昔お前が言った言葉を忘れてないぜ? その内、職業を変えてやるってな」

「確かに言ったな。だから今日はそのことについて話をしようと思う」

「『てんしょくし』ってヤツのことか」

「ああ、俺の職業は転職士、一度決まった職業を他の職業に変更できるんだ」

「でも『てんしょく』ってどう言う意味なのか分からなかったけど、アスはどうして知ってたの?」

「神から啓示を受けたからだ」

 本当は異世界人だからなのだが、そこは話すことでもないだろう。
 アスターゼは適当に誤魔化しておいた。

「これは2人だから話すことだけど、俺は世界を見て回ろうかと思っている」

 アスターゼはそこで一旦言葉を切ると、改めて二人を見据える。
 2人も馬鹿ではない。ずっと一緒に過ごす中で、アスターゼが他人と違う職業を持つことの意味はよく理解していた。

 2人共、アスターゼの言葉を待っているようだ。

「それで2人はこれからどうしたいのかを聞きたい」

「俺は神官プリーストなんてまっぴらだ。アスが旅に出ると言うならそれについて行きたい」

「あたしは……」

 即答するエルフィスに対してアルテナは言葉が出てこない。
 何か葛藤があるのだろう。
 彼女は聖騎士ホーリーナイトと言うこともあり、両親からの期待も大きい。
 そんな親を裏切ることになる選択は中々できるものではない。

「でもエル、親御さんは説得できそうなのか?」

「何とか説得するさ」

「俺は父さんに何とかならないか相談してみようと思う」

 このままじっとしていても事態は不本意な状況へ推移していくと考えたアスターゼは、村の実力者で辺境伯の片腕である父親に自らの命運を託してみようと決めたのであった。
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