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第1章 辺境編

第10話 将来のこと

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 その日の夕食時にアスターゼは両親に相談することにした。
 準備が整い、辺境にしては豪華な食事がテーブルに並んでいく。
 それだけ辺境伯の騎士団で隊長をしているヴィックスの給金が良いと言うことだ。

 母のニーナが8歳の妹ライラを連れて席に座らせている時、ヴィックスがやってきて席に着いた。
 ライラは就職の儀リクルゥトゥスを受けた結果、騎士ナイト職業ジョブを神から授かっていた。

 ライラ自身はまだあまりピンときていないようで、不満を漏らすことはなかった。これから成長していく中で、騎士と言う職業が本人の希望に沿うようなものになればいいなとアスターゼは感じていた。だが、もし不満なようなら平穏無事に暮らせるような職業に転職してやろうとも考えている。

 やがて夕食が始まると、アスターゼが早速切り出した。

「あの……将来のことで話があるんですが……」

 少し遠慮気味に話し始めたアスターゼに家族全員が何事かと言った視線を送ってくる。ヴィックスもニーナもアスターゼの言いたいことがすぐに理解できたようだ。

「そうだな。お前は恐らく前例のない職業、転職士だ。どうするか決めておいた方が良いだろうな」

就職の儀リクルゥトゥスでは一応国に報告と言う形になったのよね? あれから音沙汰もないし……」

 ニーナの言う通り、就職の儀リクルゥトゥスの際に行われた話し合いではアスターゼの件をドレッドネイト王国の職業管理省へ報告すると言うことになった。

 しかし、国から何らかの通達が来たと言う話は聞かない。

「それで、アスはどうしたいんだ?」

「僕は世界を見て回りたいと思っています。それで職業の問題で困っている人たちを助けてあげたいです」

「そうか……。俺としてはお前の好きにさせてやりたいが、相手は国だからな」

「沈黙を貫いているところが何だか不気味よね……」

 アスターゼたちが暮らすドレッドネイト王国は、戸籍を作り全国民の職業ジョブを徹底管理している。神から授かった職業は天職てんしょくであると言う考えの下、15歳になるとその職業に合った仕事が与えられることになる。職業の制度的に言えば、かなり厳しい部類の国家だ。

「3年後に突然何か通達があるかも知れん。それまでにもっと強くなっておきなさい」

「はい……」

 そう言いながらもヴィックスは呟きながらまだ何か考え事をしている。

「そうだな……レイノル様に頼んでみるか……?」

 レイノルと言うのはこの地方の領主であるレイノル・ド・コンコルド辺境伯のことだ。

「アス、俺を転職してくれないか?」

「えッ! 父さんをですか!?」

 この世界の職業には更に上の上位職が存在するものがある。
 騎士ナイトの上位職は天騎士パラディンであり、更に上は聖騎士ホーリーナイトである。
 キャリアポイントを稼ぎ、能力を習得して職業熟練者ジョブマスターになることで自動的に上位職へと至るのだ。

 これは転職ではなく、職業変更クラスチェンジと言うらしい。
 ヴィックスはそれを待たずに転職するように求めてきたのだ。

「俺もいつまでもただの騎士ナイトをやっている訳にもいかん。ここは辺境で隣国のテメレーア王国との間に軍事衝突が度々起こるし、北のノーアの大森林から多くの魔物がやってくる。そのお陰でキャリアポイントも貯まってどうにか天騎士パラディンには職業変更クラスチェンジできそうだが、聖騎士ホーリーナイトにはなれないだろう。そこでアスの出番だ」

 アスターゼはヴィックスの言わんとしていることが分からなかった。
 ニーナはライラと話しながら、こちらの話に聞き耳を立てている。

「王都の王族や貴族が動く前に先手を打つ。レイノル様に便宜を図ってもらってアスの職業を改竄かいざんしてもらうか、何らかの手を打ってもらう」

「なるほど……。それなら僕も自由の身になれるかも知れませんね」

「レイノル様は中央での発言力も大きい。だがそのためには、アスにひと肌脱いでもらう必要があるだろう」

「転職のことを知れば、恐らく領主様は僕にその能力を使うように言ってくるでしょうね」

 アスターゼは漠然とした不安を抱く。
 転職士の能力を隠すには権力者の協力が必要不可欠だろう。
 死を偽装してもバレそうだし、何の対策も行わずに国を出ても家族や村に迷惑が掛かる可能性が高い。

「私は不安だわ……。逆にアスが政争の道具として権力争いに巻き込まれやしないかって……」

 ニーナもアスターゼと同様、不安が大きいようだ。
 彼女の言うこともアスターゼの危惧していることの一つであった。
 例え国から自由を勝ち取っても、今度は辺境伯に囲い込まれる可能性があるのだ。アスターゼはどう転んでも良い結果にはならないような気がしてならなかった。

「アスが囲い込まれて不自由な生活を強いられるかどうかの分水嶺ぶんすいれいだ。ここは賭けるしかない」

「……分かりました。そのように手配してください」

 アスターゼは、子供ながら今までこの世界で生き抜くために色々なことを調べてきた。就職の儀リクルゥトゥスで転職士になってからは特にそうだ。
 しかし、所詮、辺境に住む村人であり、しかも子供程度では知り得る世界などたかが知れている。世界のことはおろか、住んでいるこの国のことですら満足に把握できていないのだ。

 アスターゼは不安に心を乱されながらもヴィックスの策に乗ることを決めた。

 そんな神妙な顔付きをしている彼をニーナだけが優しく、そして不安げな表情で見守っていた。
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