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第1章 辺境編

第18話 変わる世界

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 スタリカ村には、コンコルド辺境伯軍二○○○と雇われた傭兵五○○が集まっていた。彼らが到着したのは戦いが終わってからかなり後であったので実際に戦闘を行うことはなかったが、しばらく駐屯すると言う話になっていた。
 それはホルス要塞からの知らせがあったこともあり、領都への帰還はテメレーア軍の動きを把握してからでも遅くはないとの判断からであった。

 砦跡での戦いは村人たちに大きな犠牲をもたらした。
 七○名近い者が命を落したことで村は多くの働き手を失うこととなった。

 村にいた守備隊五○の被害はそれ程多くなく死者は三名であった。
 ノーアの大森林の近くに建てられた詰所に駐屯していた兵一○○は森林内での戦闘で犠牲者を多く出していたためスタリカ村での戦いには加わっていない。

 村では助からなかった者たちの合同葬儀が行われていた。
 村の外れにある共同墓地には犠牲者が埋葬されていき、その親族や共に戦った兵士たちによる祈りが捧げられていた。
 領都コンコールズから、スタリカ村へ自ら出陣していたコンコルド辺境伯も亡くなった者たちに哀悼あいとうの意を示していた。

「俺があのタイミングで村を離れなければ……」

 ヴィックスは自身を責めているようであった。
 確かに彼が1人いるだけで、犠牲者の数は圧倒的に少なくなっていたことだろう。悲しみに暮れる彼の隣にはニーナが寄り添っていた。

 アスターゼは今回の魔物の襲来は一体何だったのか考えていた。
 単に人間を憎む亜人による襲撃であるのか、隣国テメレーア王国との共同作戦だったのか、第三者によるはかりごとなのか。
 いくら考えたところで、何の情報も持たないだたの12歳児に分かろうはずもない。

 今、アスターゼは村が見渡せる丘の上で寝転んで空を眺めていた。
 既に転職させた村人たちは元の職業ジョブへ戻し終えている。
 ドンレルの件の時に、独り立ちできるまでは使うまいと思っていた転職の能力も結局使ってしまった。今回の場合、使わなければ被害は更に増大していたと思われるが、結果的に誓いを破った形だ。

「思うようにはならないものだ」

 ニーナに寄れば、国によって少々の違いはあれど、就職の儀リクルゥトゥスのような儀式は必ず行われていると言う。それ程この世界では職業が重要であり、人々の人生と切っても切れない関係にあるようだ。アスターゼは今後の展望について考えを巡らせる。

 村のこと。
 職業のこと。
 自分の将来のこと。

 そこへ、聞き覚えのある声が遠くの方から聞こえてくる。

「エルか……」

 アスターゼは声に気付きながらも何故か返事をするのが億劫に感じられた。
 目を閉じて向こうから話し掛けてくるのを待とうと考える。

「アス、ここにいたのかよ。いるなら返事くらいしてくれ」

「ああ、悪かった。ちょっと考え事をしてたんだ」

 そう言って身を起こすとエルフィスの隣には、これまた同い年のコロッサスが立っていた。
 アスターゼは特にコロッサスに挨拶することもなくエルフィスに話しかけた。

「それで何かあったのか?」

「いや、いつもの稽古場所には領主様の兵士たちがいやがるし、アルテナもお前もいねぇ……。どうしたもんかと思ってな」

 アスターゼはそれを聞いて納得する。
 今や村のあちこちを兵士たちが闊歩かっぽしている。
 特に横暴な態度を取られる訳ではないが、気持ちの良いものではない。

「俺も暇だし疲れてたからこうしてボーッと寝転んでたんだよ」

「まぁ、大変だったからな」

 そう言ってアスターゼの隣に腰を下ろすエルフィス。
 更に隣にはコロッサスが座った。
 エルフィスは何も言ってこない。
 アスターゼは、普段は一緒にいることのないコロッサスがいると言うことは彼から何か話があるのだろうと当たりをつける。

「それでここに来たのはコロッサスが俺に用があるってところか?」

「うう……分かった? コロがアスと話したいって言うもんだからよ……」

「ふーん」

 アスターゼは興味のない口ぶりでまた地面に寝転がる。
 するとようやくコロッサスが口を開いた。

「アスターゼ、活躍は聞いてるぞ。何でも亜人の大将を追いつめるところまでいったんだって?」

「ああ、逃げられたけどな」

「しかし、てんしょくか……凄い能力を授かったもんだな」

「ああ、どうしてだろうな」

 遠回りに職業の話をしつつ、本題に移りたいのだろう。
 アスターゼは、さてどんな要求がくることやらと心の中でため息をついた。

「で? 要求はなんだ?」

「おいおい。要求とか言うなよ。友達じゃないか」

「はッ!」

 言うに事欠いてと友人だと。
 よく子供は天使であり、純粋無垢で真っ直ぐな存在だと言われることが多い。
 しかしそれは嘘だ。
 子供は平気で嘘をつく。そして悪意の塊なのだ。

「俺は聖騎士ホーリーナイトになりたいんだよ。頼む! 俺をてんしょくさせてくれないか!」

「職業っつーのは本人の資質に合ったものに就くのがベストなんだ。どんな職業にも転職させることは可能だが、合っていない職業になっても実力を出し切れないぜ?」

 アスターゼはこの世界の人々を固定された職業から解放してあげたいと思ってはいたが、大人げなくもコロッサスに対して嫌悪感が勝ってしまった感じだ。
 ちなみにコロッサスは農民の素質を持っているようで、彼の現在の職業である農民と一致していることになる。

 アスターゼは試しに多くの者の素質を探ってきたが、素質にあった職業に就いている者は案外多くないようだ。
 それでは何故、神はそうした職業を人に授けるのか。
 アスターゼの最初の志にはかげりが出始めていた。
 そして、この世界の職業や就職の儀リクルゥトゥスなどのことをもっと理解せねばならないと痛感していた。

「何だよ。お前はエルを騎士ナイトに変えたじゃねーか。俺には出来ないって言うのか? そんなの差別じゃねーのかよッ!」

「逆ギレしてんじゃねーよ。エルは俺とずっと仲良くしていたし、神官プリーストながら騎士ナイトの素質も持ち合わせていた。ポッと出の手の平返し野郎が差別を語んじゃねー。弁えろ!」

「チッ! テメー覚えてろよッ!」

 ありがちな捨てゼリフを残してコロッサスは走り去って行った。
 隣ではエルフィスが複雑そうな顔をしている。

「アス、すまなかったな……」

「別にエルが悪い訳じゃない。もう村には広まってしまったんだし仕様がないさ」

 そう言いながらもアスターゼは、
 今後もこうやってすり寄ってくる輩の数は増えていくだろう。
 アスターゼはまだまだ子供であり、世間と渡り合えるだけの力がない。
 
「力だ……。誰にも負けない力が必要だ」

 これを契機にアスターゼはどうやって力を得て成り上がるかを追求していくこととなる。
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