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第1章 辺境編

第19話 謁見

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 アスターゼはヴィックスに連れられて、村の中央広場に仮に建てられた辺境伯軍本営に向かっていた。村の外には軍が野営地を建設して駐留しており、村内には兵士の姿が多く見られるようになった。

 既に辺りに魔物がいると言う訳でもないのにまだまだ物々しい雰囲気だ。
 そうは言ってもコンコルド辺境伯を身辺を警護するための措置であるから、村長如きが何か言えるようなはずもない。

 村のあちこちが緊張感のある張りつめた雰囲気に包まれていた。

「そう緊張することはない。閣下は話せるお方だ。普段通りにしていなさい」

「はい……」

 ヴィックスはそう言うが、辺境伯と言う雲の上の存在と会うのである。
 緊張するなと言う方がおかしい。

 ヴィックスとすれ違う度に兵士たちが敬礼をしてくる。
 辺境伯の懐刀ふところがたなと言うのは嘘ではないようだ。

 やがて村の広場に結構な大きさを持つ建物が見えてきた。
 入口には兵士が4名、屹立きつりつしている。
 そして、ここでも慇懃な態度で敬礼がなされた。

「ご苦労」

 ヴィックスは兵士たちに一声かけると、扉をノックして大きな声で告げた。

「3番隊隊長、ヴィックス・サーベラス参りました!」

「入れッ!」

 中からすぐに応答が返され、アスターゼはヴィックスの後ろに着いて入室する。
 ヴィックスが敬礼する中、アスターゼは建物内を顔を動かすことなく観察した。

 部屋の中央には絨毯や毛織物のようなものが幾重にも掛けられた豪華なソファーがあり、そこに立派ななりをした人物が座っていた。
 かなりの巨漢である。鎧をまとっていないにも関わらず体が大きく見える。
 燃えるような赤髪をウルフカットの如く綺麗にセットしており、また蓄えた顎鬚あごひげも様になっている。

 アスターゼには彼が豪快な野心家に見えた。

 左右には男が1人ずつ立っており、大き目のテーブルの右手には黒い髭を生やし、黒い軍配を持った人物が座っている。
 いずれもコンコルド辺境伯の側近や重臣たちなのだろう。
 アスターゼは値踏みされるような視線が自分に突き刺さるのを感じていた。

 視線を左にやると、アルテナもまた父親のアレスに連れられて来ていたようだ。
 アルテナはアスターゼの方を見てどこかホッとしたような表情をしている。

 沈黙を破ったのはコンコルド辺境伯であった。

「お前たちが今回の戦いで活躍した2人か……名乗れッ!」

 急に振られたことにアルテナが戸惑っているようなので、仕方なくアスターゼが口を開いた。

「ヴィックスの子、アスターゼにございます。私はそれ程活躍した訳ではございません。亜人を撃退できたのはアルテナのお陰であり、また村人が力を合わせた結果であります」

 その答えに満足したのかしないのか、コンコルド辺境伯は不敵な笑みを浮かべると、今度はアルテナの方へ目を向けた。
 アルテナも覚悟を決めたのか、たどたどしくも自己紹介を始める。

「あたしはアルテナと申します。えっと……村の皆と協力して何とか亜人を倒せました」

「ふッ! 謙虚なのだな。どこかの誰かとは大違いだ」

 アスターゼはどこかの誰かが一体どこのどいつなのか気になったが、敢えて知らない振りをした。
 ヴィックスのことで確定だろうが。

「アルテナよ。お前は後3年で15になると聞いた。何か将来の夢や希望はあるのか?」

「は、はいッ! あたしはアスと……アスターゼと一緒にいたいですッ!」

 彼女の隣では父親のアレスが慌てて訂正させようと小声で何か言っている。
 彼としては聖騎士ホーリーナイトとしての栄達を望んでいるのだろう。

「ふッ! 随分のんびりとした聖騎士もいたものだ。で、そのアスターゼはどうしたいのだ?」

「私は誰にも縛られることなく、世界を見て回りたいです。その隣にアルテナを始めとした友人がいてくれれば言うことはありません」

 コンコルド辺境伯はクックックと笑い声を漏らしながら真剣な目をアスターゼに向けた。

「お前たちも難儀な職業ジョブに当たってしまったものだな。お前たちの職業は既に王国に把握されている。恐らく自由はあるまい」

 彼としては2人を手元に置きたいところなのだろうが、ヴィックスは領都で一体何を交渉してきたのか。
 辺境伯はともかく実の父親であるヴィックスの考えも読めない。
 ヴィックスが野心家なのは何となく理解しているのだが――

「『てんしょくし』だったか?」

「転職士です」

 アクセントがおかしかったのですかさずアスターゼが訂正を入れる。

「ん? ああ、転職士か……。恐らくは初めて発見された職業だ。我が国だけではない。他国もお前を放っておかないだろうよ」

 アスターゼとしてはそれは十分に理解していることだ。
 彼が何とか辺境伯の考えを読もうとしていると、ヴィックスが口を挟んだ。

「閣下」

「分かっておる。アスターゼについては何としても裏から手を回す。将来有望な我が陣営の人材を転職させるのが条件だがな」

「それでは……」

 ヴィックスが嬉しそうな声を上げるが、コンコルド辺境伯はそれを遮った。

「ただし、自由にさせるのはしばらくの間だけだ。将来は俺の部下になってもらう」

「ッ!?」

 ヴィックスの表情からは困惑の色が見てとれる。
 恐らく事前の交渉と話が違うのだろう。

「今回の亜人の襲撃とテメレーア王国の進軍によって中央に良い報告ができそうだ」

 コンコルド辺境伯は不敵な笑みを崩さない。

「アスターゼだけでなく、アルテナにも我が陣営に加わってもらう」

 今度はアルテナの父であるアレスが慌てる番であった。

「そんなッ!? 娘は聖騎士として王国の精鋭、ガレーリア騎士団への入団が決まっているのです!」

 アスターゼはもちろん、アルテナにとっても初耳であったようで、驚きを隠せない2人。しかし、そこへ黒い軍配を持った男が話に割り込んできた。

「そこはどうとでもなりましょう。今回の件で命を落としたことにするのも可能です」

「しかしッ!」

「案ずるな。お前が心配しているのは待遇であろう? 王国騎士団よりも高待遇を約束しよう。その親であるお前についても同様だ」

 それを聞いたアレスの笑みがどこか下卑たものへと変わる。

「とにかく、正式に我が陣営に加わるまで後3年。しばしの自由を満喫するがよかろう。アスターゼについては追って沙汰さたを下す」

「ははぁッ!」

 アレスは目の前の餌にまんまと飛びついてしまったようだ。
 ヴィックスは少し不満気な顔をしているが、上司の性格を良く理解しているのか喰い下がることはない。

 そして、下がるように言われた四人が部屋からで出ようとした時、コンコルド辺境伯は思い出したかのように言った。

「ああ、そうだ。自由と言っても、今の内に剣術の稽古は続けておけ。何が起こるか分からんからな……」

 そう言うとコンコルド辺境伯は豪快に笑った。
 その声は部屋を辞してなお、4人の耳にこびりついて離れることはなかった。
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