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第1章 辺境編
第26話 刺客
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アスターゼが13歳になり、転職させる仕事も大分減ってきたものの、その需要は尽きないようで日々何らかの能力の行使が求められた。
今の仕事がひと段落したら、暇をもらいたいなと、アスターゼは考えていた。
そんなところへ、新年の挨拶にコンコルド辺境伯の配下の武将たちが集まってきた。スタリカ村からはヴィックスがやってきたのだが、アスターゼは同行してきた者の顔を見て驚くこととなった。
アルテナとエルフィスが一緒だったのだ。
久しぶりの再会を喜び合う3人。
幼馴染の中でも最も親しい仲である。
アスターゼの喜びはひとしおであった。
本当ならば、コンコールズの街を3人で見て回りたいところだが、アスターゼには生憎、行動制限が掛けられている。
よって、辺境伯が新年の挨拶に訪れる人々を応対している最中、3人はアスターゼの部屋で歓談していた。
「ホント久しぶりだな。でも元気そうで何よりだぜ」
「そうだな。でもまさか二人と会えるとは思ってもみなかったよ」
「あれ? 聞いてない? 今年からあたしたちも領都で暮らすことになったんだよ!」
「え? そうなん? てっきり15歳からだと思い込んでたわ」
「俺はこの街の神殿で神官として働くことになったんだ」
「そうなのか……。アルテナは?」
「あたしは騎士団に入れって言われた」
「騎士団か……。最近、テメレーア王国との小競り合いが多いから心配だな」
「こいつ、アスが領都へ行ってから必死で剣や槍の稽古に励んでたんだぜ。もう立派な聖騎士だよ」
「あたしは今でも嫌だよ……。だって人を殺さなきゃいけないんだよ?」
「そうだな。平常心で人を殺せる奴なんていないよな」
アスターゼは前世の自分を振り返る。
今考えると心神喪失状態だったとは言え、よくも人を殺せたものだと戦慄してしまう。事件当時のことは頭に雲がかかったかのように思い出せないが、聞いた話ではかなり凄惨な現場だったらしい。
「せっかくこんな世界に来たんだから、のんびり世界を見て回りたいもんだなぁ……」
「何だよアス、こんな世界って」
「あ、いやな……何にも縛られずに全てから解放されたいと思ってな」
「そうだね。皆で楽しく世界を旅するのもいいね」
「まぁそうだな……」
広い部屋を沈黙が支配する。
少し湿っぽくなってしまったようだ。
心なしかアルテナとエルフィスの顔も沈んでいるように見えた。
アスターゼが気を取り直して何か良い話題はないかと考え始めた時、それは起こった。
聞き覚えのない声が、誰もいないはずの場所から聞こえてきたのだ。
「よろしい。ならば解放して差し上げましょう」
「ッ!?」
ベッドに腰かけていたアルテナが慌てて剣を抜き放つ。
アスターゼも寝転んでいた体を跳ね上げると剣を抜いて構えた。
「何者だッ!?」
アスターゼの誰何の声が部屋に響く。
「何って刺客ですよ。こんな怪しい格好をしたメイドがいますか?」
見るとバルコニーへつながる扉が開いている。
目の前にいるのは3人の黒ずくめ。
声色からして話しているのは女のようだが、性別は分からない。
アスターゼは幼い頃からヴィックスに『夢幻流剣術』を叩き込まれてきたし、アルテナも職業に素質があった上、稽古も積んできたため今では無類の強さを発揮するまでになった。
だから彼らには負けるつもりはさらさらなかった。
それに剣撃の音を聞きつけて、すぐに衛兵が駆け付けるだろう。
アスターゼに彼らを逃がす気など毛頭なかったが。
3人の敵は何の前触れもなしに攻撃を仕掛けてきた。
向こうの職業は分からないが、気配を全く感じなかったことから暗殺者か何かだろう。もっとも暗殺者なら話しかけずに、不意を突いて攻撃しろよとアスターゼは心の中でツッコミを入れる。
アルテナは2人を同時に相手取っている。
彼女の一撃の重さに驚きを隠せないようで敵からは動揺の色が感じ取れた。
アスターゼは敵のリーダーと思しき相手と戦っていた。
今のアスターゼは魔剣士であり、職能は〈黒魔術〉にしている。
【雷剣】
剣に雷の魔術の力を付与してアスターゼは戦う。
これで耐性がない限り、生け捕りにすることも可能だろう。
それに今まで限られた職業しか相手にしてこなかったであろう敵に未知の能力は脅威のはずだ。
二合、三合と打ち合う内にあっと言う間に敵は部屋の片隅に追いやられてしまう。
エルフィスも神聖術を使うチャンスを狙っているようだ。
その時、部屋の扉が乱暴に開かれる。
アスターゼは味方が騒ぎを聞きつけたのかと思ったが、現れたのは新手の黒ずくめであった。部屋の前にいたはずの兵士は殺られてしまったようだ。
「何をもたついているッ! 相手はガキだぞッ!」
「そうは言うがねッ! アンタが戦ってみなよッ!」
新手の敵が批難の声を上げるが、アスターゼと交戦中の敵の女は余裕のない言葉で反論する。1人無防備になっているエルフィスの援護に行かねばならない。
アスターゼは、一気にギアを上げて大きく踏み込み敵の懐に入ると、左下から右上へ払い斬った。と同時に付与されていた雷の力が荒れ狂う。
「ぎゃあああああああ!」
その敵は悲鳴を上げて倒れ伏すと、ピクピクと痙攣して動かなくなった。
アルテナは1人目の頭を叩き割って、2人目の左腕を斬り飛ばしている。
聖剣技を使うまでもないようだ。
アスターゼは、すぐにエルフィスに迫っていた黒ずくめ2名に斬り掛かった。
予想よりも遥かに速い斬撃に敵の足が止まる。
ここに至ってガキ共の実力を知ったようだが、もう遅い。
「踏み込みがはッ!」
流れるような剣の舞が一人の首をはね飛ばした。
その言葉を言い終えることもなく。
更にアスターゼの攻撃は続く。
剣の流れをしなやかな動きで制御すると、一瞬でもう一人との間合いを詰めて脇腹を薙ぎ斬った。
床に倒れ伏す黒ずくめを見下ろしながらアスターゼは一人呟いていた。
「狙いは俺か? 転職士の存在が邪魔だと考えるとすれば相手は国そのもの……?」
やがて駆けつけた兵士たちに事の顛末を報告すると、アスターゼたちは新しい部屋に移動させられた。
後からコンコルド辺境伯から状況を聞かれることだろう。
アスターゼは、これから面倒臭いことになりそうだとそっと1人ため息をついた。
今の仕事がひと段落したら、暇をもらいたいなと、アスターゼは考えていた。
そんなところへ、新年の挨拶にコンコルド辺境伯の配下の武将たちが集まってきた。スタリカ村からはヴィックスがやってきたのだが、アスターゼは同行してきた者の顔を見て驚くこととなった。
アルテナとエルフィスが一緒だったのだ。
久しぶりの再会を喜び合う3人。
幼馴染の中でも最も親しい仲である。
アスターゼの喜びはひとしおであった。
本当ならば、コンコールズの街を3人で見て回りたいところだが、アスターゼには生憎、行動制限が掛けられている。
よって、辺境伯が新年の挨拶に訪れる人々を応対している最中、3人はアスターゼの部屋で歓談していた。
「ホント久しぶりだな。でも元気そうで何よりだぜ」
「そうだな。でもまさか二人と会えるとは思ってもみなかったよ」
「あれ? 聞いてない? 今年からあたしたちも領都で暮らすことになったんだよ!」
「え? そうなん? てっきり15歳からだと思い込んでたわ」
「俺はこの街の神殿で神官として働くことになったんだ」
「そうなのか……。アルテナは?」
「あたしは騎士団に入れって言われた」
「騎士団か……。最近、テメレーア王国との小競り合いが多いから心配だな」
「こいつ、アスが領都へ行ってから必死で剣や槍の稽古に励んでたんだぜ。もう立派な聖騎士だよ」
「あたしは今でも嫌だよ……。だって人を殺さなきゃいけないんだよ?」
「そうだな。平常心で人を殺せる奴なんていないよな」
アスターゼは前世の自分を振り返る。
今考えると心神喪失状態だったとは言え、よくも人を殺せたものだと戦慄してしまう。事件当時のことは頭に雲がかかったかのように思い出せないが、聞いた話ではかなり凄惨な現場だったらしい。
「せっかくこんな世界に来たんだから、のんびり世界を見て回りたいもんだなぁ……」
「何だよアス、こんな世界って」
「あ、いやな……何にも縛られずに全てから解放されたいと思ってな」
「そうだね。皆で楽しく世界を旅するのもいいね」
「まぁそうだな……」
広い部屋を沈黙が支配する。
少し湿っぽくなってしまったようだ。
心なしかアルテナとエルフィスの顔も沈んでいるように見えた。
アスターゼが気を取り直して何か良い話題はないかと考え始めた時、それは起こった。
聞き覚えのない声が、誰もいないはずの場所から聞こえてきたのだ。
「よろしい。ならば解放して差し上げましょう」
「ッ!?」
ベッドに腰かけていたアルテナが慌てて剣を抜き放つ。
アスターゼも寝転んでいた体を跳ね上げると剣を抜いて構えた。
「何者だッ!?」
アスターゼの誰何の声が部屋に響く。
「何って刺客ですよ。こんな怪しい格好をしたメイドがいますか?」
見るとバルコニーへつながる扉が開いている。
目の前にいるのは3人の黒ずくめ。
声色からして話しているのは女のようだが、性別は分からない。
アスターゼは幼い頃からヴィックスに『夢幻流剣術』を叩き込まれてきたし、アルテナも職業に素質があった上、稽古も積んできたため今では無類の強さを発揮するまでになった。
だから彼らには負けるつもりはさらさらなかった。
それに剣撃の音を聞きつけて、すぐに衛兵が駆け付けるだろう。
アスターゼに彼らを逃がす気など毛頭なかったが。
3人の敵は何の前触れもなしに攻撃を仕掛けてきた。
向こうの職業は分からないが、気配を全く感じなかったことから暗殺者か何かだろう。もっとも暗殺者なら話しかけずに、不意を突いて攻撃しろよとアスターゼは心の中でツッコミを入れる。
アルテナは2人を同時に相手取っている。
彼女の一撃の重さに驚きを隠せないようで敵からは動揺の色が感じ取れた。
アスターゼは敵のリーダーと思しき相手と戦っていた。
今のアスターゼは魔剣士であり、職能は〈黒魔術〉にしている。
【雷剣】
剣に雷の魔術の力を付与してアスターゼは戦う。
これで耐性がない限り、生け捕りにすることも可能だろう。
それに今まで限られた職業しか相手にしてこなかったであろう敵に未知の能力は脅威のはずだ。
二合、三合と打ち合う内にあっと言う間に敵は部屋の片隅に追いやられてしまう。
エルフィスも神聖術を使うチャンスを狙っているようだ。
その時、部屋の扉が乱暴に開かれる。
アスターゼは味方が騒ぎを聞きつけたのかと思ったが、現れたのは新手の黒ずくめであった。部屋の前にいたはずの兵士は殺られてしまったようだ。
「何をもたついているッ! 相手はガキだぞッ!」
「そうは言うがねッ! アンタが戦ってみなよッ!」
新手の敵が批難の声を上げるが、アスターゼと交戦中の敵の女は余裕のない言葉で反論する。1人無防備になっているエルフィスの援護に行かねばならない。
アスターゼは、一気にギアを上げて大きく踏み込み敵の懐に入ると、左下から右上へ払い斬った。と同時に付与されていた雷の力が荒れ狂う。
「ぎゃあああああああ!」
その敵は悲鳴を上げて倒れ伏すと、ピクピクと痙攣して動かなくなった。
アルテナは1人目の頭を叩き割って、2人目の左腕を斬り飛ばしている。
聖剣技を使うまでもないようだ。
アスターゼは、すぐにエルフィスに迫っていた黒ずくめ2名に斬り掛かった。
予想よりも遥かに速い斬撃に敵の足が止まる。
ここに至ってガキ共の実力を知ったようだが、もう遅い。
「踏み込みがはッ!」
流れるような剣の舞が一人の首をはね飛ばした。
その言葉を言い終えることもなく。
更にアスターゼの攻撃は続く。
剣の流れをしなやかな動きで制御すると、一瞬でもう一人との間合いを詰めて脇腹を薙ぎ斬った。
床に倒れ伏す黒ずくめを見下ろしながらアスターゼは一人呟いていた。
「狙いは俺か? 転職士の存在が邪魔だと考えるとすれば相手は国そのもの……?」
やがて駆けつけた兵士たちに事の顛末を報告すると、アスターゼたちは新しい部屋に移動させられた。
後からコンコルド辺境伯から状況を聞かれることだろう。
アスターゼは、これから面倒臭いことになりそうだとそっと1人ため息をついた。
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