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第1章 辺境編
第27話 成人
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アスターゼが刺客に襲われて、早くも2年が経とうとしていた。
彼も15歳になり、もう大人と見なされる年頃へと成長した。
肩書きは職業管理官から親衛隊隊員となり、現在は主に辺境伯の側で剣を振るっている。
同じくアルテナとエルフィスも成長逞しく、アルテナは騎士団に入り度々国境を侵すテメレーア王国との戦いに加わっていた。
エルフィスは領都の神殿で神官として下働きをしている。
聖職者としては下位の職業なので苦労しているようだ。
この2年で色々なことがあった。
アスターゼはもう何度も刺客に襲われていたし、各地で戦争が起こってそれに参加せざるを得なくなってしまった。
ノーアの大森林で魔物相手に訓練に励んでいたヴィックスの部隊と黒魔術士を率いていたバルザンドの部隊が、ノーアの護り神の怒りを買い、部隊を壊滅に追い込まれる事件もあった。
幸いヴィックスの騎士団3番隊が奮戦し被害はある程度抑えられたものの、せっかく転職させた黒魔術士の多くが戦死する事態となったのだ。
バルザンドは責任を問われたが、彼が辺境伯の祖父の代から仕えてきた功臣であり、稀代の大魔術士であったこともあり死罪だけは免れることとなった。
一旦は魔術師団団長の座から降りたバルザンドであったが、魔術士の効率的な運用を実現できる次世代の若者が出てこなかったため、再びその地位に返り咲くこととなる。
テメレーア王国軍がゲルグム山地とノーアの大森林を大きく迂回してホロホム平原に現れた時は、八○○○対一三○○○の数的に不利な一大決戦となったが、アスターゼが時間をかけて転職させた黒魔術士たちの活躍で結果は痛み分けに終わることとなった。
しかし、その間隙を突いてホルス要塞から出撃した辺境伯軍が北の街ウェスダンを占領することとなり、最終的に利を得たのはコンコルド辺境伯の方となった。
ウェスダンの街はミスリル鉱山のある鉱山都市であったため、その利益は計り知れない。現在は、占領を続けるために防御機構の構築が行われている。
一方、北大陸ノルマンヌのヘッジニスク帝國との戦争は泥沼の様相を呈していた。緒戦の勝利で余勢をかって北大陸へと上陸したのは良いが、広大な荒地と森林の広がる帝國領でゲリラ戦に持ち込まれ、進退窮まった状態にまで追い込まれていると言う。そもそも帝國領を切り取って得る物があるのかと、講和を進めようとする勢力と退くに退けない強硬派が対立しているらしい。
現在、コンコルド辺境伯と軍師のコウ・カツリョウ、カルノッサ騎士団団長のホライズン・ゴーサイト、ドレイン魔術師団団長のノルン・バルザンド、そして何故かアスターゼとアルテナが辺境伯が密談をする際に使う部屋に集まっていた。
部屋は暗く、いかにも今密談しています!と言った雰囲気を醸し出している。
「やはり、ジャバナン教か?」
「まず間違いないかと存じます」
辺境伯の言葉に同意したのは軍師のカツリョウであった。
ジャバナン教は、人間は神から与えられた職業に就いて生きていくべきだと説く宗教だ。彼らからすれば、転職士と言う職業の存在を認める訳にはいかないらしい。アスターゼとしては、神から与えられた転職士として生きてゆくのは駄目なのかと問い質したいところだが、どうも都合の悪い面は見えないようだ。
「王国中央ではないのですね。しかし、ジャバナン教も影響力はありますからな」
「中央や俺に敵意を持っている奴らは、今、俺に構っている余裕などない。帝國戦で苦戦しているところにカッシーナ連合王国が不穏な動きを見せているからな」
カッシーナ連合王国はドレッドネイト王国の南西に位置する複数の都市国家が集まって形成された国家である。
自由を標榜し、職業に縛られない生き方を模索すべきだと主張しており、そのせいでドレッドネイト王国やジャバナン教と敵対している。
アスターゼは、自分の立場はカッシーナ連合王国に近いなと思いながらも、ここまで辺境伯に近い立場になってしまったからには、もう自由を求めることもできないだろうと考えていた。
別に悲嘆に暮れるとまではいかないが、残念ではある。
自分がこの世界に転職士として転生したことには何か意味があるはずだ。
そう確信している自分と、そう思いたいだけなのではないかと考える自分が心の中でせめぎ合っていた。
「カッシーナ連合王国に転職士の情報が洩れている可能性はないのですか?」
「カッシーナ連合王国と王国、ジャバナン教の関係を考えるとそっち経由で洩れるとは思えんな。それに我が領内で転職士について知っている者には呪術師による呪いをかけている」
「アスターゼ殿には、これまで通り親衛隊に所属してもらって閣下の傍から離れないようにしてもらうしかないですね」
「しかし、次は時空魔術の実験を行うのでしょう?」
「ああ、これが成れば我が軍に敵はないだろう」
バルザンドの問い掛けに答える辺境伯の言葉に力がこもる。
アスターゼは時空魔術士の転職者を増やすよう指示を受けていたが詳細は一切知らされていない。
時空魔術士は時や空間の理を操るとされる魔術士だ。
「アスターゼ殿の警備は今以上に厳しくする必要がありますな」
何か、また巻き込まれそうな言葉を聞いてアスターゼはこっそりとため息をついた。隣に座っていたアルテナだけには聞こえていたようで、彼女は体を近づけてアスターゼの耳元で囁いた。
「大丈夫。あたしが護るよ」
その蠱惑的で煽情的な声色にアスターゼは思わず彼女の方へ顔を向けた。
そこには、アスターゼの耳から口を離したアルテナがにこやかな笑みを浮かべていた。
アスターゼにはそれがいつも以上に魅力的に見えた。
「しかし……何で俺の命よりアスターゼの命が狙われるんだよ。俺の立場がないぜ」
辺境伯が何やらボヤいている。
その言葉に一同は苦笑いを隠せない。
少し空気が緩んだところで辺境伯はゴホンと咳払いをして気を取り直し、真剣な表情を作った。
「とにかく今は全力でテメレーア王国の領土を切り取る。力をつける時だ」
彼も15歳になり、もう大人と見なされる年頃へと成長した。
肩書きは職業管理官から親衛隊隊員となり、現在は主に辺境伯の側で剣を振るっている。
同じくアルテナとエルフィスも成長逞しく、アルテナは騎士団に入り度々国境を侵すテメレーア王国との戦いに加わっていた。
エルフィスは領都の神殿で神官として下働きをしている。
聖職者としては下位の職業なので苦労しているようだ。
この2年で色々なことがあった。
アスターゼはもう何度も刺客に襲われていたし、各地で戦争が起こってそれに参加せざるを得なくなってしまった。
ノーアの大森林で魔物相手に訓練に励んでいたヴィックスの部隊と黒魔術士を率いていたバルザンドの部隊が、ノーアの護り神の怒りを買い、部隊を壊滅に追い込まれる事件もあった。
幸いヴィックスの騎士団3番隊が奮戦し被害はある程度抑えられたものの、せっかく転職させた黒魔術士の多くが戦死する事態となったのだ。
バルザンドは責任を問われたが、彼が辺境伯の祖父の代から仕えてきた功臣であり、稀代の大魔術士であったこともあり死罪だけは免れることとなった。
一旦は魔術師団団長の座から降りたバルザンドであったが、魔術士の効率的な運用を実現できる次世代の若者が出てこなかったため、再びその地位に返り咲くこととなる。
テメレーア王国軍がゲルグム山地とノーアの大森林を大きく迂回してホロホム平原に現れた時は、八○○○対一三○○○の数的に不利な一大決戦となったが、アスターゼが時間をかけて転職させた黒魔術士たちの活躍で結果は痛み分けに終わることとなった。
しかし、その間隙を突いてホルス要塞から出撃した辺境伯軍が北の街ウェスダンを占領することとなり、最終的に利を得たのはコンコルド辺境伯の方となった。
ウェスダンの街はミスリル鉱山のある鉱山都市であったため、その利益は計り知れない。現在は、占領を続けるために防御機構の構築が行われている。
一方、北大陸ノルマンヌのヘッジニスク帝國との戦争は泥沼の様相を呈していた。緒戦の勝利で余勢をかって北大陸へと上陸したのは良いが、広大な荒地と森林の広がる帝國領でゲリラ戦に持ち込まれ、進退窮まった状態にまで追い込まれていると言う。そもそも帝國領を切り取って得る物があるのかと、講和を進めようとする勢力と退くに退けない強硬派が対立しているらしい。
現在、コンコルド辺境伯と軍師のコウ・カツリョウ、カルノッサ騎士団団長のホライズン・ゴーサイト、ドレイン魔術師団団長のノルン・バルザンド、そして何故かアスターゼとアルテナが辺境伯が密談をする際に使う部屋に集まっていた。
部屋は暗く、いかにも今密談しています!と言った雰囲気を醸し出している。
「やはり、ジャバナン教か?」
「まず間違いないかと存じます」
辺境伯の言葉に同意したのは軍師のカツリョウであった。
ジャバナン教は、人間は神から与えられた職業に就いて生きていくべきだと説く宗教だ。彼らからすれば、転職士と言う職業の存在を認める訳にはいかないらしい。アスターゼとしては、神から与えられた転職士として生きてゆくのは駄目なのかと問い質したいところだが、どうも都合の悪い面は見えないようだ。
「王国中央ではないのですね。しかし、ジャバナン教も影響力はありますからな」
「中央や俺に敵意を持っている奴らは、今、俺に構っている余裕などない。帝國戦で苦戦しているところにカッシーナ連合王国が不穏な動きを見せているからな」
カッシーナ連合王国はドレッドネイト王国の南西に位置する複数の都市国家が集まって形成された国家である。
自由を標榜し、職業に縛られない生き方を模索すべきだと主張しており、そのせいでドレッドネイト王国やジャバナン教と敵対している。
アスターゼは、自分の立場はカッシーナ連合王国に近いなと思いながらも、ここまで辺境伯に近い立場になってしまったからには、もう自由を求めることもできないだろうと考えていた。
別に悲嘆に暮れるとまではいかないが、残念ではある。
自分がこの世界に転職士として転生したことには何か意味があるはずだ。
そう確信している自分と、そう思いたいだけなのではないかと考える自分が心の中でせめぎ合っていた。
「カッシーナ連合王国に転職士の情報が洩れている可能性はないのですか?」
「カッシーナ連合王国と王国、ジャバナン教の関係を考えるとそっち経由で洩れるとは思えんな。それに我が領内で転職士について知っている者には呪術師による呪いをかけている」
「アスターゼ殿には、これまで通り親衛隊に所属してもらって閣下の傍から離れないようにしてもらうしかないですね」
「しかし、次は時空魔術の実験を行うのでしょう?」
「ああ、これが成れば我が軍に敵はないだろう」
バルザンドの問い掛けに答える辺境伯の言葉に力がこもる。
アスターゼは時空魔術士の転職者を増やすよう指示を受けていたが詳細は一切知らされていない。
時空魔術士は時や空間の理を操るとされる魔術士だ。
「アスターゼ殿の警備は今以上に厳しくする必要がありますな」
何か、また巻き込まれそうな言葉を聞いてアスターゼはこっそりとため息をついた。隣に座っていたアルテナだけには聞こえていたようで、彼女は体を近づけてアスターゼの耳元で囁いた。
「大丈夫。あたしが護るよ」
その蠱惑的で煽情的な声色にアスターゼは思わず彼女の方へ顔を向けた。
そこには、アスターゼの耳から口を離したアルテナがにこやかな笑みを浮かべていた。
アスターゼにはそれがいつも以上に魅力的に見えた。
「しかし……何で俺の命よりアスターゼの命が狙われるんだよ。俺の立場がないぜ」
辺境伯が何やらボヤいている。
その言葉に一同は苦笑いを隠せない。
少し空気が緩んだところで辺境伯はゴホンと咳払いをして気を取り直し、真剣な表情を作った。
「とにかく今は全力でテメレーア王国の領土を切り取る。力をつける時だ」
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