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第2章 花精霊族解放編

第33話 張子の狗

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「シャルルが……。差し出した生贄が戻ってきたぞぉぉぉぉ!!」

 太陽が丁度真上に居座っている頃、シャルルの帰還を告げる村人の大音声が村内に響き渡った。
 村の入り口付近にいた男性に声を掛けた瞬間これである。
 そしてこの声を聞いて長屋のような家々や散居村さんきょそんのように点在する家々から何人もの村人たちが姿を現した。

 シャルルが何やら村人たちに囲まれて揉みくちゃにされている中、アスターゼは冷静に村内を見回していた。

「へぇ……何か和風テイストな村だな」

 そんな感じを受けながらシャルルの様子をうかがうと、彼女の周囲には人だかりができていた。
 髪が黒い者とシャルルのように空色の者がいる。
 アスターゼがどうして違う民族が一緒に暮らしているのだろうと考えていると、かん高い女性の声が響いた。

「シャルルッ!」

 何事かとシャルルの方へ目を向けると、彼女は1人の女性に抱きしめられていた。シャルルと同じ髪の色に、柔和な雰囲気を感じるところからすると、母親なのだろう。顔立ちにもどこか似たものを感じる。

「無事で良かった……ごめんね……シャルル、ごめんね……」

「ううん……私は大丈夫だから……」

 2人が再会の喜びを噛みしめているであろう時に、集まっていた村人たちをかき分けて数人の男が近づいてくる。手には槍のような武器を持ち銅版をつなぎ合わせたような簡素な鎧をまとっている。そのなりから彼らが兵士であるらしいことが推測できる。

「通せ! 通すんだッ!」

 彼らは2人のところまで来ると、彼女たちを引き離した。

「シャルルッ! 生贄に選ばれたお前が何故生きて村へ戻ってきたのだッ!?」

「私は襲われているところを助けて頂いたんですッ!」

 男たちに詰め寄られているシャルルが助けを求めるかのような視線をアスターゼに投げかける。
 アスターゼは男の肩に手を置くと少し強引に自分の方へ振り向かせた。

「ちょっといいですか? 彼女がヒュドラに襲われていたので救出した者です」

「なんだとッ!? 子供!? お前があのヒュドラを倒したと言うのか?」

「信じられん……」

「いえ、倒してはいません。ちょっとぶった斬ってやっただけです」

 失礼な物言いには慣れている。
 流石に子供と言われてイラっときたが、彼らからすれば、アスターゼにの顔立ちにはまだまだ幼さが残っていると感じられたのかも知れない。
 一応、アスターゼの身長は170センチ近くはある。

 アスターゼはとにかく事情が知りたいと男たちに頭を下げてお願いした。
 男たちはアスターゼに胡散臭げな視線を送りながらも、自分たちで判断することではないと思ったのか、しばらく待つように言うとその場から姿を消した。
 恐らく村の長に指示でも仰ぎに行ったのか。

 アスターゼは、男たちが戻ってくるまで暇だったので村内をよくよく観察してみることにした。
 木造の家は簡素であばら家のように貧相な出来栄えだ。
 それが何軒も軒を連ねてお互いを支え合うかのように建っている。
 前世で見た戦後のバラック小屋のようにも見え、アスターゼが生まれた辺境のスタリカ村と比べてもかなり文明レベルが低いように感じる。

 一応、大通りのような道があるものの、整備がされておらず所々に凹凸があり雨でも降れば、道が荒れて馬車のたぐいはハマッて抜けなくなりそうな出来だ。
 畑らしき場所では何も育てられていないのか、雑草が伸びて荒れた土地になっている。

 少し遠くに目を向ければ、通りの突き当たりに社のような大きな建物が屹立している。先程は和風な感じを抱いたが、何かが違う。
 シャルルにはここはメドラナ帝國領だと聞いたが、帝國は国力の低い国家なのだろうか。

 アスターゼがそんなことを考えていると、社の方に去って行った男が戻ってきた。

副酋長ふくしゅうちょうがお会いになる。着いて来い!」

 何故か喧嘩腰な男の態度に特に反応することもなく、アスターゼは言われた通りに後を着いて歩き始めた。シャルルも事情を聞かれると言うことで抱き合っていた母親から体を離すと後に続く。

 大通りを歩いていると、その両側に建っている家々から村人たちが出てきて何事かと騒ぎ始めた。
 アスターゼの目に彼らの姿が目に入る。
 その衣服は貫頭衣かんとういのような感じで、アスターゼは思わずここは古代かよと心の中でツッコミを入れてしまった程だ。

 そして驚かされたのは、通りの端に掘られた溝のようなものであった。
 そこには汚物が平然と垂れ流され、周囲には悪臭が漂っているのである。
 下水が整備されていないのか、この村はインフラがまともに整っていないようだ。過剰な衛生観念を持ちがちな現代日本から来たアスターゼとしてはきついところだ。

「うーん。この村での飲食は危険そうだぞ」

 あまりの惨状にアスターゼがげんなりしていると、ようやく通りの突き当たりに建っていた社へとたどり着いた。
 土足厳禁と言う訳ではないようで、そのまま中へと進む一同。
 先頭を歩く男に着いて通路を歩くアスターゼであったが、その汚さに思わず顔をしかめてしまう。
 ブーツを脱がずに済んだのは幸いであった。
 いくつかの回廊を通り、戸が開け放たれた部屋の中をチラチラと観察しながら歩いていくと木製の机や椅子が置かれていたり、寝台のようなものが目に入って来る。

 建物内部はどこか中華風なイメージである。
 漫画の三国志で見たから間違いない。

 やがて通されたのは大きな広間となっている部屋であった。
 中央の奥には何かの金属で装飾された椅子が置かれており、偉そうに踏ん反り返った一人の男が座っている。
 流石に衣服は村人のそれとは異なり、それなりの物を身に着けている。
 所謂いわゆる、古代に着られていた朝服ちょうふくと言ったところか。
 そして左右にはその家来なのか、これまた偉そうな態度の男たちがズラリと顔を揃えていた。彼らも中央の男と同じような服装で頭には冠が乗っかってる。

「ふーん……憑依者シャーマンねぇ……」

 中央の副酋長と思しき男は憑依者であった。
 もちろん、鑑定の【看過かんか】の結果である。
 この村は神をその身に降ろしそのお告げによって治められている村なのだろう。
 アスターゼが相手の出方を窺っていると、副酋長が口を開いた。

「お前か? ヒュドラを倒したと言うのは」

「いえ、撃退しただけで倒した訳ではありません」

「お前のような子供にあのヒュドラが倒せるとは思えん」

 話を聞かん男だとアスターゼはため息をついた。
 面倒臭くなった彼は説明を全てシャルルに丸投げすることにした。

 聞いた話はこうだ。
 100年程前に、村の近くの沼地に1匹のヒュドラが住み着いた。
 そのヒュドラは村を訪れて半年に一度、魔力の高い女性を生贄として差し出すよう要求したと言う。
 彼ら曰く、勇敢だった村の男たちは果敢にもヒュドラに立ち向かったのだが、敢え無く返り討ちにあってしまい止む無く要求を呑むことになってしまったらしい。

 彼らが勇敢だったのかはともかく、今現在の装備がこれなら100年前はもうお察しレベルである。
 そして、シャルルは村がメドラナ帝國領だと言っていたが、それは正確ではなかったようだ。彼らからしてみれば、侵略してきた野蛮なメドラナ人を打ち破り、対等な同盟関係を築いていると言う。つまりこの村は1つの都市国家であると言う認識なのだろう。

 ちなみに何故この場に酋長しゅうちょうではなく副酋長しかいないのかと言うと、酋長は最近怪我を負い、床についているからということらしい。

 この後、副酋長を始めとした家臣団の喧々囂々けんけんごうごうとした会議、もといののしり合いの結果、シャルルの処遇は追って伝えられることとなった。
 憑依者シャーマンがトップだと言う位なのだから、この後、神降ろしの儀式でもするのだろう。

 アスターゼは一刻も早くこの村から出て行きたかったが、シャルルを見捨てるつもりなどなかったので彼女の家に厄介になることとなったのである。
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