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第2章 花精霊族解放編

第34話 違和感

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 シャルルの自宅は村のかなり外れの方にあった。
 お陰であの鼻がもげんばかりの悪臭と不衛生さから逃れることができてアスターゼはホッとしていた。

 この辺りは森に近づいた場所にあるからか、村の中心地と違って空気が良い。
 しかし建物はあちらと同じボロボロのあばら屋である。
 どこか妙なチグハグ感を覚えながらもそれを言い表すことができずにアスターゼは1人モヤモヤしていた。

 シャルルの家族はアスターゼを快く迎えてくれた。
 娘の命を救ったのが理由なのだろうが、それを考慮しても気持ち良い程に礼を尽くしてくれる。村の中央にいた村人たちの傲慢な態度とは大違いである。

 食事も振る舞ってもらったが、清貧せいひんと言って良い程の質素さであった。
 もちろんこれは文句を付けたい訳ではない。
 アスターゼが、この食事の量で足りるのか尋ねてみたところ、全く問題ないと言う。

 聞けば、彼らは人間ではなく、エルフなどの精霊に近い存在であるらしい。
 違和感の正体はこれだったかと得心がいったアスターゼはシャルルを鑑定してみることにした。

名前:シャルル
種族:花精霊族フロス・フィア
性別:女性
年齢:14歳
職業:農民
職能1:農作業
職能2:-
加護:花精霊の隔世Lv8
耐性:毒物耐性Lv3
職位:農作業Lv3
特性:【幸運Lv5】【栽培Lv1】

 アスターゼは疑問に思う。
 何故、わざわざ人間と同じ村に住んでいるのかと。
 そして問うた。

 すると、シャルルの父親が神妙な顔付きでポツリポツリと語り始めた。
 その昔、この辺りは森林地帯であった。
 そこにシャルルたち花精霊族フロス・フィアが住んでいたのだが、今のヤツマガ村の住人が勝手に現れて森を切り拓き、畑を作り始めたと言う。
 当然、抗議したものの彼らがそれを受け入れるはずもなく、花精霊族フロス・フィアは迫害され始める。

 争いを憎み、平和を愛する彼らは、ヤツマガ村の人間が言う文明的な暮らしをさせてやると、理解できない文化を押し付けられ、すっかり開拓されてしまったこの場所に住むよう強要された。
 森に生き、花と共にあった生活は一変し、農作業と言う訳の分からない労働を課されてもなお、平和を愛する花精霊族フロス・フィアは人間に逆らうことはなかったと言う。
 そして今では女性が無理やり奪い犯され、花精霊族フロス・フィアが創り出すことのできる花結晶カリンスを献上させられたと言う。

 そのせいで混血が進み、今や種族としての純血種は少なくなってしまった。
 ちなみに花結晶カリンスとは魔力の結晶のような物で、使用すれば多くの魔力を得ることができる上、傷を回復させる効果もあるらしい。

 そんなところに更なる不幸が彼らを襲った。

 ヒュドラの出現である。
 ヒュドラは魔力の高い女性を差し出すように要求してきた。
 ヤツマガ村の人間はヒュドラに恐れをなして、戦うことすらせずに要求に従った。強者に媚びへつらう醜い姿は、花精霊族フロス・フィアが嫌悪してやまないゴブリンやオークよりもひどいものだったとシャルルの父親からは悔しさがにじみ出している。

 人間たちに魔力の高い者などいなかったため、生贄は花精霊族フロス・フィアの純血種から選ばれるようになった。ただヒュドラが現れてから、とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、花精霊族フロス・フィアをまとめていた長が人間に対して強硬に意見するようになったと言う話だ。長の怒りが頂点に達し一部の人間と刃傷沙汰にんじょうざたになったそうなので、人間が花精霊族フロス・フィアの話を聞くようになったのもその強さが明るみに出たからだろう。

「胸糞悪い。強者には媚びるが弱者にはとことん高圧的に出る民族か……」

 シャルルの家族は皆、今までの辛い思い出がフラッシュバックしたのか、辛そうな表情になっている。
 父親など歯を食いしばって屈辱に耐えているかのようだ。

花精霊族フロス・フィアは戦う意志はあるのですか?」

「あります。もうヒュドラに仲間を喰われるのも人間に迫害を受けるのも我慢ならない……」

 アスターゼは人間が嫌いだ。
 もちろん前世からの因縁があるからなのだが、シャルルの父親の話を聞いてその憎悪の炎は彼の胸の内で激しく燃え盛った。
 彼がどうやって状況を打開しようかと考え始めた時、父親が再び口を開いた。

「だが……長はヒュドラと戦うことには反対のようです……」

「ふうん……。人間には勝てるがヒュドラには勝てないと判断したと言うことか……?」

 アスターゼが口元に手を当てて考える素振りを見せると、シャルルがすっくと立ち上がり明るい声をあげる。

「ヒュドラはアスターゼさんが倒してくれるわ! 凄かったんだよ!」

 そして、滔々とその活躍の場面を語り始めた。
 姉の言葉に兄弟たちは目を輝かせて話に聞き入っている。

「取り敢えず、長に会わせて頂けますか?」

「もちろんです。すぐにでも案内しましょう」

 こうしてアスターゼは花精霊族フロス・フィアの長を訪ねることとなったのである。
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