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第2章 花精霊族解放編

第35話 花精霊族の長

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 この村に時計などと言う文明の利器は存在しない。
 現時刻は分からないまま、アスターゼはシャルルの父親に案内されて花精霊族フロス・フィアの長の家を訪れていた。
 日本人の感覚から思わず「夜分遅くにすみません」と呟いてしまった。
 ちなみにシャルルも一緒に着いて来ている。
 今回の生贄なのだから聞く権利はあるのだろうが、どう見てもはしゃいで見えるのは気のせいだろうか。

 花精霊族フロス・フィアの長の家と言っても、シャルルの家と同様のあばら屋であった。
 家の造りが周囲と異なっているでもなく、豪華な調度品に囲まれているでもない。長は突然の訪問者に困惑した様子だ。

「突然どうしたと言うのだ」

「はい。あのヒュドラを撃退して娘を助けてくれた方が長にお会いしたいとのことで……」

 シャルルの父が説明するが、長の表情に変化は見られない。

「こんばんは。アスターゼ・サーベラスと申します。突然の訪問ご容赦ください」

 なるべく丁寧な口調と物腰で挨拶したつもりだったのだが、長の態度にあまり変化は見られない。ただ、話だけは聞いてくれることになり、囲炉裏のような場所を囲んで四人が腰を下ろす。

「それで何用ですかな? まさかヒュドラを倒すと言う話ではないでしょうな」

「そのまさかです。シャルルさんたちから話は伺いました。ヒュドラと人間のせいで花精霊族フロス・フィアとしての尊厳を踏みにじられているご様子……」

「その人間が何故、我々に手を貸す?」

「人間はあのような蛮族ばかりではないと言うことです。それにシャルルさんと約束しましたから」

「あのヒュドラは強いぞ? 首の1つ程度斬り落としたところで再生してしまうだろうよ」

「……強いことは百も承知です。もし私がやられてもお節介が1人死んだだけだとでも思ってください」

「事態がそんな簡単に済むとは思えないな。例え直接逆らった訳ではなくともヒュドラは我々に盟約違反だと言ってくるだろう」

「そうかも知れません。でもヒュドラは何故、わざわざ半年に1回だけ生贄を要求するんでしょうね? この村を襲って全員喰らってしまうのが一番手っ取り早いでしょうに」

「種族の違う魔物の考えることなど私には理解できんよ」

「確かにそうですね。同じ種族でさえ理解できないことが多いのに……。私はこう思うんです。あくまで予想ですが、餌に困って他の土地から流れてきたヒュドラが、この地で美味しそうな得物を見つけた。しかも魔力が豊富で好戦的でない種族だ。しかし一気に喰ってしまってはまたすぐに窮乏きゅうぼうすることになってしまう。そこで養殖をすることにした」

『養殖?』

 シャルルとその父親が首を傾げて何やら考える素振りを見せる。
 流石親子である。仕草までそっくりだ。
 長の目は鋭くアスターゼの瞳を射抜いている。
 どうやら彼の言いたいことは伝わっているらしい。

「我々は飼われていると?」

「その通りです。ですが、今回私がヒュドラを撃退してからその飼い主様が姿を現す気配がない。まぁ私の力に恐れをなしたんでしょう」

「ふッ……若いのに大した自信をお持ちのようだ」

「ヒュドラなど敵ではありません。襲ってきてもまた返り討ちにしてやりますよ」

「……」

 長はアスターゼの実力を見極めようとしているのか、ジッと視線を外さない。
 沈黙が狭い家の中を支配する。
 アスターゼはヒュドラだけでなく、ヤツマガ村の人間とも決別する意志を見せる花精霊族フロス・フィアのために自分の職業を告白することにした。
 そうすることで長の考えも変わるだろうと思ったし、ここで能力を使って彼らの呪縛を解かないでいつ使うのだと思ったからだ。

「話は変わりますが私、特殊な能力があるんですよ。職業は転職士と言うんですけど、職業を変えることができるんです」

「てん……しょくし……?」

「それでシャルルさんたちにどんな職業の素質があるか確認したら、結構戦闘向きの職業だったんです。なのでこれからヤツマガ村の人間との戦いになると聞いたので、私の力を是非役立ててもらいたいなと思っています」

「我々は強くなれると?」

「はい。シャルルさんにヒュドラを倒すと約束したんです。ですから花精霊族フロス・フィアをヒュドラからも人間からも解放するために尽力しようと思います」

 アスターゼの自信ありげな言動に、どことなく懐疑的な長であったが、シャルルたちにまで説得されて不承不承と言った感じながら首を縦に振ることとなったのであった。
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