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第2章 花精霊族解放編
第36話 要求
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シャルルの家に泊めてもらったアスターゼは家の隙間から差し込む太陽光によって目を覚ました。
朝食まで出してもらい、アスターゼには感謝しかない。
シャルルの家族はこれから畑の草取りなどを行ったり、あの沼地に注ぎ込む小川へ水を汲みに行く作業があるらしい。
あの衛生状態を考えれば井戸の水などとても飲めたものではないだろう。
朝になるとシャルルの父親は水汲みに行くのが日課であると言う。
畑の方は母親と兄弟たちの担当で、水汲みが終わると父親もそれに加わるそうだ。ちなみに畑ではジローラモと言う芋のような作物を育てているらしい。
シャルルの家族がそれぞれの仕事に取り掛かる中、彼女は家の前の朽ちかけた柵に腰かけて不安そうな顔をしていた。
村の人間からどのような命令が下るのか心配なのだろう。
アスターゼはそっと彼女に近寄ると同じように柵に寄しかかる。
「心配?」
「いえ……アスターゼさんの強さは分かっているんですけど、一度やられた相手がいるのに姿を見せるものかなぁって……」
どうやら彼女は自分の心配ではなく、他人の心配をしていたようだ。
確かにシャルルの言うことはもっともである。
大したダメージを与えることも出来ずに逃亡するしかなかった魔物がどんな行動を取るかは、アスターゼにも分からない。だが、魔物がたかが人間如きにやられて大人しくしていられるだろうかと考えると、とてもそうは思えない。
アスターゼは、ヒュドラは今、凄まじいまでの屈辱感を味わっているのではないかと予想していた。
必ず殺す気で来るはずである。
しかし、ヒュドラと戦い、そして鑑定した時、傷を再生するような特性を持ってはいたが、特性のレベル自体は低い状態であった。
かなりの重傷を受けたはずで、それが短期間で完治するとは思えない。
もしかすると、アスターゼを襲撃する前に花精霊族を喰って力を取り戻そうとする可能性がある。
「シャルル以外の花精霊族が狙われるかもな」
「ええッ!? 大変ですッ! すぐに助けなきゃッ!」
「そうしたいんだけど、誰が狙われるか分からないし、あくまで予想だからな」
そう言いながら、勝負は夜だなとアスターゼが考える。
腰が痛くなったので、寄しかかっていた柵から腰を浮かしてコリをほぐしていると、村の中央の方角から誰かが歩いてくるのが視界に入った。
見た感じ、ヤツマガ村の人間だ。
身に着けているものから推測して兵士が2人と言ったところか。
人間たちは花精霊族の仕事ぶりを見張りに来ると、シャルルの父親から聞かされていたが、今回用事があるのは恐らくアスターゼかシャルルにだろう。
シャルルも近づいてくる人間に気が付いたのか、アスターゼの方へそっと身を寄せてくる。
「おい。ガキ! 副酋長がお呼びだ。すぐに顔を出せ」
アスターゼは聞こえていないかのようにその兵士の言葉を無視している。
その隣ではシャルルがあわあわと、アスターゼと兵士の顔を交互に眺めている。
「おいお前だお前ッ! 無視すんじゃねぇ!」
「ああ、俺に言ってたのか。お前らは猿か何かか? もっと分かるように伝えろよ」
「なんだとッ!」
アスターゼの軽い挑発に怒った兵士の一人が殴りかかる。
沸点が低すぎる兵士にアスターゼは苦笑いを隠せない。
彼は兵士の遅すぎるパンチを余裕でかわすと、足をそっと差し出した。
するとその兵士は足を引っ掛けてバランスを崩し、その場に盛大に倒れ込む。
「貴様……ッ!」
「すまんな。野蛮人と張り合う気はねーんだ」
アスターゼの言葉に増々顔を真っ赤にする兵士に、もう1人の男がようやく止めに入った。
「悪いが同行してもらおう。さもなくば実力行使で逮捕するぞ……」
正直、売り言葉に買い言葉で「やってみろ」と言いたいところであったが、思いがけず良いことを考えついたアスターゼは踏みとどまる。
ヤツマガ村の人間が要求してきそうなことに思い当たったからだ。
「分かった分かった。シャルルも来いよ。1人は危ないからな」
「は、はいッ!」
そうしてアスターゼとシャルルは、兵士2人に先導されて昨日訪れた社へと再び足を踏み入れるのであった。
※※※
通された大広間には、昨日と同じ面子が並んでいた。
相変わらず酋長は怪我のため寝込んでいるらしい。
風向きのせいか、社の中まで漂ってくる悪臭に顔をしかめながらアスターゼは自分から切り出した。
「それで用件と言うのはなんでしょうか?」
「直ちにこの村から出て行け」
単刀直入に過ぎる。物にも順序ってものがあるだろうに。
これには思わずアスターゼも吹き出しそうになった程だ。
「私は一介の旅人です。誰も私の意思を妨げることは出来ません。訳を伺っても?」
「お告げだ。神のお告げがあったのだ。お前が我が国にとって障害になるとな」
言うに事欠いて、我が国とは。
どれだけプライドだけは高いのかとアスターゼは呆れを通り越して笑ってしまう。
それを侮蔑と取ったのか、大広間がざわめき始める。
「お告げを受けたのはどなたでしょうか?」
「わしだ」
「酋長殿の意向はどのように?」
「我が主も無論、賛成である」
「なるほど、分かりました。すぐこの村から出て行きましょう」
「アスターゼさんッ!?」
明らかに困惑の声を上げるシャルル。
アスターゼの方を向いてジッと見つめてくる。
混じっているのは批難の色。
当然である。花精霊族に力を貸すと約束したばかりなのだから。
「1つ聞き忘れていました。シャルルの処遇はどうなりますか?」
「シャルルには今夜、祠へ行ってもらう」
「それも神のお告げと言うヤツですか?」
「その通りだ。我が国は神、ジョ・カに護られた国だ」
副酋長曰く、この国は一神教らしい。
全ては唯一神ジョ・カの御心のままに……と言うのが国是であると言う。
「では、これにて。行くぞシャルル」
「へ? あッ……はい」
シャルルはアスターゼにそう言われたのが意外だったのか、慌てて彼の後を追った。何か言われるかと思ったが、特に居並ぶ家臣たちから文句が出ることはなかった。外に出ると早速、シャルルが口を開く。
「アスターゼさん、一体どう言うおつもりなんですか?」
「ああ、一旦俺は村から出て行ったと思わせた方が動きやすいと思ってな」
「なるほどー」
シャルルは何か理解したかのようにうんうんと頷いているが、恐らく何も分かっていないのだろう。
眉毛がキリリと吊り上がり、真剣な表情なのが逆に面白い。
「俺が離れる前にやっておきたいことがある。この村で武器を扱っている店はあるか?」
「分かりません……。ここでは花精霊族は武器を扱えないことになってるんです」
一応、この村の首脳陣も考えてはいるようだ。
念のため、シャルルを転職させておきたいところなのだが、月光騎士となるとやはり剣が欲しい。
「そこは妥協するしかないか……」
アスターゼはそう呟きつつ、後方に着かず離れずの距離を保って後を着けてくる兵士の存在に気を向ける。
要求通りにすぐに村から出て行くか見届けるつもりなのだろう。
流石に、始末する気はない。
程なくして村の入り口まで来ると、アスターゼはシャルルと向かい合う。
「はぇ? な、なんですか?」
急に見つめられて動揺したのが、伝わってくる。
アスターゼはそんな彼女に構うことなく、転職の能力を行使した。
ついでに幾つか策を与えておく。
全身が眩い光に包まれたことでシャルルは少し慌てるが、アスターゼがそれを落ち着かせる。
「いいか? たった今、シャルルの職業を農民から月光騎士へ変えた。これで戦えるはずだ」
「ええ!? 誰と戦えばいいんですか!? 武器はどうするんですかッ!?」
「えーい。話を聞けッ! 武器はない。だから、自分、もしくは仲間が襲われたら魔力を込めて全力で殴れ」
「な、殴るんですかぁ!? ヒュドラをそれで倒せるんでしょうか?」
「別に倒すところまで期待はしていない。俺も隠れて様子を見てる。俺が到着するまで何とか粘れ」
「私にやれるでしょうか……?」
下を俯いて弱気な発言をするシャルルにアスターゼは畳み掛ける。
自ら戦うと宣言した彼女だからこそ、転職に踏み切ったのだ。
苦情も弱音も受け付けるつもりはない。
アスターゼは彼女に畳み掛けるように言葉を投げかける。
「喰われたくないんだろ? 花精霊族の自由を勝ち取るんだろ? 世界を見て回るんだろ?」
「なら、ここが踏ん張りどころだ」
「人生、何度だって逃げてもいい。だが、どうしてもここだけは踏み止まらなきゃいけないって時が必ずあるんだ」
「要は……」
シャルルは覚悟を決めたかのように真剣な表情を作ると、アスターゼの言葉を遮って言った。
「今がその時なんですね……」
朝食まで出してもらい、アスターゼには感謝しかない。
シャルルの家族はこれから畑の草取りなどを行ったり、あの沼地に注ぎ込む小川へ水を汲みに行く作業があるらしい。
あの衛生状態を考えれば井戸の水などとても飲めたものではないだろう。
朝になるとシャルルの父親は水汲みに行くのが日課であると言う。
畑の方は母親と兄弟たちの担当で、水汲みが終わると父親もそれに加わるそうだ。ちなみに畑ではジローラモと言う芋のような作物を育てているらしい。
シャルルの家族がそれぞれの仕事に取り掛かる中、彼女は家の前の朽ちかけた柵に腰かけて不安そうな顔をしていた。
村の人間からどのような命令が下るのか心配なのだろう。
アスターゼはそっと彼女に近寄ると同じように柵に寄しかかる。
「心配?」
「いえ……アスターゼさんの強さは分かっているんですけど、一度やられた相手がいるのに姿を見せるものかなぁって……」
どうやら彼女は自分の心配ではなく、他人の心配をしていたようだ。
確かにシャルルの言うことはもっともである。
大したダメージを与えることも出来ずに逃亡するしかなかった魔物がどんな行動を取るかは、アスターゼにも分からない。だが、魔物がたかが人間如きにやられて大人しくしていられるだろうかと考えると、とてもそうは思えない。
アスターゼは、ヒュドラは今、凄まじいまでの屈辱感を味わっているのではないかと予想していた。
必ず殺す気で来るはずである。
しかし、ヒュドラと戦い、そして鑑定した時、傷を再生するような特性を持ってはいたが、特性のレベル自体は低い状態であった。
かなりの重傷を受けたはずで、それが短期間で完治するとは思えない。
もしかすると、アスターゼを襲撃する前に花精霊族を喰って力を取り戻そうとする可能性がある。
「シャルル以外の花精霊族が狙われるかもな」
「ええッ!? 大変ですッ! すぐに助けなきゃッ!」
「そうしたいんだけど、誰が狙われるか分からないし、あくまで予想だからな」
そう言いながら、勝負は夜だなとアスターゼが考える。
腰が痛くなったので、寄しかかっていた柵から腰を浮かしてコリをほぐしていると、村の中央の方角から誰かが歩いてくるのが視界に入った。
見た感じ、ヤツマガ村の人間だ。
身に着けているものから推測して兵士が2人と言ったところか。
人間たちは花精霊族の仕事ぶりを見張りに来ると、シャルルの父親から聞かされていたが、今回用事があるのは恐らくアスターゼかシャルルにだろう。
シャルルも近づいてくる人間に気が付いたのか、アスターゼの方へそっと身を寄せてくる。
「おい。ガキ! 副酋長がお呼びだ。すぐに顔を出せ」
アスターゼは聞こえていないかのようにその兵士の言葉を無視している。
その隣ではシャルルがあわあわと、アスターゼと兵士の顔を交互に眺めている。
「おいお前だお前ッ! 無視すんじゃねぇ!」
「ああ、俺に言ってたのか。お前らは猿か何かか? もっと分かるように伝えろよ」
「なんだとッ!」
アスターゼの軽い挑発に怒った兵士の一人が殴りかかる。
沸点が低すぎる兵士にアスターゼは苦笑いを隠せない。
彼は兵士の遅すぎるパンチを余裕でかわすと、足をそっと差し出した。
するとその兵士は足を引っ掛けてバランスを崩し、その場に盛大に倒れ込む。
「貴様……ッ!」
「すまんな。野蛮人と張り合う気はねーんだ」
アスターゼの言葉に増々顔を真っ赤にする兵士に、もう1人の男がようやく止めに入った。
「悪いが同行してもらおう。さもなくば実力行使で逮捕するぞ……」
正直、売り言葉に買い言葉で「やってみろ」と言いたいところであったが、思いがけず良いことを考えついたアスターゼは踏みとどまる。
ヤツマガ村の人間が要求してきそうなことに思い当たったからだ。
「分かった分かった。シャルルも来いよ。1人は危ないからな」
「は、はいッ!」
そうしてアスターゼとシャルルは、兵士2人に先導されて昨日訪れた社へと再び足を踏み入れるのであった。
※※※
通された大広間には、昨日と同じ面子が並んでいた。
相変わらず酋長は怪我のため寝込んでいるらしい。
風向きのせいか、社の中まで漂ってくる悪臭に顔をしかめながらアスターゼは自分から切り出した。
「それで用件と言うのはなんでしょうか?」
「直ちにこの村から出て行け」
単刀直入に過ぎる。物にも順序ってものがあるだろうに。
これには思わずアスターゼも吹き出しそうになった程だ。
「私は一介の旅人です。誰も私の意思を妨げることは出来ません。訳を伺っても?」
「お告げだ。神のお告げがあったのだ。お前が我が国にとって障害になるとな」
言うに事欠いて、我が国とは。
どれだけプライドだけは高いのかとアスターゼは呆れを通り越して笑ってしまう。
それを侮蔑と取ったのか、大広間がざわめき始める。
「お告げを受けたのはどなたでしょうか?」
「わしだ」
「酋長殿の意向はどのように?」
「我が主も無論、賛成である」
「なるほど、分かりました。すぐこの村から出て行きましょう」
「アスターゼさんッ!?」
明らかに困惑の声を上げるシャルル。
アスターゼの方を向いてジッと見つめてくる。
混じっているのは批難の色。
当然である。花精霊族に力を貸すと約束したばかりなのだから。
「1つ聞き忘れていました。シャルルの処遇はどうなりますか?」
「シャルルには今夜、祠へ行ってもらう」
「それも神のお告げと言うヤツですか?」
「その通りだ。我が国は神、ジョ・カに護られた国だ」
副酋長曰く、この国は一神教らしい。
全ては唯一神ジョ・カの御心のままに……と言うのが国是であると言う。
「では、これにて。行くぞシャルル」
「へ? あッ……はい」
シャルルはアスターゼにそう言われたのが意外だったのか、慌てて彼の後を追った。何か言われるかと思ったが、特に居並ぶ家臣たちから文句が出ることはなかった。外に出ると早速、シャルルが口を開く。
「アスターゼさん、一体どう言うおつもりなんですか?」
「ああ、一旦俺は村から出て行ったと思わせた方が動きやすいと思ってな」
「なるほどー」
シャルルは何か理解したかのようにうんうんと頷いているが、恐らく何も分かっていないのだろう。
眉毛がキリリと吊り上がり、真剣な表情なのが逆に面白い。
「俺が離れる前にやっておきたいことがある。この村で武器を扱っている店はあるか?」
「分かりません……。ここでは花精霊族は武器を扱えないことになってるんです」
一応、この村の首脳陣も考えてはいるようだ。
念のため、シャルルを転職させておきたいところなのだが、月光騎士となるとやはり剣が欲しい。
「そこは妥協するしかないか……」
アスターゼはそう呟きつつ、後方に着かず離れずの距離を保って後を着けてくる兵士の存在に気を向ける。
要求通りにすぐに村から出て行くか見届けるつもりなのだろう。
流石に、始末する気はない。
程なくして村の入り口まで来ると、アスターゼはシャルルと向かい合う。
「はぇ? な、なんですか?」
急に見つめられて動揺したのが、伝わってくる。
アスターゼはそんな彼女に構うことなく、転職の能力を行使した。
ついでに幾つか策を与えておく。
全身が眩い光に包まれたことでシャルルは少し慌てるが、アスターゼがそれを落ち着かせる。
「いいか? たった今、シャルルの職業を農民から月光騎士へ変えた。これで戦えるはずだ」
「ええ!? 誰と戦えばいいんですか!? 武器はどうするんですかッ!?」
「えーい。話を聞けッ! 武器はない。だから、自分、もしくは仲間が襲われたら魔力を込めて全力で殴れ」
「な、殴るんですかぁ!? ヒュドラをそれで倒せるんでしょうか?」
「別に倒すところまで期待はしていない。俺も隠れて様子を見てる。俺が到着するまで何とか粘れ」
「私にやれるでしょうか……?」
下を俯いて弱気な発言をするシャルルにアスターゼは畳み掛ける。
自ら戦うと宣言した彼女だからこそ、転職に踏み切ったのだ。
苦情も弱音も受け付けるつもりはない。
アスターゼは彼女に畳み掛けるように言葉を投げかける。
「喰われたくないんだろ? 花精霊族の自由を勝ち取るんだろ? 世界を見て回るんだろ?」
「なら、ここが踏ん張りどころだ」
「人生、何度だって逃げてもいい。だが、どうしてもここだけは踏み止まらなきゃいけないって時が必ずあるんだ」
「要は……」
シャルルは覚悟を決めたかのように真剣な表情を作ると、アスターゼの言葉を遮って言った。
「今がその時なんですね……」
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