青い月の下で

大川徹

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急(最終章)

1節『過去』

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 雨宮雫の死から数年後。曇天の下、神社の神主は境内で娘と向き合っていた。二人とも袴を着て、その手には竹刀。雨宮瞳は両手で柄をぐっと握りしめ、緊張入り混じる気迫を漂わせる。対して、竹刀を片手で構える父はあえて無防備な所を見せているようだ。
 「……っ」

 数秒の間の後、瞳が踏み込んだ。しかし、彼女の竹刀が届くより先に先端を弾かれる。強い衝撃に瞳は体勢を崩すが父は反撃してこなかった。ただ、空いた片手で『来い』とサインを送る。

 (――負けるか!)

 唇を噛みしめ、再び竹刀を振り上げる。バシンッ、バシンッと何度も跳ね返されるが彼女は諦めない。凄まじい猛攻を披露するが、相手はそれを上回る速度で防御を重ねる。遂に息が上がり、彼女の構えが崩れたところで父が一歩動いた。

 パシン。空を切る音ともに竹刀が瞳の肩を打つ。衝撃は弱いが、それは当たる寸前に手心を加えたからだ。最初から最後まで彼には余裕があったと瞳は思い、膝をついた。

 「焦りがあるな。ここ最近、その調子が続いている」
 「だって……、どうしても実力が上がらない」
 「以前よりも隙が生まれているぞ。一人稽古の時間を伸ばしたようだが、無理な訓練は逆効果だ」

 父親はたしなめるが、彼も娘の不調子の理由には気付いていた。
 今年も雫の命日が近付いてきている。母が亡くなってから毎年、この時期になると瞳の様子がおかしくなるのだ。巫女の宿命を受け継いだことに加え、剣の腕が母に届かないことが娘を追い詰めている。

 (怨霊を倒すだけなら、そこまでのものは必要ない)

 そう父は言おうとするが、それは甘えかと思い直した。

 「今日はここまで。休息はしっかり取るように」
 「午後の訓練は?」
 「私にはやることがある。午後は今の稽古を反省し、対策を考えるがいい」

 彼は竹刀を元の場所に戻すと娘を残して社務所へと入っていった。そのまま奥にある神主専用の部屋へと入る。資料室という名の、怨霊や青い月に関する文書が収められた部屋だ。

 「娘にはああ言ったが……私も同じだ。心に余裕がない」

 誰にともなく呟いて腰を下ろすと、飾っている写真に目をやった。雨宮雫が生まれたばかりの瞳を抱いている写真だ。

 「宿命というのは重すぎる。しかも、何年先かわからずとも瞳も雫のいる場所に行くとは」

 月がなければこんなことにはならなかったが、御三家の当主がそれを言うのは許されない。鉄の心でそんな欲望は薙ぎ払わなければならない。

 「……雫はまだあの場にいるだろうか」

 それでも彼は亡き妻に想いを馳せる。肉体は滅んでも魂は青い月の封印を支える機能となる。しかし、彼には雫が生前のように月の中に佇んでいるような気がしていた。

 「私では会いに行くことはできないが……せめて娘に言葉だけでも届けられれば」

 巫女が命に関わる重傷を負った際、退魔の血脈が絶えることを防ぐために月の中へ強制転移させるという秘跡がある。そして、青鷺には雫の血が研究材料として今も保存されていた。僅かな可能性だが、彼は自身の血と合わせて巫女が重傷を負ったように月を誤認させられないかと考えていたのだ。

 「とても御三家の当主とは信じられんな」

 そう自嘲しながら、彼も孤独に耐えられるほど鉄の人間ではなかった。
 その名を雨宮タカシ。街の外の人間でありながら雫に心奪われ、親友である萩谷雅人と三角関係を築いた後に勝利した、執念の人間である。
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