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最終章
青の夢
しおりを挟む卒業式まで、残り数日。
校舎の廊下はどこか寂しいような、
でも温かい春の匂いに満ちていた。
青が職員室に提出物を届けた帰り、
靴箱へ向かう途中の角を曲がったところで
――
「おーい!佐伯!」
角石が片手を振って立っていた。
いつもの強気な雰囲気はすっかり抜け、
柔らかい表情の“いまの角石”だった。
「角石。久しぶりだな、話すの」
「だな。最近どうよ?」
自然に並んで歩き出す二人。
かつてのギラついた対立も、
連日ぶつかり合っていた空気も、
もうどこにもなかった。
「俺は、大学行って、
教職とるつもりだよ。
体育教師になって……
将来は野球部のコーチもしたい」
青は照れくさく笑うと、
角石はすぐにうなずいた。
「似合うわ。
お前、人を見て声かけるのうまいし、
選手の気持ちも分かる。
コーチに向いてるよ、絶対」
素直にそう言えるようになった角石。
それが、青には嬉しかった。
「角石は? 大学野球、楽しみだな」
「まあな。岡谷がエースになってから‥…
俺も肩の力抜けたわ。
今は野球、純粋に楽しみたいって感じ」
少し照れ笑いを浮かべて、
空を見上げる角石。
その顔は、
あの焦りも孤独も背負っていた春とは
違っていた。
靴箱の前に着くと、自然と足が止まった。
「じゃあ……またどっかで会おうぜ、佐伯」
「ああ。また」
そう言って歩き出しかけた角石が、
ふと振り返った。
「……そういやさ」
「ん?」
角石は、少しだけニヤッと笑って言った。
「お前さっきの“夢の話”、
ちゃんと恋人に話せよ」
青は荷物を落としそうになった。
「――えっ!? ……知ってたの?」
「さすがの俺でも気づくっつーの。
あの空気、分かんねぇわけねぇだろ」
耳まで真っ赤になる青。
角石は急かすように
手をひらひら振って続けた。
「言っとくけど、いいと思うぜ俺。
お前ら、すげぇいいバッテリーだったし。
……ま、今度会うときまでに進展しとけよ」
「な、なんだよそれ……!」
照れる青を見て、角石は楽しそうに笑った。
そして。
「じゃあな。また会おうぜ、佐伯。
――お前の夢、叶えろよ」
「……ああ。ありがとう、角石」
夕方の光の中、
互いに背を向けて歩き出す二人。
その背中には、
もうどこにも敵意も嫉妬もなく――
ただ、
同じ時間を戦ってきた
仲間としての誇りだけが残っていた。
* * *
卒業前日の夕方。
夕陽で赤く染まったグラウンドに、
青と蒼太だけが立っていた。
静かな空気に、白球の音だけが響く。
シュッ——パン。
いつものキャッチボール。
でも今日は、
これが “高校で最後” の相棒のボールだ。
「……なぁ蒼太。ひとつ聞いていいか?」
「はい?」
青は白球を見つめながら、
ずっと胸の奥にあった疑問をやっと口にする。
「なんで……あの日、あの時……
俺に声かけようと思ったんだ?」
蒼太は一瞬だけ黙った。
そして、ゆっくり口を開く。
「……先輩。
本当のこと言っていいですか?」
「もちろんだ」
蒼太は白球を抱えるように胸で受け、
少し照れながらも、真剣な目で青を見た。
「……あの日のフォーク……
めちゃくちゃ不安定だったじゃないですか」
「まぁ……あんなに落ちたらな……」
二人が少し笑い、
でもすぐに蒼太は真顔に戻る。
「でも。
先輩は、そのフォークを——
一発で止めたんです。
あの時、僕……
“この人なら、どんな球でも受けてくれる”
そう思いました。」
「……蒼太……」
「そして……
たぶん、あの一球で——
僕、先輩に一目惚れしたんです。」
夕風が止まり、
二人の間の空気だけがはっきりと動いた。
蒼太の声は震えていない。
まっすぐで、やさしくて、嘘がない。
「うまく言えないんですけど……
あの時の先輩は、先輩の背中は、
僕にはすごく大きく見えました。
投手として不安で仕方なかった僕を、
全部受け止めてくれる人なんだって……
そう思えて……」
少しだけ照れた笑み。
「だから声をかけたんです。
“僕、この人の捕手になりたい”って。
この人とならやっていけるって……
すぐに分かりました。」
青の胸の奥が一気に熱くなる。
フォークを初めて止めて、
蒼太が驚いた顔でこっちを見た、あの日。
あれが——すべての始まりだった。
「……蒼太。ありがとうな。
お前が声かけてくれたから……
俺、変われたんだ。」
「変えたのは先輩ですよ。
でも……
もし、また迷いそうになったら——
僕がまた呼びにいきますから。」
「じゃあ……これからも頼むな、蒼太」
蒼太は笑い、
普段より強く頷いた。
「はい。
大学でも……ずっと一緒にやりましょう。
また先輩の球、全部受けますから。」
最後の一球が、
まるで未来へ投げた誓いのように
まっすぐ二人のあいだを飛んだ。
パン!
ミットの最高の音が鳴り、
その瞬間——
高校最後のキャッチボールが終わった。
でも、二人のバッテリーはまだ終わらない。
むしろ、ここからが本当の始まりだった。
* * *
― 卒業式
校舎の前には、桜の花びらが舞う。
卒業式の音楽が遠くから聞こえ、
校庭には卒業生と保護者、
教職員の姿があった。
青、角石、高橋――三人は肩を並べ、
少し緊張しながらも、
晴れやかな表情を見せる。
監督や佐々木コーチは、
少し涙ぐみながらも
誇らしげに三人を見つめる。
野球部の後輩たちも、
目を赤くしながら
胸いっぱいに深呼吸をしていた。
* * *
そして記念撮影
卒業式が終わり、
校庭の片隅で記念撮影の準備が始まった。
三年生全員が並ぶ中、
誰からともなく口に出た。
「佐伯、センターでいいんじゃない?」
「そうだな、佐伯先輩がセンターだろ!」
角石も笑顔でうなずく。
「まあ当然だろ、正捕手だし、
チームを引っ張ったんだから」
みんなの意見が一致し、
佐伯は真ん中に立った。
カメラを構える後輩たち、
笑顔の角石、少し照れた高橋――
その瞬間、胸の奥に、
これまでの出来事が一気に蘇る。
地獄のように辛かった一年、
蒼太との出会いと信頼を積み重ねた二年、
正捕手としてチームをまとめ上げた三年。
あの日々の喜びも悔しさも、
全部この笑顔に繋がっている——
青の目には自然と涙が光る。
* * *
撮影が終わり、校門の前。
蒼太が待っていた。
蒼太は手に持っているボールを、
青に手渡す。
「先輩、来年は同じ大学行くので……
待っててくださいね!」
青は一瞬、泣かれると思って覚悟を決める。
しかし、目の前の蒼太の顔は――
晴々とした、心からの笑顔だった。
「……ああ、待ってる」
蒼太は、
その言葉を胸の中で確かめるように、
一瞬だけ立ち止まってから、
ゆっくりと笑った。
春の風は穏やかで、
校門の向こうには、
やわらかな光が広がっている。
卒業式のざわめきも、
もう遠くなりつつあった。
すべてが、うまくいっているように見えた。
俺はまだ知らない。
この「待ってる」という言葉が、
どれほど重い約束になるのかを。
それでも――
この瞬間だけは、確かに幸せだった。
嵐の気配は、
まだ名前もつかないまま、
春の空のどこかに溶けている。
そして俺たちは、
何も疑わず、
同じ未来を信じて歩き出した。
* * *
⭐︎エピローグ⭐︎
数年後 ― ふたりのその先
高校を卒業してから数年。
俺は大学生になり、
授業に、バイトと、
そこそこ忙しくも充実した
“普通の大学生活”を送っている。
休日になると、
地元の少年野球チームの指導に行ったり、
草野球の助っ人を頼まれたり。
気づけば、野球からは離れたはずなのに、
やっぱりどこかで野球と一緒に生きていた。
そして――隣にはいつも蒼太がいる。
「蒼太ー!早くしろよ、
草野球の試合遅れるって!」
玄関でスパイク紐を結びながら叫ぶと、
「先輩、待ってくださいよー
……張り切りすぎなんですよ」
なんて言いながら、
慌てて靴を履きながら出てくる蒼太。
ふたりは同じ大学に進み、
自然と同棲を始めた。
生活のリズムも、考え方も、
昔からずっと“相棒”だったから、
同棲は驚くほどスムーズだった。
「蒼太、今日もエースの活躍、
ちゃんと期待してるからな」
「……もう、先輩ったら。
僕はずっと先輩専属の投手ですよ」
蒼太が照れたように、
それでも誇らしげに笑う。
高校野球で過ごした濃密な三年間。
一緒に勝って、一緒に泣いて、
すれ違いまた肩を並べた。
一年の孤独も、
あの夏の悔しさも、
花火大会で交わした気持ちも、
全部がこの未来につながっている。
今の俺たちは、あの頃の続きを歩きながら、
もう一度、新しい物語を
投げ合っているのかもしれない。
そしてこれからも――
どんなボールが飛んできても、
このバッテリーで受け止めていく。
― 完 ―
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