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精霊の森事変

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朝、俺は安宿のベッドの上で目が覚めた。
 昨夜俺はリトさんに紹介された宿で寝泊まりした。一泊銅貨3枚、銀貨1枚で銅貨7枚がお釣りだったので恐らくだが、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚の価値だろう。安宿とはいえ銅貨3枚で一泊、俺の手元には金貨30枚と銀貨4枚に銅貨7枚。あの鹿マジで希少だったんだな。
 さて、今俺は早朝の村を歩いている。目的地は図書館だ。リトさんが何か頼みたい事があるらしい。暫くこの村で世話になるのだから、此処で株を上げておきたいという考えもなくは無いが、異世界に転生して美人なネーチャンから頼み事されて断る男がいるだろうか?いや居ない!

「おはようございます。リトさん」
「おはよう、セイヤ君。昨日はよく眠れたかな?」
「はい、かなりぐっすり」
「それは良かった」
「ところで、リトさん。その格好は………」

 昨日は司書の仕事をしていたからか、ラフな上着にズボンにエプロンという服装だった。だが今は、皮製の防具に剣を携えている。

「君に頼みたい事に関係しているのさ、とにかく着いてきてくれ。みんなにも紹介しよう」
「あ、はい」

 実力を見込んで的なことを昨日言っていたし、荒事なのは承知していたがリトさんも戦うのか?スラッとした良いスタイルだし絵になりそうではあるけども。
 連れて来られたのは、例の観光場所である森。そこには他にも武装した村人が数名と、爺さんが1人。村長さん?

「みんな聞いてくれ、彼が手を貸してくれるセイヤ君だ。腕の良いテイマーでボクの客人だから、丁重にね」
「えーっと、よろしくおねしゃす」
「セイヤ君、彼らは村の用心棒というか、元冒険者なんだ。実は最近この森で魔獣が出現してね、手を貸して欲しいことというのはそれの討伐なんだ」
「魔獣ですか?そんなの普通じゃ無いんですか?うちのオレニスだって魔獣だし」
「あぁ、魔獣自体は珍しく無い。ただその魔獣の様子がおかしくてね、この前ついに村人が犠牲になった」

 なるほど、人の味を覚えた獣は処理される。この言い方だと今まで魔獣の被害はなかったのだろう、その安全性もあってこの村は観光地として栄えていたはずだ。だからこそ出来るだけ早くその問題を取り除きたいということか。
 だが、出来ればその魔獣は殺さないで欲しい。俺の魔獣大国の仲間入りをさせたいし、強力な魔獣を従える事ができれば色々と便利だろうしな。だがそれをこの人たちが了承してくれるかどうか…………

「その魔獣、もしよろしければ俺に捕獲させてもらえませんか?まだオレニス一体しか捕獲した事がないんですよ」

 案の定、村人と村長らしき人の顔が渋くなった。そりゃそうだ、身内に手ェ出されて黙ってられるわきゃないよな。

「あー、セイヤ君。それは多分難しいと思うんだ、その魔獣はかなり凶暴なはずだ、君は腕の良いテイマーかも知れないけど最低でも捕獲スキルBは必要だと思う。それこそ王都の腕利冒険者か王城騎兵隊長でも無いと」

 捕獲B以上ってそんなレベル高いのか。捕獲Aが高いってのはよく分かるけどB位が普通だと思ってた。俺って実は結構やばいのでは?

「大丈夫ですよ。オレニス、来い」
「お呼びでしょうか、主人様」

 俺は力を見せるため、オレニスを呼び出した。案の定村人は何人か腰を抜かしてた。だが村長の爺さんは冷静だった、まるで俺がオレニスを従えて居るのを知って居るようだった。すると村長が口を開いた。

「………良いだろう、やらせてみなさい。どちらにしろ問題の解決に変わりはないだろう」
「そ、村長!こんなよそ者に好き勝手されてはっ!」
「リトの客なのだろ?ならリト、お前が責任を取れ。それが道理だろう?」

 リトさんも一瞬焦っていたが、まだ冒険者だという男達よりは冷静だった。もしかしてリトさんも冒険者だったりするのだろうか?
 てか責任をリトさんに取らせる?それはちょっと申し訳ないなぁ、すまんリトさん。俺頑張って働くからさ!

「………わかりました。彼が何かしたらボクが責任をとりますよ、村長」
「うむ、よろしい。皆もそれで良いな?では行くとしよう」

 村長の判断には逆らえないのか、男達は黙り込んだ。だが何人かは俺に敵意を剥き出し、また何人かは俺に疑惑の目を向けた。まぁ仕方がないといえば仕方がないが、この村で暫く世話になる身としては居心地が悪い。というか山頂も行くのか、大丈夫?
 森を暫く進むと木も高くなり、暗くなってきた。何だがみんなも緊張してきたようだ。でも仕方ないだろう、先程から辺りの様子がおかしい、あまりにも静かすぎる。鳥の囀さえずりさえ聞こえない。

「少し、休憩しよう」
「ふぅ、結構深くまできたんじゃないかこれ」

 リトさんの声がけで、皆それぞれ地べたに座り水を飲んだりくつろいぎ始めた。だが、村長は座りもせず息切れすらしていない。マジで只者ではなさそうだな。
 俺はというと、皆からは少し離れオレニスとくつろいでいた。よそ者はよそ者らしく、出しゃばらないようにしなくてはと思ったからだ。だがそんな俺を気にしてか、リトさんが話しかけてきてくれた。

「ごめんねセイヤ君、皆悪気はないんだよ。ただ村人に被害が出てピリついて居るのさ、許してくれ」
「いえいえ、俺こそすいません。リトさんに迷惑がかかっているようで………俺の事雇うっていうのも、他の人からしたら心象良くないでしょ」
「気にしないでくれ、君は良い子だしすぐにみんなとも馴染めるさ」

 マジで良い人だなぁこの人。俺みたいな男はすぐ優しくしてくれた人好きになっちゃうから気をつけてくださいね。
 話している俺たちを、村人達は警戒心を持った目で見つめていた。それ自体は仕方のない事だろう。だが気になったのは俺を見つめる視線の中に、明らかに他とは違うレベルで睨んでいる男がいた事だ。何なんだアイツ。
 その時、村長が声を荒げて言った。

「来るぞ!お前さんら、戦闘準備せぇ!」

 次の瞬間、地響きが聞こえてきた。デカい、オレニスより絶対デカくて重い。それが俺たちめがけて一直線に迫ってくる。
 目の前に現れたのは、超巨大な影。俺たちの前で立ち上がったソイツはギラギラと光る爪を持っており、俺たちをじっと上から見下ろしている。

「コイツ、熊だ!」
「セイヤ君、ボクから離れないで。テイマーの君自身は前には出るなよ」
「主人様、いざとなれば私が乗せて撤退します」

 デカすぎる、二足で立った状態で4~5mはある。前世にいた熊と明らかに違う点は他にもある。なんといってもその長い爪、アレで人間を裂こうものなら見事にバラバラになるだろう。そして口から飛び出た牙、恐竜かと思う程デカく太い。

「コイツは、キラーグリズリー!国から特別警戒指定されている魔獣がなんでこんなとこに、此処は神聖な精霊の森だぞ!」
「無理だ、俺たちじゃ無理だ!」

 元冒険者の男達は大半が混乱している。そりゃこんな怪物目の前にしたんだから仕方ないとは思う、俺だって今すぐ逃げ出したい。

「狼狽えるでない!お主らそれでも元冒険者か情けない!」
「村長、前衛はボクが」

 皆が混乱する中、リトさんと村長は冷静だった。リトさんは剣を構え、村長の前に立った。村長は一歩後ろに下がり、腰から金属でできた杖のようなものを取り出した。
 俺もなんとか冷静になり、辺りの状況を確認した。すると先程俺を最も睨んでいた男がいないではないか。その男は黒いコートのような物を着ていたので居ないのはすぐにわかった。じゃあ何処に?

「オレニス、さっき俺をめちゃくちゃ睨んでた黒ずくめの男いたの覚えてるか?」
「ええ、主人様を睨むなどという失礼極まりない行為をした者の事は見落としません。噛み殺したいくらいです」
「こわっ………その男がいないんだ。何処に行ったか分かるか?」
「あの者はあの獣が現れた直後、あちらに」

 オレニスが首で示した方向を見ると、あの男が木の影からこちらを観察している。だが俺が見ていることに気がつくと逃げ出した。
 まさかあの男が、この熊をこの森にはなったのではないだろうか。

「オレニスは村長とリトさんの援護をしてくれ、俺はアイツを追う」
「なりません主人様!主人様に戦う力は……」
「大丈夫だ、あの怪物よりマシだよ。お前は此処にいる人を死なせるな、何かあれば呼ぶから。出来るか?」
「………承知しました。主人様に頂いた名にかけて、命令を遂行します」
「よろしく、いけ!オレニス」

 オレニスがとてつもない速さでキラーグリズリーに攻撃を仕掛けた。それと同時にリトさんも走り出し、村長は魔術の術式を展開し始めた。
 俺はそんな3人を尻目に、コートの男を追い始めた。


ーーーーーーーーーーーーー


「村長、前衛はボクが」
「うむ、用心せぇ」

 正直今すぐにでも尻餅をついてしまいたい。幼少期から元冒険者の村長に鍛えてもらっていたが、こんなに大きい魔獣と対峙したのは初めてだ。
 とてもじゃないが、セイヤ君を守りながらではこちらがやられてしまうだろう。だがだからと言って彼を見捨てるわけにはいかない、彼を巻き込んだのはボクなのだから。
 剣を抜き、構える。たったそれだけの動きなのに何故こんなに緊張するのだろう。少しでも下手な動きをしたら殺される。そう思わせる覇気が目の前の怪物から感じられるからだろうか?

「さて、どうしたものか。村長が援護してくれるとはいえ、下手をすれば一撃で終わりか」

 間合いは長い爪を持つ相手が上。純粋な身体能力で基本的には人間族は魔獣には敵わない。だからこそ、人間は数の力で魔獣と渡り合ってきた。だが今、冷静を保っているのは自分と村長、そしてコクセキロウを従えているセイヤ君のみ。
 
「いけ!オレニス」

 その声が聞こえた瞬間、自分の真横をとてつもない速さで大きな影が駆け抜けた。セイヤ君の魔獣のオレニスだ、彼はとてつもないスピードでキラーグリズリーに喰らい付いた。キラーグリズリーも彼を振り払おうと雄叫びを上げながら爪を振り回し始める。だが此方への注意は逸れた。

「行くぞ怪物」

 ボクは強く地面を蹴って、目の前の怪物へと向かっていった。森の中へと駆けて行くセイヤ君には、この時ボクは気がつかなかった。


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「おい待て!何処に行く!!」

 俺は目の前の男を一心不乱に追っていた。突き放されては居ないが、かといって追いつけるかと言われればこのままでは難しいだろう。俺は魔力以外の能力値は恐らく平凡かそれ以下な上に所持スキルは戦闘には使えない。追いついても何もできないだろう。生身で戦闘もできなくはないが、相手が武器を持っていれば詰みだ。
 だが、追わないわけにはいかない。奴がこの件の元凶なのだとすれば、奴をどうにかしない限り問題は解決されないからだ。たとえあの熊をどうにか出来てもまた新しい魔獣が放たれる可能性が高い。

「クソが、オレニス以外にも一体位テイムしときゃ良かったかなぁ、ハァ、近くになんか居ないか?ハァ、なんでも良い何か………」

 せめて、周囲にいる魔生物に呼びかけることが出来れば……俺の思念伝達は特定の相手との会話を可能にするが、周囲へ拡声器のように呼びかける事は出来ない。せめてそれが出来れば反応した魔生物をテイム出来るのだが…………
 
「せめて攻撃手段が俺に1つでもあれば………しゃーない、賭けに出るか」

 失敗すれば、リトさん含めた熊と戦っている村人達が死ぬ可能性がある。その可能性を限界まで0に近づけるために重要なのは、俺が出来る限り奴に近づき尚且つ時間を稼ぐ事。

「追いつくためには……………これでも食らえやオラァ!!」
「なにっ!?」

 俺は落ちてた野球ボール程の石を全力投球。その石は見事男の左足に命中した。
 親父とキャッチボールしてて良かった。ありがとう親父、もう10年くらいやってないけど……………

「イッタッ!!!………きっさまぁ」
「追い付いたぞオラァ、ハァハァ」

 コートの男は左足を引き摺っていた。思ったよりダメージが大きかったらしい、好都合だ。
 足を負傷し逃げられなくなったコイツが安全に逃げるには俺は邪魔すぎる。この男に残された選択肢は、俺を無力化する事だ。俺の作戦を成功させるには、さらに此処からこの男を俺にもっと執着させなければならない。俺を生かしては置けないと、思わせなければならない。

「お前は一体何なんだ!急に現れたかと思えばデカい魔獣を従えてやがって!邪魔なんだよ!」
「それはこっちのセリフだっつーの、この騒動の犯人はあんたなんだろ?俺は記憶した風景を人に見せるスキルを持ってる。顔バレしてるアンタはすぐに捕まるぜ」

 もちろんハッタリだ、そんなスキルは習得しちゃいない。だがこの男にその判断はできない。今この男にとって俺は消さなければならない対象となったはずだ、ならやる事は1つしかない。

「クソが、ぶっ殺す!」
「だよな、じゃあ逃げの一手だろ!」

 俺はUターンして全力疾走。男は懐からダガーを出すと俺を追い始めた。だが左足を負傷しているため先程のスピードはないこれなら楽勝d

「加速!」
「まっじかっ!」

 そりゃそうか、スキルを持ってるのは俺やオレニスだけじゃない。男はスキルを使って加速、先程よりも幾らか速い!だが先程スキルを使わなかったという事は何か不都合があるのか?可能性としては………

「ジグザグだ、ついて来てみろ」
「チッ………」

 やっぱりだ、木があちこちに生えてる森の中。足元も決して平らじゃない場所であのスピードを保つのには慣れが必要らしい。下手したら逃げ足が遅くなる可能性があるから、さっきスキルを使わなかったわけだ。
 とはいえ俺の体力も尽きて来た。なるべく早く目標地点へ行かなければ…………

 ーオレニス、そっちの状況は?ー

 俺は思念をオレニスに飛ばした。あっちの状況次第ではこの作戦は変更を余儀なくされる。

 ー主人様、ご無事で何よりです。此方は拮抗状態です。人間の2人もなかなかの実力者なようで、今のところ大きな損害はありませんー

 マジかよ凄いなリトさんと村長。だがオレニスがいて拮抗状態とはやはり一筋縄では行かないようだ。

 ー2人で何秒持つ?ー
 ー恐らく10秒程でしょう。現状私が動きを止めたところに女剣士が攻撃を加え、魔術師が防御をしていますが。私がいなければ厳しいかとー
 ー十分、合図したら守護移動でこっち来てくれ。例の男を行動不能にしてほしいー
 ー了解しましたー

 さて、此処が勝負どころだ。俺が目標地点に着くのが先か男に追いつかれて殺されるか、この世界に来て3日で命をかけることになるとは思わなかったな。



「ありゃ」



 俺は地面に落ちていた青っぽい石につまづいた。それが致命的だった。男は俺の背中を捉えて、ダガーを振りかぶった。



 だが


「………セーフ、今だオレニス」
「流石です主人様、此処まで引きつけてくるとは」
「なっ!…………グァ」

 ギリギリ目標地点に辿り着いた。
 オレニスは俺の元に現れるや否や男を弾き飛ばし、男は木に激突して沈んだ。
 先程俺がつまづいた青い石、アレが俺の目印だった。男が武器を持っていた場合、此処まで引きつけてオレニスを呼べば、すぐにリトさんの場所に戻れるだろうと予測した地点だった。男を追い始めてすぐにあの青い石を見つけ、目印として記憶していたのだ。賭けと言ったのは、あの男が遠距離の攻撃手段を持っていた場合この策は使えなかったからである。

「オレニス、俺を連れて10秒以内に戻れ!行けるよな」
「もちろんです。スキルを使えば一瞬です」

 オレニスは俺を背中に乗せると一気に加速した。オレニスが使う加速スキルはあの男とは比べ物にならない、当然だろう。身体のスペックが違いすぎる。
 

 さぁ、最終局面だ。

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