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日常の始まり

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現状の戦況は五分五分か、こちらが少し不利だろう。
 キラーグリズリーとの戦闘が始まって何分か経った。此方は前衛にボクとセイヤ君のコクセキロウ、確かオレニス君だったか。それと元冒険者で村の盾と言われている村長。
 先程からセイヤ君の気配が感じられないが、森の中に身を隠しているのだろうか、良い判断だと思う。テイマーである彼には恐らく現状ではまともな攻撃手段が無いのだろう。剣士であるボクとて油断をすれば一瞬でお陀仏だし、情けないことに彼を気にかける余裕は無い。なにせ……………

「クッ、見た目に反して速い。それにこの硬さ、明らかに何らかのスキル持ちだ」
「リト気を抜くでない、相手をよくみろ」
「了解!」

 村長は元々優秀な魔術師だった。現役の頃は「鉄壁」の異名を持つほどに支援と防御に優れた冒険者だったらしいく、魔術師を超越した存在、魔法師にも手をかけたと噂されていたらしい。今ボクが生きているのも村長の支援があってこそだ。
 他の村民達は皆逃げ出した。元冒険者とはいえ、王都からほど近い区域で活動していた者が殆どであり、命の危機を経験した者は居なかったのだから、責める事はできない。

「グラルルアア!!」
「ゴアアアアァア!!!」

 オレニスとキラーグリズリーの衝突。既に何度も目にしたが、ものすごい迫力だ。オレニスがキラーグリズリーに勝っているのは俊敏性とフットワークだろう。先程からそれを駆使して翻弄しつつ此方が攻撃を加える隙を作ってくれている。
 もちろんその隙をボクは見逃さない。すかさず攻撃を加えないく。

「ハァ!!」

 スキル「魔斬撃」で魔力を纏った斬撃を与えてはいるが、正直手応えは微妙というところだ。斬撃耐性、魔術や魔力に対する耐性が高いのだろう。正直相性は最悪と言って良い。村長も攻撃魔術は使えるが、ここまで魔力攻撃に耐性があると通りも悪い上に斬撃耐性まで持っているとなると、攻撃が通るのはオレニスだけ。だがオレニスだけでは火力に不安がある。
 本来キラーグリズリーは、腕利き冒険者や各国の近衛騎士達がパーティー単位の人数で掛かる魔獣。セイヤ君はテイムを狙っているらしいが、このレベルの魔獣をテイムできる者はそう居ない。コクセキロウもそれなりの魔獣なのだがこればかりはレベルが違う。
 
「クソ、これは厳しいかな」
「むぅ……………リト、退け!わしが時間を作ろう」
「そんなっ………出来るわけないですそんなこと!」
「このままではジリ貧じゃ、分かるじゃろ」
「でもっ………」

 その時、オレニスが姿を消した。
 なぜ?驚きと困惑が頭を駆け巡った。だが目の前の怪物はそれを待ってはくれない、長く鋭利な爪の一撃が頭上から迫り来る。だが、反応が遅れて避けられなかった。

「バカモン!」

 村長の貼った障壁が爪の一撃を防ぐ。流石は鉄壁というところだろうか、頭を切り替えて目の前の魔獣と対峙する。

「セイヤ君に何かあったのか、いや考えている場合じゃないな。さて何秒持つか」

 もしかしたら此処が自分の墓場になるかもしれないと、ボクは覚悟を決めた。



ーーーーーーーーーーーーー



「うわっ速えぇ!」
「主人様、しっかり捕まっててください。もう到着します」
「おっけ、手筈通り頼む」
「おまかせ下さい」

 森の中を高速で駆け抜けるオレニスに振り落とされまいと、俺は必死にしがみつく。男を行動不能にしてからすぐに俺たちはリトさん達の元へと引き返している。タイムリミットは10秒、それがオレニスが見立てたリトさんと村長が持ち堪えられる時間。
 だがこれはあくまでオレニスの見立て、もっと持ち堪えられるかもしれないし、逆にもっと早いうちにやられてしまうかもしれない。だからこそ出来るだけ早く戻らなければ、俺はあの人に世話になったし、これからもしばらく世話になるのだから。

「主人様!着きました。2人ともに生きています」
「よくやったオレニス、頼む!」

 瞬間、オレニスがとてつもない雄叫びをあげた。保有スキルの1つ、咆哮だ。本来格下の意識を奪う雑魚処理スキルだが、格上でも注意を惹きつけるくらいの効果はある。
 にしても鼓膜死にそう、それはリトさんも村長も例外ではなく2人とも耳を押さえている。キラーグリズリーはオレニスに完全に意識を向けている。今なら確実に決まる。

ーこのモンスターは使役可能ランク内です。テイムしますか?ー

「YES」

 瞬間青い鎖がキラーグリズリーを絡め取る。キラーグリズリーも対抗していたが、この鎖は物理的な拘束ではなくスキルによるエフェクトのような物なので解く事は不可能だ。だがあんまり暴れるモンだからマジでちぎれないか心配になる。
 しばらくすると青い鎖が砕けたり、キラーグリズリーも大人しくなった。そして目の前に現れる例の文章。

ーテイムした対象のステータスを確認しますか?ー

「YES」

個体名[キラーグリズリー]
 名称[????]
 ~固有スキル~
 進化の道筋
 ~ユニークスキル~
 無し
 ~保有耐性~
 斬撃耐性[B]刺突耐性[C]毒耐性[B]魔術耐性[B]
 ~保有スキル~
 「軽技」「筋骨増強」「魔衝」
 ~基礎能力~
 筋力[A]俊敏[D]知性[D]魔力[D]耐久[A]体力[A]

 く、くっそフィジカルモンスターじゃねぇか。しかも魔獣に発現する固有スキル。「進化の道筋」を持っている。まだそこまで知識があるわけじゃないが間違いなくレア個体だ。
 とりあえず名前は後でつけるとして、スキルを確認した。

「軽技」
俊敏性が上がる、発動中筋力は下がる。
「筋骨増強」
筋肉と骨が肥大化し強化される。発動中俊敏性が下がる。
「魔衝」
魔力を込めた打撃を放つ。使用者の膂力と魔力量に比例して威力が向上する。

 死ぬほどシンプルだが、死ぬほど強いな。フィジカルモンスターらしいスキルだわ、これは。

「セイヤ君!急に飛び出して来るから驚いたじゃないか!」
「いやぁ無事でよかったです。マジで」
「ハァ、一気に疲れが…………ボクは少し休むよ」

 そう言うと、リトさんはその場に座り込んだ。仕方ないだろう、危うく死ぬところだったんだから。すると村長が俺に話しかけて来た。

「この老骨も年貢の納め時かと思ったが………助かった、感謝する。しかしキラーグリズリーを手懐けてしまうとはな……」
「いやいや、村長さんも無事で良かったですよ」

 それからは少し休憩となった。その間に、俺はキラーグリズリーに「フィジル」の名を与えた。由来がフィジカルなのは言うまでもない。そして驚いた事がある。

「お前、メスなの!?」
「おうよ主人様、オレはメスだが?なんか文句あるかよ」
「あ、いや………ないです」
「後よぉ、なんでオレは襲われたんだぁ?俺は村人なんざ食っちゃいねーぞ」

 なんと衝撃すぎる新事実。つまり村人が襲われたと言うのもあの男が仕組んだことということだ。
 俺は村長に例の男の事と、フィジルが人を襲っていないと言うことを伝えた。村長も最初は疑っていたが、例の男の場所へ連れて行くと、納得してくれたようだ。
 俺たちは村へと戻って、村長が村人達を集め報告会が行なわれた。ちなみに逃げ出した男達は、俺たちが森から帰って来るなり頭を下げて謝った。責める事はしない、フィジルを前にして怯えるなと言う方が難しいからなぁ。
 村民は村長を全面的に信頼しているようで、疑う事なく納得してくれた。俺のことも受け入れてくれるとの事だ。数日後、王都の騎士団が来るよう村長が手引きした。そこで例の男のことを伝えるそうだ。
 精霊の森事変は、ひとまずこれにて一件落着。明日からは平和な暮らしが始まるのだ。

ーーーーーーーーーーーー

 翌日、俺は知らない天井を見つめながら目を覚ました。
 村長が、しばらくこの村で過ごすならばと、俺に使っていない住宅を貸してくれたのだ。家賃はなんとタダ!命を助けてもらったかららしい。これは儲け物だ。

「さて、仕事行くか」

 今日から図書館での仕事が始まる。仕事の内容は行ってから聞くことになっている。だが行く前にやる事がある、それは……

「オレニス、フィジル。いるか?」
「は、私はここに」

 すぐ目の前にオレニスが現れる。守護移動のスキルは、俺が召喚しなくても自発的に俺の元に来られるスキル。まさに守護って感じだな。

「で?あのフィジカルベアーは?」
「…………あー、奴は………」
「あー、いい。言わなくて……」

 多分、あれがそうだろ?あの魚ムシャムシャしてる影がさ。良い食べっぷりだよ本当、呆れる程に……………

「おはよう、フィジル」
「ムシャムシャ………ん?おう主人様ぁ!良い朝だな!」
「おう!……じゃねえのよ、それどうした?」
「あ?これは川まで行ってとってきた、朝から水浴びもできて最高だったぜ!」
「ああ……そうかい………」

 俺は考えることを放棄した。だってさ?このガタイだから物凄い食べるわけだよ、魚の量見ろよ、俺ドン引きだよ。でもオレニスも飯は食わなきゃだし?仕方ないんだけどさ。

「俺は仕事に行って来るから、オレニスと仲良く食えよ。ぜっっっっっったい喧嘩するなよ?」
「わぁってるよ!なんのためにこんなにとってきたと思ってんだ!」

 心配だなぁ。ほんと、頼むぞマジで。
 俺はチラチラとオレニス達を確認しながら図書館に向かった。



ーーーーーーーーーーー


「おはようございます」
「おはよう、今日からよろしくね」
「うっす」

 図書館に行くと初めて会った時と同じ格好のリトさんが居た。うん、やはりこちらの方が似合う。
 俺の仕事は蔵書の整理、村人への本の貸し出し、閉館後の掃除だ。今日はリトさんが手伝ってくれるが、明日からは俺1人。研修期間は短めだが仕方ないだろう。リトさんの両親は今王都に行っていて不在、普段手伝ってくれるという人達も最近忙しいらしいからな。

「開館は1時間後だ、開館前は軽く掃除だけすることになってる。セイヤ君は床の掃除を頼むよ」
「了解っす」

 俺は渡された箒で掃除を始めた。こう言う淡々とした作業は嫌いじゃない。何も考えず、静かに1人で歌でも歌いながら掃除するってのは中々良いものだ。

「あ、セイヤ君」
「はい?」
「君な年はいくつだったかな?」
「え?18っす」
「じゃあ敬語はやめてくれ、ボクは17で年下だし君は命の恩人だからね」
「え…………わかったー」
「うん」

 そう言ってリトさん………いや、リトは上機嫌で仕事に戻った。対して俺はと言うとちょっと混乱中。えー、リトって年下なのか…………この世界の人出来上がりすぎだろ。

「ひぇー、スンゲェなこの世界の発育」

 まぁどうと言うことはない、俺はこの世界で初めての友達が出来たのだ。その事実がなんだかやけに嬉しかった。この世界に来て俺が存在したという証拠を少し残せたような気がした。
 図書館を開館してからは、俺はリトとカウンターにつめていた。ぶっちゃけ暇なので、本を読んだりお茶を飲んだりしているらしい。俺は棚からこっそり抜いてきた本を読んでいた、魔術についての本だ。この世界に来てから俺はまだ魔術を見ていない。あの村長は魔術師らしいが先の戦いで俺は村長の戦いっぷりを見ていないので、目の当たりした時のため今のうちに知識を溜め込もうと思ったのだ。

「魔術と魔法は、全くの別物なのか…………その違いはなんだ?魔術師と魔法師のページ、これか」

 魔術とは、術式を組み替えることで魔力の形を変えて放つ術の事であり、そのため知性が高い種族は魔術を得意とする。放つ魔術の規模は当人の魔力量に比例し、その強度も同じであるらしい。つまり魔力量が魔術師としてのセンスて事だ。そう言う意味じゃ、俺は魔術師としての才能は人類最高クラスってことになる。
 そして魔法とは、術式を必要としない超常の力。規模こそ魔力量に依存するが、引き起こされる事象はこの世の法則を無視したまさしく神にも等しい力らしい。過去にいた魔法師は大地を変形させ、時空を変形させ瞬間移動を超えた速さで移動したらしい。
 魔法師は魔術師達が目指す人類の極地の1つであり、その間にはあまりにも大きな差がある、と、記述されている。

「なるほど、とりあえず魔法ってすげぇって事だな」
「セイヤ君、セーイーヤーくーん!」
「………え?」

 目の前には少し不機嫌そうなリト、どうやら結構呼びかけていたらしい。

「ごめん、なに?」
「なに?じゃないよ、君にお客さんだ。勉強熱心なのはいいことだけど、返事くらいしてくれよ?」
「………ハイ」

 カウンターに出て行くと1人の男が居た。若い男だ、多分俺やリトと同世代だろう。

「あんたは?」
「俺はこの村で狩人をやってる、セト・ガラニアってもんだ。アンタに頼がある」
「セト、彼は今うちで仕事中なんだ。後日にしてくれないか?」
「そうはいかねぇんだよリト、こっちは急用だ。本の貸し出しなんて1人でやれるだろ?」
「今は彼に業務を教えてるんだよ」

 あれー?なんかこの2人仲悪くない?なんでぇ?リトあなたそんな顔するんだなぁ、すんごいよそんな眉間に皺寄せたら取れなくなっちゃうよ?美人が台無しだよ??
 ピリピリの空気に耐えられない俺はすぐ仲裁に入る。だって怖いじゃん美形の怒った顔ってなんであんなに怖いんだろうね?

「聞くだけ聞いてみようよ、リト」
「……………はぁ、そうだね。で?なんだいセト」
「実は、先の事件のせいで獣達がここらから居なくなってよ。肉がねぇんだよ今、それで少し遠出して狩りに行こうってことになったんだが、荷物が多くて、それで……」

 なるほど、荷物持ちに俺が最適って事ね。オレニスとフィジルを連れていけば確かに便利だしな。だがここで働かせてもらってる手前、俺が行くのもなんだか申し訳ないな。

「じゃあ、オレニスを貸しますよ。俺とフィジルはここに残りますが」
「なに?お前が居なくても大丈夫なのか?」
「えぇ、俺が言い聞かせれば大丈夫でしょう。いつ行くんです?」
「明日の朝には出発だ」
「では今日帰って言い聞かせます。明日仕事に行く途中で立ち寄りますよ」
「…………わかった。よろしく頼む、正直かなり助かる」

 そう言ってセトは図書館を後にした。受け入れてもらえているのか不安だったが、こういう時に頼ってもらえるのなら大丈夫と言う事だろう。使われていると言えば聞こえは悪いが、こういうとこから繋がりは出来るのだ………と思う。

「ごめんね、急にあんな事を頼むなんて」
「いやぜんぜん、出来ることはやらせてもらう。彼とは幼馴染か何かなの?」
「ああ、セトとは小さい頃からよく遊んでいたよ。だが馬が合わない事が多くてね、喧嘩もよくしたものさ」

 幼馴染か、喧嘩が多いとはいえそういう存在は大切だと思う。俺には幼馴染なんていなかったからなんだか羨ましい。それにリトも幼馴染の前では年相応になるのだと、少し彼女のことが知れたようで嬉しくなった。


 少しずつでいい、少しずつこの世界に馴染めばいい。それがきっと、後に俺の助けになるだろうから。


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