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ある日裏山に敵機が落ちた。
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しおりを挟む図書館に向かって歩き始めていると、通りで色々な人々にすれ違った。米袋を運んでいる人、荷造りを手伝っている人、日傘をさして夕陽を眺めている人……でもどんな人々にも共通しているのは、誰も雁鉄さんのようには敵機の墜落に特段の注意を払っていないと言うことだった。僕はそのことが自然な反応なのか判断しかねた。
敵機が落ちてくるのは雷の壁が出来て以来、殆ど起こらない。歴史の授業ではそう教えられてきた。僕はまだ十数才程度だが、それでも雷の壁の頑丈さや閉鎖性を生活の中でひしひしと感じてきた。雷の壁は例え熊でも少し触れただけで感電して命を落としてしまうという話で、それもあながち嘘ではないように感じていた。
図書館は大きく、小さな山を背にして建てられている。特別な白い美しい色合いの石で建てられていて、入り口までには高い階段が付いている。それを登りながら、僕は落ちてきた敵機について束の間思考を泳がせた。
機械都市カザンと戦争状態にあるのは、遠くの国のマルファという農業国家だ。いつも平和で、温暖な気候と穏やかな気質の人々が暮らす、ただただ平穏な日々を享受するそれだけの民族国家だと聞かされてきたけれど、数年前からカザンはその国と戦争状態にあった。理由は分からない。本当に戦争状態にあるのかすらも分からなかった。軍事的な情報は徹底的な統制下にあって、僕らのような民衆に届いてくるのは聞き手にとっては好意的な話ばかりで、僕はそのどれも胡散臭く感じていたし、実際の所嘘ばかりだろうと思っていた。それ程耳に入ってくる軍の情報は偏っているのだ。
受付で文庫本を置いて、カードを提出する。顔見知りの美人な田村さんが笑顔で応じてくれた。
「これ、難しくなかった? 結構長かったでしょう」
田村さんは僕が借りていた表紙がなく擦り切れた文庫本を裏返して見たりしながらそう言った。僕は頭を掻きながら照れくさそうな表情を浮かべる。
僕の声は聞こえる。遠くから聞こえるみたいに。
「そこまで長くはなかったです。ただ書き込みがあったのが少し残念でしたが……内容はとっても面白かったです」
田村さんは笑顔になって言った。
「そう。それなら良かったわ。あなたぐらいの年齢でこういう本を読めるのってとっても珍しいことなのよ。誇っていいことだと思うわ、私は」
「ありがとうございます」
僕は頭を下げる。
「いえいえ。ところで、今日はどうするの? また借りていくの?」
僕は少し考えてから答えた。
「そうですね……今日はいいかな。宿題も溜まっているので。また来ます」
「そう。帰り道に気をつけてね」
「はい。田村さんもお気をつけて」
僕が借りていたのは、発禁処分を受けた禁書扱いの本だった。それを田村さんはこっそりと僕に読ませてくれるのだった。いつも図書館に毎日のように通っている僕に、特別に秘密を分けてくれるのだった。禁書扱いにされている書物は全て、ある特徴を持っていた。
空飛ぶ機械について。そして、それが禁止された経緯について。
機械都市カザンの現在の技術力では、空飛ぶ機械の発明は随分以前に為されたもので、今では軍事力の総合的な主力部分となっている。敵国の遥か上空にこっそりと侵入し、上から大量の重たい爆弾を投下する。そのようにしてこの国は少しずつ領土を広げてきた。好き放題かつての敵国の自然と文明を破壊しておきながら、自らの領土となった途端、焼け野原の状態に不満を溢すのだ。
何故今更になってこの空飛ぶ機械について発禁処分になっているのか、僕には分からなくて、それで何度も同じような本を借りている。しかしどれも似たような内容ばかりだ。古い、初期の頃のプロペラ型の飛行機が、かつて世界各地を自由に飛び、旅をしていたとされる記録。英雄譚とまではいかないが、この世界は基本的に自由に旅をすることが出来ないから、この記録は確かに貴重といえば貴重と言えるのだが、禁止する程とは僕には思えなかった。
ともあれ僕は発禁処分を受けた本を無事に返し終え、銃殺刑を免れた。他の本なら別だが、僕が借りる本がもしも軍関係者の目に止まれば、僕はその場で射殺されるだろうから。
図書館を出て、巨大な石階段を降りていると、離れた通りに茜が歩いているのが目に入った。どこか意気消沈しているような、元気がない様子だった。何となく気になったので、僕は近づいて話を聞いてみることにした。
茜は本当に元気がなさそうだった。
「どうかしたの?」
茜は俯いていた顔をちら、と上げて僕だと分かると、少しため息をついて言った。
「ああ、見てきたのよ。煙の上がっている所。そんなに遠くなかったわ。今はガキ大将たちが張り切って、壊れた機械の部品を運ぼうとしてるけど、やめておいたらいいのに」
僕はずっと気になっていたことを尋ねた。
「乗組員は無事だったの?」
茜は僕の言葉に反応したように、露骨に嫌そうな顔をし、更に肩を落として言った。
「いたわよ。乗組員は一人ね。でも、それが……子供だったのよ。どう見ても私達と年の変わらないような、男の子だったのよ。レバーを掴んだままで、ゴーグルをして……敵機なのかしら? 分からないけど、私は子供が空飛ぶ機械に乗っていたことがショックで、元気がなくなっちゃった。もし彼が私達を襲う目的で乗っていたんだとしたら……考えたくもないけど。私はとにかく、その子供が操縦席に乗っているのをそれ以上見ているのが耐えられなくて、走って逃げてきちゃった。
おかしいでしょう?」
僕は間を置かないで言った。
「茜らしいと思うよ」
茜は苦笑混じりに言った。
「あなたはそう言うわよね。でも、私が逃げ出したなんて、家族の人には言わないでよ。最悪逮捕されちゃうかもしれないんだから」
「そこまで厳密じゃないよ、軍も。でも噂は面倒かもしれないから、僕は黙っておく」
「ありがとう」
ところで、と、今は煙も全く見えていない機械が落ちた辺りを見ながら僕は聞いた。
「その操縦士は無事だったの? 子供だったってことは分かったんだけど。墜落してちゃ流石に……」
「ああ」と茜は言い、彼女も裏山の方を見て、それから通りを、それから病院の頭が見える遠くの方を見てから言った。
「あの子、まだ意識はあったの。頭から血を流してたけど、死んではいなかったわ。だから子供達が手を貸して、担いで病院まで連れていったみたい。途中で大人に遭遇して、そこからは車ね。今は軍人も病院に行ってる筈よ。ちょっとした騒ぎになってたから。私はさっきそこで車に運ばれていく彼の姿を見て、また走って逃げてきたのよ。あのさ、驚いたんだけど、大人達は全然驚いてないのね。敵機が落ちてきたかもしれないのに。頭から血を流してる子供ってことで騒いでたけど、敵国の兵士かもしれないからって騒いでる人達は一人も見なかったわ。どうなのかしら? 私の感覚が変なのかしら? それとも皆の方?」
僕は首を傾げながら、わざと分からないような振りをして言った。
「まあ、大人には大人の事情があるんじゃないかな……茜は茜の感覚でいいと思うよ。僕だって驚いたんだし。子供達は皆驚いて興奮状態で……。でもそれでいいと思うんだ。その子だって無事だといいね。でも敵国の兵士だと分かったら、その子はどんな扱いを受けるんだろう?」
「考えたくもないわ」
茜は重たい溜息を最後に吐いて言った。
「そうだね」と僕は言い、茜とはそこで別れた。夕陽が沈もうとしていて、赤紫色に光る山間の輝きが、徐々に白く、淡い青みを帯びていっているのが感じられる。こうして一日が終わっていく。敵国のものかもしれない空飛ぶ機械が近くの裏山に落ちても微動だにしない多くの人々と、一部の気にする人々。僕はどちらの部類に属するのだろう? 関心は恐怖を緩和する役割を持つが、茜のように知る必要のなかった事実を得ることで苦しみを帯びることもある。この世界ではそう珍しいことではない。
僕は街が白色のフィラメントに煌めき始めている中を、言いようのない寂しさと孤独感を感じながら、家路につき始めた。
山には最後の青紫色の輝きの名残があったが、やがて全てが消え、真っ暗闇に包まれた。
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