イヤゲモノには礼状を ~ サレ妻の子どもたちは幸せな未来を選ぶ ~

イチモンジ・ルル

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第1章 イヤゲモノ

お礼状

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 凉江は試し書きに使っている紙にペンを走らせた。最初からスッとインクがなめらかに紙に乗る。

 ――書きやすい。

 その心地よさが、胸の奥に絡まっていたわだかまりを、そっとほどいていくようだった。
 ふと手を伸ばし、明日投函するつもりだったはがきを取る。

 3本100円のボールペンで宛名を書いて、裏面に透と優奈がお礼の文章を書き、絵が得意な優奈が季節の花(水仙)を描いた。

 そこに新しいボールペンで書き添える。

 “お気遣いに感謝いたします。子どもたちは元気に育っています。時節柄、どうぞご自愛ください”

 滑らかなインクが、紙の繊維を静かにすべる。思わず見惚れてしまう。
 ――このペンで書くと、いつもの字が少しだけ凛として見える。まるで、昨日までより少し強い自分みたい。

 締めくくりに、今の名字だけを記す。
 それ以上の言葉は、もう必要ない。
 弁護士経由またははがきの礼状以外で、鈴木家……過去と繋がることはない。

 凉江は静かにはがきを戻し、子どもたちの方を振り返った。

「すごく書きやすい! ありがとう!」
「じゃあ早速……お母さん、僕、学童に出すプリントがあるんだ」

 渡された紙を見て、凉江は目を見張る。

「プログラミングの……えっ、中学生向き講座?」

「うん。今の受講料で追加できるって」
「お金のことはいいけど……難しくない?」

 透は、今日買ったばかりの本を涼江に見せながら答えた。

「ちょっと背伸びだけど、挑戦してみたくて……悩んでたら、中島先生がこの本を勧めてくれたんだ。さっきパラっと見たけど、意外と読めた」

 透は、今日買ったばかりの本を涼江に見せながら答えた。

「ちょっと背伸びだけど、挑戦してみたくて……迷ってたら、中島先生がこれを読むといいって。さっきちょっと読んだら、なんとなくわかりそうだった」

 その目は、自信というより、これからの自分にかける静かな期待を宿していた。

 ――このボールペンで書く名前が、子どもたちの未来に繋がっていくのね。

 涼江は胸に満ちた思いを、一本の線に込めるように、ゆっくりと署名欄にペンを走らせた。

 今のこの感動も、このボールペンなら余さず紙に残せる。そんな気がした。


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