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第2章 臆病な透が任務を開始するまで
イヤゲモノ
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「先生、お兄さんと私のこと、好き?」
――優奈……何てことを言うんだ!
透はあわてた。
しかし、中島は先に立ち直って、きっぱりと言った。
「好きだよ。クリエイターの後輩として、とても大切に思っている。いまは透さんはインストラクターの同僚でもある」
中島は優奈をじっと見た。可愛い女の子と言うより、頼もしい同僚を見るまなざしだ。
「マニュアルの挿絵に優奈さんが提供してくれたイラストも役に立っている。来週からグラフィックソフトの講習に来るんだよね」
「うん! 楽しみにしてる。でも、いまはその話じゃないんだ」
優奈は中学校一年生になってから急に大人びたまなざしを挑戦的に中島に向けた。
「先生、お母さんに告白するなら、ちゃんと誠実にしてください」
「えっ?」
中島が目を丸くする。血の気が引いた。
「どうしてそれを……まだ……でも……えっと」
「お兄さんと作戦会議済みです。もしフラれたら、すぐに引いてください。強引なのはダメ。イヤゲモノは絶対に認めません」
「……は、はい」
「それと、ちゃんと家事も手伝える人じゃないと、うちのママ、たぶん首を縦に振りません」
「は、はい……努力します」
中島は姿勢を正してうなずいたが、少し耳が赤くなっていた。
透は、妹の口調に笑いそうになりながらも、うなずいた。
「先生、僕らも応援します」
「ありがとう……がんばるよ」
「で、家事はどれくらい出来るんですか?」
……申告は、壊滅的だった。
「一緒に暮らすなら、これくらいは出来ないと!」
優奈は絵入りのリストを作った。そして中島を見て、にっこり笑う。
「私の誕生日が来月です。その日に、うちに来てください」
「分かった。このリストの家事を達成したことを、そのときまでにふたりに報告する」
中島は一度深呼吸してから、読み終えたリストを大切そうにしまった。
いちど、中島は「本業で取り組んでいるテーマ」について、透に概略を話してくれたことがある。
ものすごく真剣で、熱かった。
どうやら画期的な成果を上げつつあり、学会で報告のうえ、海外の雑誌に載ることが決まったそうだ。
まだ特許はとっていないらしい。つまり、新たな業績だ。
そんなに忙しくても、週に1回は学童クラブで教えている。
中島は「大切な息抜きなんだ」と笑っていた。
そのときと同じ顔で、中島はリストを読んでいた。
その日、帰宅した透は、夕飯のあと、母が洗った食器を棚にしまいながら、母の姿を改めて見た。
元気だし、有能だけれど、そのピンと伸びた背中に余りにも多くのものをひとりで背負っている母。
――みんなで、幸せになれるといいな。
口に出すことはなかったけれど、透はそう思った。
透も資料を作成し、中島との共有スペースに保存した。
任務、開始だ。
インストラクターになってから、中島と教材の検討をクラウドやチャットでしている。小学生のときは与えられなかった権限だ。
中島と透は、同僚だ。
それにこんな私的な交流をするのはコンプライアンス的にちょっと気が引ける。
――でも、クラウドの権限の許可を出してくれたマシンQWERTYの社長は「思春期なんだ。プライベートで中島さんに相談することがあったら、遠慮なく相談しなさい」と言ってくださった。僕が相談されているけれど。
チャットがポップアップした。
"ありがとう、頑張るよ。たとえお母さんに振られても、僕は透さんと優奈さんの『クリエイターの父』でいたい"
――父というより、賢いけれどちょっと不器用な兄貴分。それが今の先生らしいな。
透は返信する。
"中島先生は、ずっと僕の先生です。でも『クリエイター以外も父』になってくれる未来、一緒に掴みましょう"
透はクスクス笑った。
チャット画面に先生らしからぬ照れた絵文字が炸裂したのだ。
【終わり】
――優奈……何てことを言うんだ!
透はあわてた。
しかし、中島は先に立ち直って、きっぱりと言った。
「好きだよ。クリエイターの後輩として、とても大切に思っている。いまは透さんはインストラクターの同僚でもある」
中島は優奈をじっと見た。可愛い女の子と言うより、頼もしい同僚を見るまなざしだ。
「マニュアルの挿絵に優奈さんが提供してくれたイラストも役に立っている。来週からグラフィックソフトの講習に来るんだよね」
「うん! 楽しみにしてる。でも、いまはその話じゃないんだ」
優奈は中学校一年生になってから急に大人びたまなざしを挑戦的に中島に向けた。
「先生、お母さんに告白するなら、ちゃんと誠実にしてください」
「えっ?」
中島が目を丸くする。血の気が引いた。
「どうしてそれを……まだ……でも……えっと」
「お兄さんと作戦会議済みです。もしフラれたら、すぐに引いてください。強引なのはダメ。イヤゲモノは絶対に認めません」
「……は、はい」
「それと、ちゃんと家事も手伝える人じゃないと、うちのママ、たぶん首を縦に振りません」
「は、はい……努力します」
中島は姿勢を正してうなずいたが、少し耳が赤くなっていた。
透は、妹の口調に笑いそうになりながらも、うなずいた。
「先生、僕らも応援します」
「ありがとう……がんばるよ」
「で、家事はどれくらい出来るんですか?」
……申告は、壊滅的だった。
「一緒に暮らすなら、これくらいは出来ないと!」
優奈は絵入りのリストを作った。そして中島を見て、にっこり笑う。
「私の誕生日が来月です。その日に、うちに来てください」
「分かった。このリストの家事を達成したことを、そのときまでにふたりに報告する」
中島は一度深呼吸してから、読み終えたリストを大切そうにしまった。
いちど、中島は「本業で取り組んでいるテーマ」について、透に概略を話してくれたことがある。
ものすごく真剣で、熱かった。
どうやら画期的な成果を上げつつあり、学会で報告のうえ、海外の雑誌に載ることが決まったそうだ。
まだ特許はとっていないらしい。つまり、新たな業績だ。
そんなに忙しくても、週に1回は学童クラブで教えている。
中島は「大切な息抜きなんだ」と笑っていた。
そのときと同じ顔で、中島はリストを読んでいた。
その日、帰宅した透は、夕飯のあと、母が洗った食器を棚にしまいながら、母の姿を改めて見た。
元気だし、有能だけれど、そのピンと伸びた背中に余りにも多くのものをひとりで背負っている母。
――みんなで、幸せになれるといいな。
口に出すことはなかったけれど、透はそう思った。
透も資料を作成し、中島との共有スペースに保存した。
任務、開始だ。
インストラクターになってから、中島と教材の検討をクラウドやチャットでしている。小学生のときは与えられなかった権限だ。
中島と透は、同僚だ。
それにこんな私的な交流をするのはコンプライアンス的にちょっと気が引ける。
――でも、クラウドの権限の許可を出してくれたマシンQWERTYの社長は「思春期なんだ。プライベートで中島さんに相談することがあったら、遠慮なく相談しなさい」と言ってくださった。僕が相談されているけれど。
チャットがポップアップした。
"ありがとう、頑張るよ。たとえお母さんに振られても、僕は透さんと優奈さんの『クリエイターの父』でいたい"
――父というより、賢いけれどちょっと不器用な兄貴分。それが今の先生らしいな。
透は返信する。
"中島先生は、ずっと僕の先生です。でも『クリエイター以外も父』になってくれる未来、一緒に掴みましょう"
透はクスクス笑った。
チャット画面に先生らしからぬ照れた絵文字が炸裂したのだ。
【終わり】
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