Citrus 柑橘探偵

みのり

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2幕 時の廃れた研究室

1話 青い鳥

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 一体何なんですか、この状況。
 ポカポカ陽気のこんな平日に呑気に住宅街を散歩。全ての元凶は彼だ。

 住宅街に似合わない全身白コーデ、薄着でも良さげな気温に対して柚子色のマフラーを首に巻いている探偵、日向柚葉。 

 右手に川の水面に一輪の花が押し流されているのが見える。私がこんな状況に至る経緯も、この花のように拒否権もなく流されてだった。

 たしか、最初はこうだった……





「松原先輩おはようございます」
 いつものように朝から気を引き締めて部署のドアを開いて挨拶した。
「煩い」

 これもまたいつものように、机や書類の影から先輩に陰気臭い文句を言われる。挨拶は煩いくらい元気なのが丁度いいのに。
 室内を見渡せば至るところに缶、折った割り箸が突っ込まれたカップラーメンの容器、椅子を中心に霧散する書類の数々があった。
 それとタバコ臭い。全く男はこれだから、と窓を開けた。土埃でレールからシャリシャリと軋む音が聞こえる。

「寒い」「いい加減にしてくださいよ。休日の男子学生でもあるまいし!」

 ただ、先輩から何の反応もない。無視するとか、思春期の権化ですか。いつも怒っているのに私の怒りはいつも伝わらない。私に怒気がないのかもしれない。

 普段、ほったらかしておくと先輩が男子学生のように不機嫌な顔で窓を締めに起きる。その時、先輩の髪の毛が風で揺れ、癖の強い髪がバネのように伸縮する。それがやや、毎日の楽しみになってしまったのが唯一の救い。
 言ったそばから荷物を置く私の背に気配を感じた。ガラリガラリといつもに比べて優しく窓が閉じられる。そして、いつも閉めないように言っているブラインドまで下げた。

「何やってるんですか! いつも曇る心に日を指すためブラインドだけは閉めないでくださいって言ってるじゃな……」

 荷物を置いた私が振り返ると、そこにいたのは先輩…ではなく、先日の高校での事件を早急に解決し、生徒感の感情まで読み取った痴漢探偵がいた。

「え!松原先輩は……亡くなったの」
「勝手に殺すな。あと煩い」

 机の影から先輩が出てくる。隈が濃く、タバコ臭い。
「じゃあ何でいるんですか、貴方は」
 そして、私は飛びかかり連続パンチをバシバシと当てた。


 私のパンチは赤ちゃんのようにぺちぺちと彼の胸元に音を立てる。彼はあの時のように私の脇の下に腕を通して持ち上げる。

「今日は給料日なんだ。口座とかよく分からなくて直接貰いにくるんだよ」
「そそんなこといいですから、わかりましたから、早く私を下ろしてください!この痴漢」


 ジタバタして抜け落ちると、改めて彼に持ち上げられたのが恥ずかしくて落ち着くことが必要だった。極めて冷静に対処しようと思い直し、スーツの汚れを払い落とし椅子に尻をついた。

「今日は正拳突きしてこないんですね、意外です」
「意外ってなんですか」と言いながらも、パソコンに向かっている。

「探偵。金が用意できるまで奈津子と散歩してこ」
「え! 嫌ですよ。先輩と違って報告書を纏めないといけないんですから」

 松原さんが言い切る前に奈津子さんが断ち切った。そんな早く断られると傷つくなあ、せめて僕が一呼吸する猶予が欲しかった。

「俺だって、暇を持て余してるわけじゃないんだ。回ってきたんだよ、俺らのところへ。捜査一課管轄だった例の女児連続殺害事件がな……」
「なんですか、またお蔵入りですか。嫌になりますね、私たちは一課の尻拭いじゃないんですから」
「まあ、探偵が二課にいるからってものあるんだろうさ。美味しい蜜を吸えるのは二課のなかでも俺らだけだ、いいじゃないか」
「甘い蜜を吸うにも巣の膜を剥がさないとですから、簡単に言わないでくださいよ」

 僕がいても手余し者のようなので「じゃあ、一人で行ってきます」と言い捨てて部屋を出た。


「……奈津子、あいつが一人で警視庁を歩くと逮捕されるか、迷子になる。迷子の子犬を助けに行って来い」
「ええ……しかたないですね」と嘆息する。
「プリン用意してやるからな」
「本当ですか!」
 思わぬプリンに尻尾を生やして後を追うように部屋を出ていった。今思えば寝るために私を追い払う算段でしかなかった。


 ゆっくり歩く私たちを散歩する犬が追い越していく。
「日向さんどこまで行くんですか」
「どこだろうね」

 勤務中である私のことを気にも留めない。散歩だからこそ短時間に収めておきたい。これから書類の山の対処もしなくちゃいけないのだから。
 歩くたびに鼻腔をくすぐる彼の体臭。それは何とも爽やかで男の物とは思えない。そばにいるだけでリラックスしてしまい、空を見上げた。
 淡い水色のキャンパスに3羽の鳥が戯れてる。黒2匹に青1匹。

「あおいっぴき」

 幸運の鳥だ。そう思った私は彼のことを置き去りにして青い鳥を追いかけた。あまりにも美しく夢中だった。
 
「ちょっとまって」と微かに聞こえた彼の声も心にまでは届かなかった。


 奈津子さんが一人で住宅街を駆け抜けて行ってしまったので仕方なく僕も付いて行く。
 とはいうものの、体力の差が歴然ですぐに豆粒ほどに小さくなってしまった。見失いかけたところで彼女が止まったので、息を整えながら距離を詰めた。

「鳥は見つかったかい」
「はい、幸運の青い鳥です。とても人懐っこいです」
 鼻息を荒げて熱く語る奈津子さんの小さい手には、頬ずりをする青い鳥。ただ、その鳥には不審な点があった。


「血痕、返り血か」
「先程のカラスに傷つけられたものですね」
「その可能性は低いよ。その鳥の羽根には乾燥の始まった血が斑点をつけているが明らかに数時間は経過している。人間の他に一個体だけを数時間も執拗に攻撃する動物は数少ない。そして、住宅街にそのような動物は存在し得ないからね」
 先程のカラスによるものではない。
 更に返り血だとして、なぜ右半身に血が集中しているのか……鳥が与えた損傷によるものではないのか。

 奈津子さんが鳥をひと撫ですると、掌から旅立っていった。

「足にプラスチックバンドが巻かれていたね」
「え、気づきませんでした」
「無理もない、目立たないように青色だったからね。それよりも、君の手に付着しているのは液体金属のようだね。青い鳥の爪型と一致している。でもなぜ、液体金属を爪に付着させていたのだろうね」

鳥の行く先、その方向には一つの研究所がある。そこが次の殺人とつながる。
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