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2幕 時の廃れた研究室
3話 マーリン
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私が入室して最初に思われたのは「マーリン幻獣博物館」だった。数年前、ロンドンのアーティスト・アレックスが作り上げた架空生物の標本や骨格標本がネットを中心に話題を読んだ事があった。
その精巧な作りに世界各国のオカルト好きや好事家が品々が寄贈されたとする博物館を探した。確かに博物館は存在したのだが、実物と偽物との境界が曖昧になってしまい、今では「信じるかどうかはあなた次第」と雑に纏められてしまっている。
その話で唯一実在したのはアレックスが制作した芸術品の数々だけであった。私も非常に関心を寄せ公開されていた羽の生えた人形の妖精を凝視しては想像力の限り妖精の姿に思い馳せていた。そのせいで、のちの試験でボーダーラインに乗れなかったのだから恥ずかしい。
遺骨として作られた空想上の生き物が息を吹き返したかのように、この研究室のゲージにはたくさんの奇形動物がいる。
「この水槽の生き物ってマーメードにそっくりじゃないですか。実際見てみると顔が人間に近くて不気味ですね」
上半身が人間で下半身は完全に魚。ぜんしんが鱗で覆われ、掌には水かきがあり、背中にカサゴのような背鰭がある。そんな生物が水槽の中で立ち泳ぎをして双眸で睨みつけてくる。
「ああ、気味が悪い。正直こんなところに長居はしたくない。だから早く奈津子も手伝え」
タバコを切らすと口が悪くなる松原先輩は予想通り不機嫌だ。先輩が健康診断で喫煙を厳重注意され、禁煙に一念発起したけれど私が逐一タバコを手にとったことを注意しなくてはままならない。
常にピリピリと毛を逆立てているので癇癪を起こされないように私も仕事に集中する。
部屋の様子をくまなく写真に収めた後、退室していった二階堂さんに続くように他の鑑識も証拠品や遺体を運び出し、最後には二課の三人だけになってしまった。
松原さんは部屋の隅々まで検分し思案している。対して日向さんは遺体跡を一切眼中に入れずゲージ内の奇形生物を仔細に眺めていた。
ゲージに囚われた動物たちを見ていると今朝手のひらに載せた青い鳥が思われる。血をふき取ってあげることもできなかった、それに今頃また烏に襲われているかもしれない。
押収品の中にはいくつか凶器と思しきペティナイフが見つかったが、どれ一つ血のついたものはなく鑑識の結果を待つしかない。
被害者この研究室で動物ゲノムに関する研究をしていた川村愛美32歳女性。死因は首を鋭利な刃物で切られたことによる失血死、要は刺殺。
死亡推定時刻早朝4時から6時。発見時刻は8時、管理人・磯部克己(いそべかつみ)が定時の見回りをしている最中、彼女にしては珍しくドアを開放していたことから挨拶をしようとするも死体発見となった。
彼女は普段どおり昨日20時から篭もり研究に勤しんでいたそうだ。24時間運営で夜勤も珍しくないというが、玄関口の監視カメラ記録により死亡推定時刻にいた人物が5人に絞られたことが幸いだった。そして、今、その5人に事情聴取するべく各々の研究室に待機してもらっているところであった。
「ここには魅力的な生き物が数多いますがまた後で拝見することも可能でしょう。話を聞きに行きましょうか、松原さん方」
「ああ、現場ばかりを眺めていても思索も進まない」
日向さんはゲージの中にいる火鼠に手を振って、案内役としての私たちの跡をついて研究室を跡にする。
私が部屋を出ようとしたところ、入口側の壁に間隔、角度、寸分の狂いもなく整列し飾られていた集合写真に目がついた。しかし、飾られている順序は上段に2014、2017、2018、2019年、下段に2013、2015、2016、2020年と不規則。
花見だろうか、どれも同じ桜の樹の下で同じメンバーが写る。わずか数年後に死ぬことになると知らない被害者が満面の笑みを浮かべ、そこから時は止まったまま。
傍と見たときには先輩方の姿が見えなくなってしまい私は急いで後を追った。薄暗い廊下から明るいロビーに向かい、被害者の部屋が在する東棟から反対の西棟に移り、最奥の研究室でドアをノックした。東棟とは対象的に改修工事が施工されており、研究室全体を見ても事件現場だけ時が止まっているように改めて思う。
自動ロックが解除され、出てきた男性が金属工学者、日村直哉であった。
その精巧な作りに世界各国のオカルト好きや好事家が品々が寄贈されたとする博物館を探した。確かに博物館は存在したのだが、実物と偽物との境界が曖昧になってしまい、今では「信じるかどうかはあなた次第」と雑に纏められてしまっている。
その話で唯一実在したのはアレックスが制作した芸術品の数々だけであった。私も非常に関心を寄せ公開されていた羽の生えた人形の妖精を凝視しては想像力の限り妖精の姿に思い馳せていた。そのせいで、のちの試験でボーダーラインに乗れなかったのだから恥ずかしい。
遺骨として作られた空想上の生き物が息を吹き返したかのように、この研究室のゲージにはたくさんの奇形動物がいる。
「この水槽の生き物ってマーメードにそっくりじゃないですか。実際見てみると顔が人間に近くて不気味ですね」
上半身が人間で下半身は完全に魚。ぜんしんが鱗で覆われ、掌には水かきがあり、背中にカサゴのような背鰭がある。そんな生物が水槽の中で立ち泳ぎをして双眸で睨みつけてくる。
「ああ、気味が悪い。正直こんなところに長居はしたくない。だから早く奈津子も手伝え」
タバコを切らすと口が悪くなる松原先輩は予想通り不機嫌だ。先輩が健康診断で喫煙を厳重注意され、禁煙に一念発起したけれど私が逐一タバコを手にとったことを注意しなくてはままならない。
常にピリピリと毛を逆立てているので癇癪を起こされないように私も仕事に集中する。
部屋の様子をくまなく写真に収めた後、退室していった二階堂さんに続くように他の鑑識も証拠品や遺体を運び出し、最後には二課の三人だけになってしまった。
松原さんは部屋の隅々まで検分し思案している。対して日向さんは遺体跡を一切眼中に入れずゲージ内の奇形生物を仔細に眺めていた。
ゲージに囚われた動物たちを見ていると今朝手のひらに載せた青い鳥が思われる。血をふき取ってあげることもできなかった、それに今頃また烏に襲われているかもしれない。
押収品の中にはいくつか凶器と思しきペティナイフが見つかったが、どれ一つ血のついたものはなく鑑識の結果を待つしかない。
被害者この研究室で動物ゲノムに関する研究をしていた川村愛美32歳女性。死因は首を鋭利な刃物で切られたことによる失血死、要は刺殺。
死亡推定時刻早朝4時から6時。発見時刻は8時、管理人・磯部克己(いそべかつみ)が定時の見回りをしている最中、彼女にしては珍しくドアを開放していたことから挨拶をしようとするも死体発見となった。
彼女は普段どおり昨日20時から篭もり研究に勤しんでいたそうだ。24時間運営で夜勤も珍しくないというが、玄関口の監視カメラ記録により死亡推定時刻にいた人物が5人に絞られたことが幸いだった。そして、今、その5人に事情聴取するべく各々の研究室に待機してもらっているところであった。
「ここには魅力的な生き物が数多いますがまた後で拝見することも可能でしょう。話を聞きに行きましょうか、松原さん方」
「ああ、現場ばかりを眺めていても思索も進まない」
日向さんはゲージの中にいる火鼠に手を振って、案内役としての私たちの跡をついて研究室を跡にする。
私が部屋を出ようとしたところ、入口側の壁に間隔、角度、寸分の狂いもなく整列し飾られていた集合写真に目がついた。しかし、飾られている順序は上段に2014、2017、2018、2019年、下段に2013、2015、2016、2020年と不規則。
花見だろうか、どれも同じ桜の樹の下で同じメンバーが写る。わずか数年後に死ぬことになると知らない被害者が満面の笑みを浮かべ、そこから時は止まったまま。
傍と見たときには先輩方の姿が見えなくなってしまい私は急いで後を追った。薄暗い廊下から明るいロビーに向かい、被害者の部屋が在する東棟から反対の西棟に移り、最奥の研究室でドアをノックした。東棟とは対象的に改修工事が施工されており、研究室全体を見ても事件現場だけ時が止まっているように改めて思う。
自動ロックが解除され、出てきた男性が金属工学者、日村直哉であった。
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