Citrus 柑橘探偵

みのり

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2幕 時の廃れた研究室

8話 偽り

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 油性の砂時計が時を刻んでいた。東雲さんの研究室は実に整理されていて几帳面な性格であると伺える。僕は壁に貼られた川村さんとの2ショット写真を注視した後、丸椅子に腰を下ろした。
「私に訊くってことは私にも嫌疑が掛けられているわけよね。でもお生憎様ね、私は昨夜たしかにこの研究室にいたけど、扉なら締めていたわ。ログが残ってるでしょうから、確認なさい」
 高飛車に言いながらもコーヒーを出した。しかも、インスタントだから美味しくないけど許して、と謝辞を入れる。

「ありがとうございます。確認します。まず、川村さんとの関係を聞かせてください」
「大した関係なんてないわよ。せいぜい同僚止まりじゃないかしら。職業柄、半端な覚悟の女性はみんな辞めていくから女性の同僚が少なくてね。一緒に飲みに行ったり、たまにお互いの研究室に愚痴を言いにいったりとそのくらいの仲よ」
「今までお話を聞いてきた人達と比べると随分、川村さんと中が良いのですね」
「他の男どもはオタク気質が強くてコミュ障なだけよ。それから私は彼女を好きじゃないわ」
おもむろに彼女はティッシュを取り出し、皺を丹念に伸ばし始めた。

「それは何で?」
 眉間にシワを寄せ、奈津子さんが問う。
「川村のほうが私より早く出世してるからよ。私はね、早くめでぃあで取り上げられて、有名になりたいのよ。承認欲求が強いのよ、私。だから強欲な承認欲求を一度でも満たしてみたいの、私の夢なのよ。だから彼女のような秀才は邪魔なの。死んでくれたのは私のキャリアにとってはありがたいわ」
 彼女は晴れやかに腕を広げ、笑みを浮かべた。

「でも、彼女といると吸収できるものがあるのも確か。だから関わりを持つ。そうすることで吸収できるものもあるでしょう?」
 コーヒーを一口すする。普段より苦く感じるため、彼女に何かもられたのではないかと錯覚する。
「だから、残念なのよ。彼女がいなくなったのは……」

 彼女はしんみりと呟き、鼻をかむ。
 夏子さんも僕も言葉をなくしコーヒーを飲むしかなかった。無言が続いた後、東雲さんはタバコに火をつけた。指先の紫に艶めくネイルに目がつく。

「まあ、悪かったわね、変な空気にしてしまって。たしかに彼女に対する恨みつらみは募ってるけど、この私にそういう感情を募らせたのだから彼女のほうがウワテなのよ。だから、私が彼女を消しても私自身の得にならないの。あなた達が欲しい情報は私の私情じゃないわよね」
 そう言うと、彼女は次のように語った。

「川村の彼氏は知ってるかしら。朝比奈って男なのだけどね、川村とのデートには遅れてくるらしいし、研究室に押し寄せては無駄に時間を過ごすらしいわね。彼女がせがんでもセックスなんてさせてくれないって言うし、彼氏の家には一向に入れさせてくれないって言うし、本当に彼女のことを愛しているのか、分からないのよ。嫌な男ね。嫌な男といえば、所長も彼女に対しては大概よ。彼女の部屋だけ他の部屋と違って改修されてないでしょ。彼女はね、今でこそ、この業界で名を馳せる研究者だけどね、それは改修工事の時期の研究を絶やさなかったからなのよ。彼女は研究に没頭するにあたって予め所長に期間を提示してたのね、回収する話は何年も前から出てたからブッキングしないように手を回してたの。でもね、飲み会で所長は、『どうせ失敗する』とかなんとか言って改修を強行したのよね。彼女は意地でも退かなかったものだから、あの部屋だけはそのままにして改装したの。彼女はこの研究所じゃ、煙たがられてるの。可愛そうよね。受ける憎悪の殆どが男どもの研究の上手く行かない腹いせ。八つ当たりなのよ」

 話し終わる頃にはタバコが燃え尽きており、大して吸えなかったわ、と一本新たに加えていた。
 
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