Citrus 柑橘探偵

みのり

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2幕 時の廃れた研究室

7話 ワケアリ

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「松原さんはタバコを吸いたくて一人にしてくれと言ってきたのでしょうか。僕の見立てでは彼の禁煙には貴方が一番貢献していることだと思うのです。奈津子さんのお願いですからそう簡単には破りはしないと思うのです」
 下降するエレベーターの中で日向さんは的確に私の関与を指摘する。
「ええ、大丈夫ですよ。あの人はタバコを吸わないと少なくとも私がそう信じています――あの人は警視庁で誰よりも後輩思いですから」

  私はエレベーターの天上に視線を送ったあと、首を横に振った。 
「松原先輩が一度禁煙に失敗したヘビースモーカーであることは変わりません。ですが、一度他人とした約束を破るような薄弱な人間でないことにも変わりありません。なので、今頃はタバコに火をつけて、それを眺めて我慢してることでしょう。でもすぐに思い直して、書類を真剣に読み始めますよ」
「ふっふふ。松原さんのことをよくご存知なのですね、羨ましいですよ。僕にも母のように何でもお見通しな人と親しくなりたいものです」
「何言ってるんですか。松原先輩という男が極めて単純でわかりやすいだけの話ですよ。それに日向さんも私にとって親しい人です。後は日向さんが私を信じてください……少し悲しいです」
 
 頭を垂らし、より一層背丈が短く見えてしまう。そんな私が惨めで、すぐに面を上げ笑顔を取り繕った。いつもにこにこと他人を不快にさせない日向さんが普段しない表情を見せる。はっとした私は掌を強く握り爪を強く食い込ませた。それから、笑顔で日向さんの腕を握って日向さんが戻ってくるのを待った。
「ごめんなさい。僕が信じれるようになるのをまだ待っててほしいです」―――――――蟠りが多すぎる。
「もちろん、いいですよ。さあ、次の事情聴取に行きましょうか」

 私たちは2階でエレベーターを降り、東棟に向かった。次の被疑者研究室は被害者の部屋の真上に在しており、階段もすぐ近くにあるため犯人である可能性が五人の中でも群を抜いて高いということになる。
 2階も奥へ進めば進むほどに警視庁の資料倉庫と同じように陰湿になり、薄気味悪い。倉庫は古紙の匂いが充満しているが、此処ではアルコール消毒を施した嫌な匂いがする。お酒が好きでない私にとって、アルコールはさらに嫌いだった。

「さあ、この部屋ですね。女性の方だそうです。私との初対面のときのような行動は取らないでくださいよ? 痴漢」
「もちろんしませんよ。あれは訳ありでしたから」
「痴漢にワケアリもなしも有りませんから!」
 わたしがドアをノックしようと拳をかざした刹那、ドアが向こうから開いた。中から、紫色の唇をした背の高い方が顔を出した。
 研究者の地味なイメージとは対照的な奇抜な格好で拍子抜けした。

「煩いんですけど……もしかして、警察の方ですか?」
「はい、煩くしてすいません。捜査2課、渡辺奈津子です。亡くなった川村さんについて捜査協力をおねがいします。こちらは探偵の日向柚葉さんです」
 効かれることを先読みして、日向さんのことも紹介しておく。ひなたさんは軽く会釈をして、奇抜な彼女の格好に見入っていた。
「どうも、東雲明希。私の研究時間を割いてるんだから、一刻も早く犯人捕まえなさいよ。安心して研究できないわ」
 ため息を私に吹きかけると彼女はへやのおくへと入っていった。

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