盲目の人生

秋雨 空

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盲目の夢

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白い漆喰で塗りたくられた、やや凸凹の目立つ家壁に背を持たれるとふいに、向かいの一軒家の窓に目がいった。

家の壁に合わせて赤く塗られた木製の出窓で、三角の小振りな屋根がついており、窓の縁には彫り込みの細かい紋様が浮かんでいた。

格子状に白い枠が窓の部分に組まれ、その間から中の様子が伺える。

天井に吊るされた古式電灯の暖かみある暖熱色に照らされた、齢のいった老人が外の景色を眺めるために、窓辺に備え付けた安楽椅子に腰掛け揺られながら、微かな息遣いで眠っているのが覗き見えた。

いや、ここから見たら静かで平穏な光景にも見えるが実際は、排気筒の外された大型二輪車並の桁外れの鼾をかいているのかもしれないのだが、音がもたらす知覚を削られただけで大分印象が変わるものだ。

すると、窓の切れ間からニュっとなまっ白い細い腕が伸びてきて、老人の横に置かれたチェストボードの上に湯気の立つマグカップが音もなくそっと置かれた。

少なくともあの老人には家族がいるようだ。

そう思うと、何だか心の奥深くが温かくなったように感じた。

総白の老人になってまでも、孤独に苛まれていたらと何だか虚しい心地がしていたのだ。

そのような人生の路面を歩み続けている私にとってその思いは自分が抱いている感覚よりも、よりずっと大部分を占めているような気がする。

ややあって、白い腕の正体が姿を現してくれた。

頭のすっかり禿げ切った7歳くらいの小さな子供であった。

ダボついた深緑色のタータンチェックのガウンを着込んでいる、そのせいで大柄の体躯をした大人が子供の大きさまで縮んでしまったかのようにも見えた。

少し距離があるせいで鮮明には見えないのだが、どうやらあの子は眉毛までも生えていないようだった。

見事なつるつる顔という訳だ。

子供は老人の傍らに立ってその寝顔を覗き込み、ちゃんと生きていることを確認すると両手で方を揺さぶって、老人を華やかな死地の境界から助け出した。

少年の口元が大きく動くのがここから見えた。

私には、子供と老人の会話がこのように読み取れた────

「どうしておじいちゃんは歳を取っているの??」

「それはな、時間の奴に裏切られてしまったからだよ。本当はずっと歳を取らなくて済むはずだったんだが、わしは1度奴にほんの些細な嘘をついてしまってな。お前はちゃーんと、奴との約束事を守って仲良くやらなきゃいけんぞ。」

「それじゃあ、どうしておじいちゃんの髪はそんなにフサフサで真っ白いの?」

「わしの髪が白いだって?こいつはたまげたな。わしの髪は雨上がりの虹のような七色じゃよ。心の実った者だけが見える、美しい七色じゃよ。お前にはまだそうは見えないかもしれないな。」

「じゃあじゃあ、どうしておじいちゃんの鼻はひしゃげて曲がっているの?」

「天界に住む権利を与えられた者はな、鼻がどんどん短くなっていくんじゃ。そして嘘ばかりつく悪しき者の鼻はどんどん伸びていく。わしみたいなどっちつかずの人間は、上にも下にも行けなくて困った鼻が曲がりきってしまうんじゃよ。わしの鼻がくしゃくしゃなのはそのせいじゃな。」

「それじゃあそれじゃあ、この世界を作った人はどんな人なの?」

「それは勿論このわしじゃよ。この世界はわしが、18日かけて創り上げたんじゃ。1日目に1粒の塵を選び出し、2日目にそれを叩いて引き伸ばし、3日めに今の大きさまでコロコロ丸めてな。 4日めと5日めでわしの耳の穴にしまって温めてから6日めから9日めまでは目の中に入れる。ここまでで漸く大地と海の完成じゃ。10日めからは、いよいよ大作業の始まりじゃ。小指と親指を使って凸凹な形に整えて、数々の島を上手い具合に配置せにゃならん。近すぎては戦いを起こしてしまうし、遠すぎると仲良くなれん。大きすぎては欲張りになるし、小さすぎると媚へつらってしまう。ちゃんと皆のことを思いやって創る事が1番大切なんじゃ。大方の均衡が取れたら1日間開けて様子を見るのじゃ。適切に配置されていたら、後は彼らが勝手に動いてくれる────やがて大気は赴くままに飛び交い、雄大にそびえ立つ猛々しい山脈を削り、そこへ穏やかで不変的な大海原から運び込まれてきた沢山の雨水が注ぎ込む。一滴の水は依り集まり斜面を流れ、行く末は遥か彼方の大河へと注ぎ込むのじゃ。12日目は植物を植えた。初めは1粒の種だった物が、何処までも続く広大な森へと生まれ変わって行く様は、思わず清らかな涙を誘う光景じゃったよ。13日目と14日目に、数えきれない種類の生き物を造った。脚が16本ある者や頭が身体よりも大きくて、いつも地面に倒れ込んでしまう者まで実に沢山な。より一層変わった見た目のものがいいんじゃ。他より目立つちょっとへんてこりんなやつ程、他の物を愛する力に長けているからの。じゃから、人間は生き残ることが出来たんじゃろう。こんなツルツルで柔らかくて暖かい生き物は、ちょっと他に居ないからの。15日目には、全ての生き物の均衡が取れているかどうか、また様子を見なくてはならん。じゃが、これは良い結果になっても悪い結果になっても、有り様を受け入れなくてはならんのじゃ。そこで、多くの種類の生き物が死んで行ったよ…。わしが息子のように愛した者達が、土塊になっていくのをただ見ているのはこの上なく辛い事じゃったな…。せめてもの餞に、彼らの亡骸を大地の砂や岩に変えてやることくらいしか、わしには出来なかった。16日目と17日目には、月と太陽を創った。どちらもわしの目玉を使ったんじゃ。近くに丁度良い大きさの物が無かったのでな。それにわしの目玉を使えば、いつでも愛すべき者達を見守る事が出来るからの。彼らに光を願われた時にちょっと思い付いたのが成功したんじゃな。そして今日が18日目になるのじゃ────」

「そんな!それじゃあ、あと1回お日様とお月様がひっくり返っこしたら、この世界はどうなってしまうの?」

「大丈夫じゃよ、大丈夫。何日ひっくり返っても、ちゃんと明日は来るのだからね。」

そこで老人が、子供を抱き抱えるように膝の上に乗せた。

「ふーん。おじいちゃんって、へんてこさんなんだね!」

「そりゃあもちろん!お前のおじいさんだからのう。」

────こんな風に、2人のかけがえのない大切な時間を、一介の庶民である私に共有する権利を与えられた事が、とても誇らしかった。

そしてまた、誉高かった。

窓からのぞく2人は、互いに身を寄せあい、身振り手振りを交えて楽しそうに笑っていた。

いつまでもいつまでも、幸せそうな笑顔を浮かべていた────
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