その後も幸せに暮らしました

山吹レイ

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訪れた春と探し人

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 半年が経ち、長い冬が終わった。気温は氷点下を下回る日もなくなり、雪が降る日もほとんどなくなった。
 風はまだ冷たかったが、日差しは柔らかで温かく、家にこもってじっとしていることがもったいなくなるような快晴が続いていた。
 雪解けが進んでいたある日、キキと一緒に外でボールを投げて遊んでいるとクリフトンが訪ねてきた。
「こんにちは。シノさん。キキも元気だな」
「こんにちは。今日も気持ちがいい日ですね」
 キキは挨拶がてらクリフトンに駆け寄ってジャンプしている。
 半年も経てば、キキもさぞ大きくなっているかと思っていたが、サイズは子狐のまま、変わっていない。
 食べる量も増え、比例して体重も増えて毛艶もよくなったのに、成長していないのが不思議だった。小型犬のようにあまり大きくならない品種なのかもしれない。性格は以前と変わらずやんちゃで元気いっぱい。天気がいい日は、ずっと外を走り回っている。
「実はな、今酒場に騎士団の人が来ていてな。人を探しているらしい」
「人ですか?」
 騎士団の人がこんな場所まで来るなんて、ただことではない。犯罪者かそれともやんごとなき人を探しているのか、頭の中で色々な想像が駆け巡る。
「王都からわざわざここまで探しにきたそうだ。訊けばシノさんのことのようで……」
「俺ですか!?」
 まさか自分のことを探している人がいるとは思わなくて、驚いた声をあげる。
 基本ソロの俺はゲーム中に知り合いはいない。ましてNPCの知り合いなど……クリフトンのようにクエストを受けて名前を知った人はいたが、騎士団などかかわったことがない。
「心当たりはあるのか?」
 クリフトンの戸惑う声に少しだけ緊張が滲んでいる。警戒心を抱いているのだと察して、すぐに首を横に振る。
「ありません。でも、俺に用があるならすぐに行きます」
 親しくなった人に疑われるほど悲しいものはない。
 街に行った際も、大きな家に一人で暮らしていることに驚かれた。てっきり所帯を持ってこの地に越してきたのだと思われていた。
 俺にとって何気ない行動でも、他の人から見たら怪しいと感じている可能性もある。例えば、王都で悪いことをしながら荒稼ぎして、そのお金で家を建てて逃げるようにこんな場所で暮らしているとか。そういったでたらめな噂話を一度だけ聞いたことがある。
 考えれば考えるほど、嫌な思考にはまる。
 とにかく、この身の潔白を証明するために一刻も早く、その人物に会わなければならない。
 キキを連れて、クリフトンと一緒に酒場に向かった。
 酒場に行くと、多くの街の人が集まっていて、ちょっとした騒ぎになっていた。
 その中に見慣れない格好の大きな男がいる。襟のついた青い服はいかにも隊服といった格式ばったもので左肩に獅子の紋章がある。腰には大きな剣を差し、背中にも大盾と弓を背負っている、明らかにこの辺にいる男たちとは風体が違った。
 俺を見るなりその大柄な男の目が驚いたように見開かれた。
「ようやく会えた」
 そう言って男は俺に近づく。浅黒い肌に黒い髪、近づくと瞳も黒いのがわかる。それに大きい。威圧感すら覚える大きさだ。
「えっと……」
 思わず後ずさりした俺は、困惑して周囲を見回す。まったく知らない人だ。悪いが探している人は俺ではない。
「覚えてないのか?」
 俺の反応を見て男は愕然とした声をあげた。
「すみませんが、存じ上げないです」
 失礼のないように言うと、男はあからさまにがっくりと項垂れる。
 無精ひげが浮いた顔を手で覆ってしまった姿は、見ているこちらが申し訳なく思うぐらい悲しみに溢れていた。
 街の人たちは互いに顔を見合わせてこそこそ何やら話している。
 俺が怪しい人物ではないとわかったからか、それともこの男があまりにも憐れに思ったのか「シノさん本当にわからないのかい?」と声をかけてくる人もいた。
 無言で首を横に振ると「そちらの騎士様……人違いじゃないのか?」と別の人が助言してきた。
 鈍い動きで顔をあげた男は「彼です」と俺を見つめきっぱりと断言した。それから男は懇願するように頭を下げた。
「二人で話がしたい」
 ここまで言われたら断ることもできずに頷いた。
「わかりました」
 俺の家には連れて行けないし、場所という場所もないから酒場の隅の席で向かい合って座る。
 一緒に連れてきたキキは、酒場にいる人たちの間を愛想よく歩いては頭や体を撫でてもらっている。もうこの街のアイドル的存在だ。
 男はどうやって話せばいいのか悩んでいる様子だったので、まずはこちらから挨拶をする。
「俺はシノと言います」
「俺はガイアだ。友人たちはガイと呼ぶ。王都で騎士団を務めている。君はその……王都で踊り子をしていたよな?」
 質問というより確認に近い。警戒心を抱きつつ慎重に答える。
「ええ。王都でよく踊っていました」
 ほっとしたように、男……ガイアは微笑んで話し出した。
「去年の夏、王都の酒場で君が踊っているのをはじめて見た」
「それは……ありがとうございます」
 なんだろう。まったく話の流れが見えない。踊り子は別に偉くもないし、たいした職業でもないのに、ガイアはうっとりとした表情で褒めたたえる。
「とても美しくて感動した」
「そう言っていただき……嬉しく思います」
「いつもはそんなことしないんだが、そのときの俺はどうしても話がしたくて、ステージから下りた君に近づいた」
 ん? と俺は首を傾げる。王都の酒場で隣に座った男が確かこんな風貌をしていたような気がする。
「そこで君は隣に座った俺にしなだれかかってきた。触れても嫌がらないから、そのまま宿を取って寝所を共にしたんだが……それも覚えてないのか?」
 俺は口元を押さえたまま、ガイアから目を逸らした。酒に酔って、セックスをしてしまった、あのときの男だと瞬時に理解した。
「朝、君はいなくなっていた」
 ガイアの淡々と話す声は責めるような声音ではなかったが、落ち込んでいる様子は窺える。
 俺にとって、男と関係を持ったことは一晩の過ちだった。言い訳をすると、酒に酔っていて相手が誰かも何をされていたのかも正直わかっていなかった。それと、ログアウトできずに混乱していたし、考えることが多くて、男の存在などすぐに忘れてしまった。それ以上にやらなければならないことがあったからだ。
「すみませんでした。少し混乱していて……あなたのことは起こさずに宿を出ました。それとフェアリースノウに行く予定もあり、急いでいたので時間もありませんでした」
 どういうつもりで俺を探してきたのかは知らないが、とりあえず説明をして謝る。
「俺を嫌いになったわけではなかったのか?」
 まっすぐな質問にたじろぐ。
 嫌いも何も全く知らない男だ。名前と職業だけで好き嫌いは判断できない。
「それじゃ、騎士様は共寝をしたシノさんを探すためにここまで来たのかい? 情熱的だねえ」
 俺が答える前に、給仕をしていた女性がそう口を挟む。街の人は気さくであけすけに言う人が多い。俺の性事情など知らなくてもいいことを明らからにされて、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
 対してガイアは羞恥心などないようだ。突然入ってきた女性に対しても穏やかに話した。
「彼のことは本当に何も知らず、探すのに苦労した。誰も踊り子という他にどこから来たのかどこに住んでいるのかすら知る人はいなかった」
 ぎくりと体を竦ませた俺は、どう取り繕うか必死に考えていた。ゲームのプレイヤーのことなど誰も知る由もない。オーバーレイオンラインに住所なんてないも同然。あるのはログインかログアウトだけ。
 給仕の女性は俺とガイアの前に水が入ったグラスを置いた。
「シノさんはここに家を建てたからねえ」
「そう聞いた。丘の上に大きな家があると」
「シノさんも情を交わしたのにこんな色男を置いていったのかい? 罪な人だねえ」
「えっと……」
 俺が口を挟む間もなく、ガイアと給仕の女性は会話を続ける。
「俺が悪かったのかもしれない」
「そういうんじゃないと思うよ。シノさんだって訳があるのかもしれないし」
 そこで会話が途切れて、ガイアと給仕の女性ばかりではなく、耳を欹てていただろう酒場にいた人たちの目が一斉に俺を向く。
 俺が何を言うか、誰もが注目しているのだと知って、慌てて口を開く。
「あ、あんなことはじめてだったし、気が動転していたんだと……思います」
「男心を手玉に取ってどうこうする人じゃないよ。シノさんは。どっちかというとのんびり屋さんでちょっと抜けてるところもあるどけね」
 隣のテーブルにいた男性がさらに間に入ってきた。
「俺そんなに抜けてないと思うんだけど」
 ぼやくと、周囲から笑い声がもれる。
「でも、ここまで追いかけてきて、騎士様はシノさんとどうしたいのかな? つまり……何かしたいからここまで来たんだろう?」
「求婚を」
 即答したガイアはあり得ないことを言い出した。
 一瞬酒場はしんと静まり返り、次の瞬間一気にわいた。口笛やはやし立てる声が鳴り響く。
「あのですね……俺にも色々と事情というものがありまして……」
 俺の呟きは誰にも聞こえない。
「シノさん! よかったじゃないか!」
 給仕の女性は笑顔で俺の背中をばしばしと叩く。
「結婚を申し込まれたんだよ!」
 付き合っている相手ならまだしも、知らない人から求婚されても困るだけだ。というかするわけがない。
「いや、俺はしないですよ」
「どうしてだい?」
 不思議そうな顔で給仕の女性は俺を見る。まるでこちらが間違っているかのような錯覚に陥ったのは、彼女ばかりではなく周りの人たちも驚いていたからだ。
「結婚って好きな人同士がするものでしょう」
「夫婦になれば自然と心は寄り添うものさ。私だって、旦那とは会ったことがなかったのにいきなり求婚されたんだよ」
「それで結婚したんですか?」
「そうだね。嬉しかったよ」
 恋をして互いの人となりを知り、この人と一緒にいたいとかそんな感情の先に結婚があるものと思っていた。だから困惑しかなかったのだが、この世界では結婚を申し込まれること自体が光栄なのかもしれない。
 どうしようか悩んでいると、目の前にいるガイアは可哀想など落ち込んだ。
「俺とは……結婚できない?」
 周りの人の目が俺を責めるように見ている。まるで俺が非情な人だと思われているような視線に、言葉を濁してしまった。
「その……えっと……」
「あんなに俺の腕の中で甘えてくれのに」
 なんで公衆の場でそんなことを言うんだよ、と叫びそうになるのを堪えて、どうしたらガイアを傷つけずに結婚を断るか考える。
「シノさん……」
「騎士様はわざわざシノさんのことを探してここまで来てくれたんだよ」
「こんなにも好かれて幸せじゃないか」
「結婚っていいものだよ」
「あんなに大きい家に一人で暮らして寂しいんじゃないかい?」
 多角方面から言葉による集中砲火を浴びせられて、参ってしまう。完全にこちらが悪者だ。
「結婚できないというなら、その理由をきかせてほしい」
 ガイアは諦めるどころか、真面目な顔でそんなことを問うから、俺も咳払いして背を正して向き合った。
「あなたとはほとんど初対面です。どんな人かもわからないし、俺と気が合うかどうかもわからない」
 それを聞いてほっとしたようにガイアは頬を緩める。
「それなら一緒にいれば、おのずとわかってもらえるはずだ」
 すると、また誰かが口を挟んできた。
「騎士様、一緒に暮らすなら、シノさんを連れていくのかい?」
「それは……どうしたらいいだろう」
 腕を組んで考え込んだガイアに向かって、俺はきっぱりと告げた。
「俺は行きません」
「なら、俺がここで彼と一緒に暮らす」
 驚くような決断の早さだった。
「でも騎士様、ここからは王都には通えないし……」
「騎士団は辞める」
「騎士様、もったいない」
「そうでもしないと彼と一緒になれないなら、そうする」
 この流れは否が応でも結婚しなきゃならない流れになっている。
「素晴らしい騎士様だね。シノさん」
「で、いつ結婚するんだい」
「できれば早めに。その前に王都に戻り、騎士団を辞める旨を話してくる必要がある」
 街の人とガイアの間で話がとんとん拍子に進んでいく。俺は一言も結婚すると言っていないのに、完全に結婚することになっている。
「あ、あのー……」
 口を挟もうとしても、誰一人俺のことなど見ていない。
「じゃあ、また時間がかかるねえ」
「いっそ、今すぐに結婚すればいいじゃないか」
「それがいい」
「ほら、シノさん。行っておいで」
「え? え? え!? 何、今!? 結婚すんの!?」
 あれよあれよという間に、俺はガイアと共に教会に行き、署名にサインして結婚してしまったのだった。
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