20 / 20
戦いの後
しおりを挟む
「シノ! シノ!」
名前を呼ばれて、ゆっくりと目を開けた。
ガイアが泣きそうな顔で覗き込んでいたが、俺が瞬きをするとほっとしたような顔をして涙を落とした。
「早く! ポーションを!」
ガイアが叫ぶと、誰かが「これだけしかないんだよ!」と答える。
側にいたクリフトンが力強い声で話しかけてきた。
「シノさん! 気をしっかり持つんだ!」
力がまったく入らない。瞼を開けていることすら億劫で静かに目を閉じると、また「シノ!」と大きな声で呼ばれた。
「俺を見ろ! シノ!」
瞼を押し上げようとするが、もう重くて目が開かない。意識も曖昧に溶けて、自分の体の感覚すらなくなる。
突然口に何かが流れ込んできた。苦しくて噎せたら、一気に胸の痛みが襲ってきた。胸だけでなく体中が痛い。
「飲むんだ。ゆっくりでいいから」
痛いから飲みたくないのに、口をこじ開けられて強引に中に入ってくる。
曖昧になっていた意識も痛覚に引きずられるように蘇ってきた。周りのざわつきも聞こえてきて必死に目を開ける。たくさんの人が俺を取り囲んでいるのを知った。
キキはどこにいるのか、心配になって「キキ」と呼ぶ。
「キキは大丈夫だ。いつもハーブ水を飲ませていただろう? 回復が早くてもう動ける」
「よか……た」
「これが最後のポーションだ」
ガイアが自分の口に入れてから、俺の唇に重ねてゆっくりと流し込んできた。
「よし……ちゃんと飲めたな」
「医者はどのくらいで来る?」
「まだわからん」
「今は……で……だから」
人々の話声を聞きながら、目だけで視線を巡らせる。人が集まっていた隙間から死んだモンスターの姿が見える。
体の内側から楽になっていくのがわかる。ポーションが体内に入り、傷を癒しているのだ。
「もう、大丈夫だ。シノ」
涙を流して微笑んだガイアにほっとして、俺は静かに目を閉じた。
一命を取りとめた俺は、それから二日間ベッドで過ごした。
ポーションのおかげでだいぶ回復したとはいえ、体が自由に動かせるようになるには、もう少し時間が必要なようだ。
あの日のことを思い出すと震えるほど怖いし、悪夢もたまにみる。
もし倒せなかったら……確実に死んでいた。キキのおかげで助かったのだ。
枕元で丸まって寝ているキキが不意に目を覚まして欠伸をする。
ふさふさの尻尾が俺の頬を撫でたので、手を伸ばして優しく体を撫でた。その揺れる尻尾が二本に増えていたのに気づいたのはガイアだった。
最初、モンスターの攻撃を受けて尻尾が割れたのかと思ったが、そうではなく、もう一本根元から増えていたらしい。
キキは多分、普通の狐ではない。いきなり体が大きくなり、魔法も使った。あれは風魔法で間違いない。
ガイアが言ったシルバーフォックスという言葉が頭を過る。
俺の隣で寛いでいる姿は可愛がられるだけの愛らしい存在だ。ただひとたび戦闘がはじまれば、敵に牙を剥き果敢に戦う。それこそ、俺の言葉を無視してまで立ち向かい守ってくれた。
シルバーフォックスであろうとなかろうと、どうでもいい。キキがどんな生物でも、俺にとって家族であり仲間である。それは変わらない。
ノックする音と共にドアが開いた。トレイを手に持ってガイアが現れる。
「シノ、飯を持ってきた」
「ありがとう」
ガイアは仕事には行かず、俺の側で甲斐甲斐しく世話を焼いている。
「キキの分もちゃんと用意してある」
「キュン」
床にキキの分の食事を置いたガイアは、ベッドに腰をかけて、俺が食べる様子を見ていた。
「モンスターの解体が終わった。肉は俺たちだけで食べきれないから街の人たちとわけた」
そういえばゲームで一部のモンスターを倒した際、肉を手に入れたことを思い出した。それをアイテムボックスに入れて料理して食べていた。この世界では普通なのだ。
「あと、毛皮は冬服に使えるからきちんと鞣してある。食料にならない部分……臓器だな。腐るのが早いから雑貨屋が買い取った。薬の原料になるらしい。シノが欲しければ加工したものを渡すと言っていた」
「ありがとう。薬は……少し考えてみる」
気遣いながら喋るガイアはいつもと違って元気がないように見えた。ここ数日ずっとこんな感じだ。
「クリフトンが見舞いに来ていた」
「え、ほんと?」
「シノは寝ていたから遠慮してもらった」
「そっか。会いたかったな」
「体がよくなってからでいいから、今回のモンスターのことについて詳しく訊きたいらしい」
「うん。できるだけ早く話したい。街の防犯にもつながるし……」
王都と違い、この街はかなり小さいため、街を警護する人も少ない。今回の事件で防犯の強化につながればいいと思っている。
持っていたスプーンを置き、はあとため息をついた。モンスターの襲来によっていろいろなものが破壊された。その一つが畑だ。
「育ててる野菜……だめになった」
あれだけ魔法で暴れたのだ。せっかく収穫まで至ったのに、踏まれて、凍って、散々だったはずだ。
「大丈夫なものもあった。俺ができる範囲で直しておいたが……野菜はまたいちからはじめればいい」
「……うん」
パンをちぎって食べる。いつもとは違い、ふかふかのパンは温かくておいしい。
「家の周りを取り囲んでいる柵は、大工が直してくれた」
「助かる。後でお礼を言わなきゃ」
「もっと頑丈な柵を建てたほうがいいかもしれないな」
深刻な表情で話すガイアは、あの日から過剰なほど俺の身の回りのことや家の周りを警戒していた。
「そこまで要塞にする必要はないよ。強いモンスターならどんな柵でも壊してきそうだし」
「こういうのは用心しすぎるくらいがいいんだ」
王都で騎士団を務めていたガイアにとって、モンスターが襲来した後も、いつも通りに過ごすしかない状況が歯がゆいのかもしれない。
多分、王都なら警備の人を増やすなり、街の巡回を頻繁に行うなど対策ができただろう。
ここでは、満足な警備もままならないのが現状だ。こんな近くまで凶暴なモンスターが現れたのも何年ぶりとか言っていたので、それだけ平和だったのだ。
「明日には動けるようになるかなあ」
パンを持っていた手をぐっと上に伸ばしてみる。まだ胸は痛むが、トイレにも歩いて行っているし、風呂も入れるから、無理しなければ動ける。
「まだ休んでいろ」
「うーん、様子を見つつだな」
ガイアはずっと心配そうな顔で俺を見ている。
心配される理由もわかっているが、いつものように笑って欲しい。
そう思っても迷惑をかけてしまった手前、何も言えなかった。
名前を呼ばれて、ゆっくりと目を開けた。
ガイアが泣きそうな顔で覗き込んでいたが、俺が瞬きをするとほっとしたような顔をして涙を落とした。
「早く! ポーションを!」
ガイアが叫ぶと、誰かが「これだけしかないんだよ!」と答える。
側にいたクリフトンが力強い声で話しかけてきた。
「シノさん! 気をしっかり持つんだ!」
力がまったく入らない。瞼を開けていることすら億劫で静かに目を閉じると、また「シノ!」と大きな声で呼ばれた。
「俺を見ろ! シノ!」
瞼を押し上げようとするが、もう重くて目が開かない。意識も曖昧に溶けて、自分の体の感覚すらなくなる。
突然口に何かが流れ込んできた。苦しくて噎せたら、一気に胸の痛みが襲ってきた。胸だけでなく体中が痛い。
「飲むんだ。ゆっくりでいいから」
痛いから飲みたくないのに、口をこじ開けられて強引に中に入ってくる。
曖昧になっていた意識も痛覚に引きずられるように蘇ってきた。周りのざわつきも聞こえてきて必死に目を開ける。たくさんの人が俺を取り囲んでいるのを知った。
キキはどこにいるのか、心配になって「キキ」と呼ぶ。
「キキは大丈夫だ。いつもハーブ水を飲ませていただろう? 回復が早くてもう動ける」
「よか……た」
「これが最後のポーションだ」
ガイアが自分の口に入れてから、俺の唇に重ねてゆっくりと流し込んできた。
「よし……ちゃんと飲めたな」
「医者はどのくらいで来る?」
「まだわからん」
「今は……で……だから」
人々の話声を聞きながら、目だけで視線を巡らせる。人が集まっていた隙間から死んだモンスターの姿が見える。
体の内側から楽になっていくのがわかる。ポーションが体内に入り、傷を癒しているのだ。
「もう、大丈夫だ。シノ」
涙を流して微笑んだガイアにほっとして、俺は静かに目を閉じた。
一命を取りとめた俺は、それから二日間ベッドで過ごした。
ポーションのおかげでだいぶ回復したとはいえ、体が自由に動かせるようになるには、もう少し時間が必要なようだ。
あの日のことを思い出すと震えるほど怖いし、悪夢もたまにみる。
もし倒せなかったら……確実に死んでいた。キキのおかげで助かったのだ。
枕元で丸まって寝ているキキが不意に目を覚まして欠伸をする。
ふさふさの尻尾が俺の頬を撫でたので、手を伸ばして優しく体を撫でた。その揺れる尻尾が二本に増えていたのに気づいたのはガイアだった。
最初、モンスターの攻撃を受けて尻尾が割れたのかと思ったが、そうではなく、もう一本根元から増えていたらしい。
キキは多分、普通の狐ではない。いきなり体が大きくなり、魔法も使った。あれは風魔法で間違いない。
ガイアが言ったシルバーフォックスという言葉が頭を過る。
俺の隣で寛いでいる姿は可愛がられるだけの愛らしい存在だ。ただひとたび戦闘がはじまれば、敵に牙を剥き果敢に戦う。それこそ、俺の言葉を無視してまで立ち向かい守ってくれた。
シルバーフォックスであろうとなかろうと、どうでもいい。キキがどんな生物でも、俺にとって家族であり仲間である。それは変わらない。
ノックする音と共にドアが開いた。トレイを手に持ってガイアが現れる。
「シノ、飯を持ってきた」
「ありがとう」
ガイアは仕事には行かず、俺の側で甲斐甲斐しく世話を焼いている。
「キキの分もちゃんと用意してある」
「キュン」
床にキキの分の食事を置いたガイアは、ベッドに腰をかけて、俺が食べる様子を見ていた。
「モンスターの解体が終わった。肉は俺たちだけで食べきれないから街の人たちとわけた」
そういえばゲームで一部のモンスターを倒した際、肉を手に入れたことを思い出した。それをアイテムボックスに入れて料理して食べていた。この世界では普通なのだ。
「あと、毛皮は冬服に使えるからきちんと鞣してある。食料にならない部分……臓器だな。腐るのが早いから雑貨屋が買い取った。薬の原料になるらしい。シノが欲しければ加工したものを渡すと言っていた」
「ありがとう。薬は……少し考えてみる」
気遣いながら喋るガイアはいつもと違って元気がないように見えた。ここ数日ずっとこんな感じだ。
「クリフトンが見舞いに来ていた」
「え、ほんと?」
「シノは寝ていたから遠慮してもらった」
「そっか。会いたかったな」
「体がよくなってからでいいから、今回のモンスターのことについて詳しく訊きたいらしい」
「うん。できるだけ早く話したい。街の防犯にもつながるし……」
王都と違い、この街はかなり小さいため、街を警護する人も少ない。今回の事件で防犯の強化につながればいいと思っている。
持っていたスプーンを置き、はあとため息をついた。モンスターの襲来によっていろいろなものが破壊された。その一つが畑だ。
「育ててる野菜……だめになった」
あれだけ魔法で暴れたのだ。せっかく収穫まで至ったのに、踏まれて、凍って、散々だったはずだ。
「大丈夫なものもあった。俺ができる範囲で直しておいたが……野菜はまたいちからはじめればいい」
「……うん」
パンをちぎって食べる。いつもとは違い、ふかふかのパンは温かくておいしい。
「家の周りを取り囲んでいる柵は、大工が直してくれた」
「助かる。後でお礼を言わなきゃ」
「もっと頑丈な柵を建てたほうがいいかもしれないな」
深刻な表情で話すガイアは、あの日から過剰なほど俺の身の回りのことや家の周りを警戒していた。
「そこまで要塞にする必要はないよ。強いモンスターならどんな柵でも壊してきそうだし」
「こういうのは用心しすぎるくらいがいいんだ」
王都で騎士団を務めていたガイアにとって、モンスターが襲来した後も、いつも通りに過ごすしかない状況が歯がゆいのかもしれない。
多分、王都なら警備の人を増やすなり、街の巡回を頻繁に行うなど対策ができただろう。
ここでは、満足な警備もままならないのが現状だ。こんな近くまで凶暴なモンスターが現れたのも何年ぶりとか言っていたので、それだけ平和だったのだ。
「明日には動けるようになるかなあ」
パンを持っていた手をぐっと上に伸ばしてみる。まだ胸は痛むが、トイレにも歩いて行っているし、風呂も入れるから、無理しなければ動ける。
「まだ休んでいろ」
「うーん、様子を見つつだな」
ガイアはずっと心配そうな顔で俺を見ている。
心配される理由もわかっているが、いつものように笑って欲しい。
そう思っても迷惑をかけてしまった手前、何も言えなかった。
21
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
腹を隠さず舌も出す
梅したら
BL
「後悔はしてるんだよ。これでもね」
幼馴染の佐田はいつも同じことを言う。
ポメガバースという体質の俺は、疲れてポメラニアンに変化したところ、この男に飼われてしまった。
=====
ヤンデレ×ポメガバース
悲壮感はあんまりないです
他サイトにも掲載
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる