7 / 14
第7話 過去の歴史と未来の選択②
しおりを挟む
『聞きたいことは一つだけとか言っておいて何じゃが、なんで日本政府は強い子供を作ることに躍起になっていったんじゃ?』
「丁度その時期に、ダンジョン内の鉱物やモンスターを討伐した時に取れる素材が、お金になることが分かったんです」
『このダンジョン内の物が、日本でそんなに価値があるのか?』
「そういう事じゃないですよ。ダンジョンで取れた素材を持って外に出た時、何故かその素材がお金に変わっているんです。それに、そのお金は自分のメイン口座に勝手に入ってるんですよ。まあ、確定申告が必要なんですけどね」
『ふむ。それも恐らく魔力の副作用じゃろう。ダンジョン内の物には、無機物、生物関係なく少なからず魔力が宿っておる。その魔力がダンジョン外に出た時、その世界に適応しようとして、所有者が最も必要な物、つまりお金に変わったのじゃろう。それがメイン口座に入っておるのは、所有者の記憶を読み取ったからじゃろうな。今思ったけど、儂のダンジョン魔力有能すぎない?』
言い方はあれだが、確かに有能なことに違いはない。今の日本は、いや世界は、このダンジョンと魔力があることによって成り立っている。
もしこの世界からダンジョンが無くなったとしたら、辿る道は崩壊の一途だろう。
『お主のお陰で、地球の現状が大雑把に分かった。つまりお主らは、ダンジョンを主軸に、そこから取れる素材を用いて生計を立てておるのじゃな』
「そうですね。因みに、そういう人たちのことを、世界共通で冒険者と呼んでいます。当然、冒険者にならずに普通に生計を立ててる人もいますけど」
『そうか。して、お主は何故こんなところに来たんじゃ?』
この問答が始まってから、いつかは来るだろうと思っていた質問。
大丈夫。いつもみたいに笑って話せば、何も問題ないはずだ。
そう言い聞かせ、出来るだけ自然な笑顔を作り出す。そうして開こうとした口は、優しさに溢れた声に遮られた。
『そんなに辛そうな顔をしながら話さなくても大丈夫じゃよ。ここには、儂とお主らしかおらん。ゆっくりで良い。お主の本当の声で、本当の顔で聞かせてくれんか?』
その言葉に、自然とこの顔は涙を浮かべていた。
もう偽らなくても良い。無理して笑わなくても良い。それだけでも嬉しかったのに、主は僕に一人の人間として接してくれた。それが一番嬉しかった。
シエラもそうだったけど、このダンジョンで出会った人たちは、皆僕に対して人間として接してくれる。僕はこんなに幸せで良いのだろうか。
そんなことを思いつつ、静かに深呼吸を繰り返す。
そうして整った息を以って、今度は嘘偽りない自分で話し始めた。
「僕は、友達と一緒にダンジョンに行っていたんです。向こうからすれば、僕はいつでも壊せる玩具みたいなものだったと思うので、自分たちが敵わない敵に遭遇した時の、時間稼ぎとして連れていかれたんだと思います。それでも僕も冒険者として、最大限頑張っていました。それでダンジョンも中層まで来た時、ある部屋を見つけたんです。そこには祭壇みたいな物があって、こんな言葉と一緒に魔法陣も描かれていました。『大いなる秘宝を求める者。生贄を捧げん。』十七歳の高校生男子がそれに興奮しないはずもなく、僕は当然のように生贄に捧げられて。それで転移した場所がここでした。まあ、転移した瞬間にケルベロスに吹き飛ばされて、気絶しちゃいましたけど」
事のあらましを言い終えた僕は、ほっと一息、胸をなでおろした。
しかし、それを聞いた主の口調からは先程までのおちゃらけた雰囲気は感じ取れず、むしろその声は、ひどく真剣味を帯びていた。
『そう、だったのか。本当に申し訳ないことをした』
「何で主さんが謝るんですか?」
『お主の境遇も、今回の出来事も、元を正せば全て儂が原因じゃ。しかしながら、儂は地球に直接干渉することも出来なければ、お主を救うことも出来なかった。そんな儂に出来ることは、こうしてお主に全力で謝ることだけじゃ。こんな事でお主の気持ちが晴れることはないじゃろうが、それでも申し訳なかった』
「主さん。僕、主さんに感謝してるんです。確かに、生まれてから今まで、辛いこと、苦しいこと、沢山経験しました。でも、だからこそ、こうして主さんに会えた。大切なパートナーにも出会えた。そう思うんです。だから、主さんには感謝こそすれ恨むなんてありえませんよ。という事で、そんなに申し訳なさそうにしないで下さい」
『そう言ってくれるか。お主は本当に、優しいのぉ』
本音を言ったつもりだったのだが、もしかして建前に聞こえてしまっただろうか。
そんな心配を心の中でするが、主に限ってそれはないと思い直す。まだ出会って一日も経っていないが、主は本音と建前をしっかり聞き分けられると絶対的な安心感を覚えていた。
『そんなお主だからこそ、頼みたい事がある。どうか聞いてはくれぬか?』
「はい。何ですか」
『その前に、お主名前は何と言うのじゃ?』
「大空(おおぞら) 由生(ゆうせい)です」
『良い名じゃな。では由生。儂からの頼み事じゃ。どうか、このダンジョンを破壊(こうりゃく)してほしい』
その頼み事に、二つ返事で応じることは出来なかった。
しかしそれは主も分かっていたのか、すぐに続きの言葉を紡ぎ始める。
『何も今ここで決断しろとは言わん。お主の話から、この世界がダンジョンを主軸に回っていること、世界情勢のことも把握しておるつもりじゃ。じゃから、もう一度ここに来るまでに決めてほしい。その時の決断が何であれ、お主が決めたことなら儂は素直に従うつもりじゃ』
いくら補足があっても猶予があっても、僕の一存で世界は存続にも崩壊にも進む事実は変わらない。
そんな大きな決断を、本当に僕がしても良いのだろうか。僕に、命を背負う覚悟はあるのだろうか。
そんな様々な不安が、問いが、責任が頭の中を駆け巡る。
しかしそんな思考を、この世で最も信頼している声が遮った。
『ご主人様。ご主人様はきっと、これから沢山の土地を巡り、多くの人と関わっていくと思います。その中で、様々な問題や困難にも直面するでしょう。そしてご主人様なら、必ずやその問題達を解決するはずです。そうして成長していく中で決めて行けば良いのではないでしょうか。先程の頼みの答えを。その時に出した結論なら、ご主人様も信じられるのではありませんか』
そんなシエラの言葉は、一瞬にして僕の頭を晴れさせた。
確かにシエラの言う通りだ。僕が沢山の土地を巡って、多くの人と関わるかは分からないけど、色んな経験を通して成長した僕なら、今より遥かに良い答えを出せることは確信できる。
それなら、今僕が言うべきことは。
「主さん。僕が主さんにとって、世界にとって、正しい決断が出来るかは分かりません。でも、成長した僕ならきっと、自信を持って答えることが出来ると思うんです。だから、またここに来た時に、必ず決めさせてください」
『うむ。お主の想い、しかと受け取った。辛い決断をさせてしまうと思うが、存分に成長して、またここに戻って来ておくれ』
いつまでも待っている。そんな思いを感じさせる言葉は、逆に戻ってくるまでにどれくらいの時間が掛かるのだろうという思いを加速させた。
そんな疑問を見透かしたように、主はその口を開く。
『そうじゃな。明確な時間は言えないが、ここの門を開くには条件があるからの。大変な事には違いないな』
「え、そうなんですか。その条件って?」
『それを言ってしまえば詰まらんじゃろう。それに、お主のパートナーなら、既に予想が立っているのではないか。儂が話している最中も、門を調べていたからのぉ』
ドキッと心臓が跳ねる。
僕は会話の中で一度もシエラの名を出していない。それなのにどうして、シエラの存在を知っているのか。
『どうしても何も、儂はこのダンジョンの主じゃぞ。お主の中に意識が二つあることくらい、最初から気付いておったわ』
「そう、だったんですね。やっぱり、腐っても異界で王様やってた人ですね」
『腐ってもは余計じゃ』
そうして数秒笑い合って、ついに帰る時間が訪れた。
『由生、お主と話した時間、久しぶりに楽しかった』
「僕もです。こうして笑い合ったのは、家族と話している時以来でしたから。本当に、楽しかったです」
『うむ、良い笑顔じゃ。今後も、その笑顔と優しさを絶やさないようにの』
「出来ますかね?」
『出来るとも。何せお主は、あのケルベロスを倒したのだからな』
「あ、そうでしたね」
『何じゃ、忘れておったのか?』
「ケルベロス戦の後の情報量が多くて。それに、何だか現実感もなくて」
『ほっほ、それもそうか』
楽しい会話はいつまでも続いてほしいと思うもので、僕は自然と話しを引き延ばしていた。しかし、時間はゲームのように止まることはない。帰る時は、すぐそこまで迫っていた。
『由生、転移陣を出しておいた。そこに乗って帰りたい場所を思い浮かべれば、その場所まで飛ばしてくれる』
「分かりました。わざわざ、ありがとうございます」
『どうってことない。最後に由生、お主のスキルを教えてくれんか。ケルベロスを倒した者を、儂と対等に語り合った者を、名前以外も覚えておきたいのじゃ』
そのお願いに、僕は自信を持って答える。ケルベロスを倒したスキル、僕を生きてここから帰したスキル。僕のスキル名は。
「世界を統べる者、です!」
『……そうか。良いスキルじゃな。では、気を付けて帰るんじゃぞ。また会えるその日を楽しみにしておる』
その言葉を最後に、部屋は静けさを取り戻した。
「じゃあシエラ、僕たちも帰ろうか」
『はい、ご主人様』
そうして魔法陣の上に乗る。
僕が自宅を思い浮かべると、魔法陣は輝き始め、その光を徐々に強めていった。
「ねえ、シエラ」
『なんでしょう、ご主人様』
「僕の頼みを聞いてくれて、僕を一人の人間にしてくれて、ありがとう」
『何を言ってるんですか。私はシエラ。ご主人様のシエラです。ご主人様の頼みを聞くなど、当たり前のことです。それに、ご主人様は生まれた時から、素晴らしい人間ですよ』
シエラの本音が頭に響き、身体が完全に光に包まれたと同時、僕はダンジョンから消えていた。
時を同じくして原初のダンジョン最奥、玉座の間で、主は懐かし気に呟いていた。
「まさか、あの名をもう一度聞くことになるとは。のぉ、オルケウス」
******
光が収まると、そこは自宅の玄関だった。
魔法陣で思い浮かべたのが自宅だったので、当然と言えば当然なのだが。しかし外から入らないというのは、些か不思議な気分だった。
「まずは、無事に帰ってきたことを伝えなきゃ」
玄関に靴を揃えて脱ぐと、真っ先にある部屋へと向かう。
「ただいま。父さん、母さん」
今はもう動かない二人の写真に手を合わせると、僕はその足で自室へと向かった。
そしてそのままベッドに倒れ込むと、意識が徐々に薄れていく。
それもそのはず。今日一日で色んな事が起きすぎた。今必要なのは、一に睡眠、二に睡眠だ。幸い明日は土曜日。学校も休みで予定もない。気になった事や分からない事は、明日整理しよう。
その思考を最後に、僕の身体は深い眠りへと落ちて行った。
「丁度その時期に、ダンジョン内の鉱物やモンスターを討伐した時に取れる素材が、お金になることが分かったんです」
『このダンジョン内の物が、日本でそんなに価値があるのか?』
「そういう事じゃないですよ。ダンジョンで取れた素材を持って外に出た時、何故かその素材がお金に変わっているんです。それに、そのお金は自分のメイン口座に勝手に入ってるんですよ。まあ、確定申告が必要なんですけどね」
『ふむ。それも恐らく魔力の副作用じゃろう。ダンジョン内の物には、無機物、生物関係なく少なからず魔力が宿っておる。その魔力がダンジョン外に出た時、その世界に適応しようとして、所有者が最も必要な物、つまりお金に変わったのじゃろう。それがメイン口座に入っておるのは、所有者の記憶を読み取ったからじゃろうな。今思ったけど、儂のダンジョン魔力有能すぎない?』
言い方はあれだが、確かに有能なことに違いはない。今の日本は、いや世界は、このダンジョンと魔力があることによって成り立っている。
もしこの世界からダンジョンが無くなったとしたら、辿る道は崩壊の一途だろう。
『お主のお陰で、地球の現状が大雑把に分かった。つまりお主らは、ダンジョンを主軸に、そこから取れる素材を用いて生計を立てておるのじゃな』
「そうですね。因みに、そういう人たちのことを、世界共通で冒険者と呼んでいます。当然、冒険者にならずに普通に生計を立ててる人もいますけど」
『そうか。して、お主は何故こんなところに来たんじゃ?』
この問答が始まってから、いつかは来るだろうと思っていた質問。
大丈夫。いつもみたいに笑って話せば、何も問題ないはずだ。
そう言い聞かせ、出来るだけ自然な笑顔を作り出す。そうして開こうとした口は、優しさに溢れた声に遮られた。
『そんなに辛そうな顔をしながら話さなくても大丈夫じゃよ。ここには、儂とお主らしかおらん。ゆっくりで良い。お主の本当の声で、本当の顔で聞かせてくれんか?』
その言葉に、自然とこの顔は涙を浮かべていた。
もう偽らなくても良い。無理して笑わなくても良い。それだけでも嬉しかったのに、主は僕に一人の人間として接してくれた。それが一番嬉しかった。
シエラもそうだったけど、このダンジョンで出会った人たちは、皆僕に対して人間として接してくれる。僕はこんなに幸せで良いのだろうか。
そんなことを思いつつ、静かに深呼吸を繰り返す。
そうして整った息を以って、今度は嘘偽りない自分で話し始めた。
「僕は、友達と一緒にダンジョンに行っていたんです。向こうからすれば、僕はいつでも壊せる玩具みたいなものだったと思うので、自分たちが敵わない敵に遭遇した時の、時間稼ぎとして連れていかれたんだと思います。それでも僕も冒険者として、最大限頑張っていました。それでダンジョンも中層まで来た時、ある部屋を見つけたんです。そこには祭壇みたいな物があって、こんな言葉と一緒に魔法陣も描かれていました。『大いなる秘宝を求める者。生贄を捧げん。』十七歳の高校生男子がそれに興奮しないはずもなく、僕は当然のように生贄に捧げられて。それで転移した場所がここでした。まあ、転移した瞬間にケルベロスに吹き飛ばされて、気絶しちゃいましたけど」
事のあらましを言い終えた僕は、ほっと一息、胸をなでおろした。
しかし、それを聞いた主の口調からは先程までのおちゃらけた雰囲気は感じ取れず、むしろその声は、ひどく真剣味を帯びていた。
『そう、だったのか。本当に申し訳ないことをした』
「何で主さんが謝るんですか?」
『お主の境遇も、今回の出来事も、元を正せば全て儂が原因じゃ。しかしながら、儂は地球に直接干渉することも出来なければ、お主を救うことも出来なかった。そんな儂に出来ることは、こうしてお主に全力で謝ることだけじゃ。こんな事でお主の気持ちが晴れることはないじゃろうが、それでも申し訳なかった』
「主さん。僕、主さんに感謝してるんです。確かに、生まれてから今まで、辛いこと、苦しいこと、沢山経験しました。でも、だからこそ、こうして主さんに会えた。大切なパートナーにも出会えた。そう思うんです。だから、主さんには感謝こそすれ恨むなんてありえませんよ。という事で、そんなに申し訳なさそうにしないで下さい」
『そう言ってくれるか。お主は本当に、優しいのぉ』
本音を言ったつもりだったのだが、もしかして建前に聞こえてしまっただろうか。
そんな心配を心の中でするが、主に限ってそれはないと思い直す。まだ出会って一日も経っていないが、主は本音と建前をしっかり聞き分けられると絶対的な安心感を覚えていた。
『そんなお主だからこそ、頼みたい事がある。どうか聞いてはくれぬか?』
「はい。何ですか」
『その前に、お主名前は何と言うのじゃ?』
「大空(おおぞら) 由生(ゆうせい)です」
『良い名じゃな。では由生。儂からの頼み事じゃ。どうか、このダンジョンを破壊(こうりゃく)してほしい』
その頼み事に、二つ返事で応じることは出来なかった。
しかしそれは主も分かっていたのか、すぐに続きの言葉を紡ぎ始める。
『何も今ここで決断しろとは言わん。お主の話から、この世界がダンジョンを主軸に回っていること、世界情勢のことも把握しておるつもりじゃ。じゃから、もう一度ここに来るまでに決めてほしい。その時の決断が何であれ、お主が決めたことなら儂は素直に従うつもりじゃ』
いくら補足があっても猶予があっても、僕の一存で世界は存続にも崩壊にも進む事実は変わらない。
そんな大きな決断を、本当に僕がしても良いのだろうか。僕に、命を背負う覚悟はあるのだろうか。
そんな様々な不安が、問いが、責任が頭の中を駆け巡る。
しかしそんな思考を、この世で最も信頼している声が遮った。
『ご主人様。ご主人様はきっと、これから沢山の土地を巡り、多くの人と関わっていくと思います。その中で、様々な問題や困難にも直面するでしょう。そしてご主人様なら、必ずやその問題達を解決するはずです。そうして成長していく中で決めて行けば良いのではないでしょうか。先程の頼みの答えを。その時に出した結論なら、ご主人様も信じられるのではありませんか』
そんなシエラの言葉は、一瞬にして僕の頭を晴れさせた。
確かにシエラの言う通りだ。僕が沢山の土地を巡って、多くの人と関わるかは分からないけど、色んな経験を通して成長した僕なら、今より遥かに良い答えを出せることは確信できる。
それなら、今僕が言うべきことは。
「主さん。僕が主さんにとって、世界にとって、正しい決断が出来るかは分かりません。でも、成長した僕ならきっと、自信を持って答えることが出来ると思うんです。だから、またここに来た時に、必ず決めさせてください」
『うむ。お主の想い、しかと受け取った。辛い決断をさせてしまうと思うが、存分に成長して、またここに戻って来ておくれ』
いつまでも待っている。そんな思いを感じさせる言葉は、逆に戻ってくるまでにどれくらいの時間が掛かるのだろうという思いを加速させた。
そんな疑問を見透かしたように、主はその口を開く。
『そうじゃな。明確な時間は言えないが、ここの門を開くには条件があるからの。大変な事には違いないな』
「え、そうなんですか。その条件って?」
『それを言ってしまえば詰まらんじゃろう。それに、お主のパートナーなら、既に予想が立っているのではないか。儂が話している最中も、門を調べていたからのぉ』
ドキッと心臓が跳ねる。
僕は会話の中で一度もシエラの名を出していない。それなのにどうして、シエラの存在を知っているのか。
『どうしても何も、儂はこのダンジョンの主じゃぞ。お主の中に意識が二つあることくらい、最初から気付いておったわ』
「そう、だったんですね。やっぱり、腐っても異界で王様やってた人ですね」
『腐ってもは余計じゃ』
そうして数秒笑い合って、ついに帰る時間が訪れた。
『由生、お主と話した時間、久しぶりに楽しかった』
「僕もです。こうして笑い合ったのは、家族と話している時以来でしたから。本当に、楽しかったです」
『うむ、良い笑顔じゃ。今後も、その笑顔と優しさを絶やさないようにの』
「出来ますかね?」
『出来るとも。何せお主は、あのケルベロスを倒したのだからな』
「あ、そうでしたね」
『何じゃ、忘れておったのか?』
「ケルベロス戦の後の情報量が多くて。それに、何だか現実感もなくて」
『ほっほ、それもそうか』
楽しい会話はいつまでも続いてほしいと思うもので、僕は自然と話しを引き延ばしていた。しかし、時間はゲームのように止まることはない。帰る時は、すぐそこまで迫っていた。
『由生、転移陣を出しておいた。そこに乗って帰りたい場所を思い浮かべれば、その場所まで飛ばしてくれる』
「分かりました。わざわざ、ありがとうございます」
『どうってことない。最後に由生、お主のスキルを教えてくれんか。ケルベロスを倒した者を、儂と対等に語り合った者を、名前以外も覚えておきたいのじゃ』
そのお願いに、僕は自信を持って答える。ケルベロスを倒したスキル、僕を生きてここから帰したスキル。僕のスキル名は。
「世界を統べる者、です!」
『……そうか。良いスキルじゃな。では、気を付けて帰るんじゃぞ。また会えるその日を楽しみにしておる』
その言葉を最後に、部屋は静けさを取り戻した。
「じゃあシエラ、僕たちも帰ろうか」
『はい、ご主人様』
そうして魔法陣の上に乗る。
僕が自宅を思い浮かべると、魔法陣は輝き始め、その光を徐々に強めていった。
「ねえ、シエラ」
『なんでしょう、ご主人様』
「僕の頼みを聞いてくれて、僕を一人の人間にしてくれて、ありがとう」
『何を言ってるんですか。私はシエラ。ご主人様のシエラです。ご主人様の頼みを聞くなど、当たり前のことです。それに、ご主人様は生まれた時から、素晴らしい人間ですよ』
シエラの本音が頭に響き、身体が完全に光に包まれたと同時、僕はダンジョンから消えていた。
時を同じくして原初のダンジョン最奥、玉座の間で、主は懐かし気に呟いていた。
「まさか、あの名をもう一度聞くことになるとは。のぉ、オルケウス」
******
光が収まると、そこは自宅の玄関だった。
魔法陣で思い浮かべたのが自宅だったので、当然と言えば当然なのだが。しかし外から入らないというのは、些か不思議な気分だった。
「まずは、無事に帰ってきたことを伝えなきゃ」
玄関に靴を揃えて脱ぐと、真っ先にある部屋へと向かう。
「ただいま。父さん、母さん」
今はもう動かない二人の写真に手を合わせると、僕はその足で自室へと向かった。
そしてそのままベッドに倒れ込むと、意識が徐々に薄れていく。
それもそのはず。今日一日で色んな事が起きすぎた。今必要なのは、一に睡眠、二に睡眠だ。幸い明日は土曜日。学校も休みで予定もない。気になった事や分からない事は、明日整理しよう。
その思考を最後に、僕の身体は深い眠りへと落ちて行った。
73
あなたにおすすめの小説
現実世界にダンジョンが出現したのでフライングして最強に!
おとうふ
ファンタジー
2026年、突如として世界中にダンジョンが出現した。
ダンジョン内は無尽蔵にモンスターが湧き出し、それを倒すことでレベルが上がり、ステータスが上昇するという不思議空間だった。
過去の些細な事件のトラウマを克服できないまま、不登校の引きこもりになっていた中学2年生の橘冬夜は、好奇心から自宅近くに出現したダンジョンに真っ先に足を踏み入れた。
ダンジョンとは何なのか。なぜ出現したのか。その先に何があるのか。
世界が大混乱に陥る中、何もわからないままに、冬夜はこっそりとダンジョン探索にのめり込んでいく。
やがて来る厄災の日、そんな冬夜の好奇心が多くの人の命を救うことになるのだが、それはまだ誰も知らぬことだった。
至らぬところも多いと思いますが、よろしくお願いします!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!
枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕
タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】
3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!
(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。
「お前と居るとつまんねぇ」〜俺を追放したチームが世界最高のチームになった理由(わけ)〜
大好き丸
ファンタジー
異世界「エデンズガーデン」。
広大な大地、広く深い海、突き抜ける空。草木が茂り、様々な生き物が跋扈する剣と魔法の世界。
ダンジョンに巣食う魔物と冒険者たちが日夜戦うこの世界で、ある冒険者チームから1人の男が追放された。
彼の名はレッド=カーマイン。
最強で最弱の男が織り成す冒険活劇が今始まる。
※この作品は「小説になろう、カクヨム」にも掲載しています。
ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~
楠富 つかさ
ファンタジー
ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。
そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。
「やばい……これ、動けない……」
怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。
「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」
異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!
掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~
テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。
しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。
ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。
「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」
彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ――
目が覚めると未知の洞窟にいた。
貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。
その中から現れたモノは……
「えっ? 女の子???」
これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる