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第一章 日常ラブコメ編

第8話 服を着ろ! 服を!

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 ファッションショーは、十時くらいまで続いた。
 
 彼女はすべての服を着終えると……キューブの姿に戻ると思ったが、着ている服をすべて脱いで(おい、おい、マジかよ!)、ベッドの上に寝そべった。

「疲れた」

「じゃねぇよ、おい!」

 裸の女がベッドに寝ているなんて。健全な男子には、刺激が強すぎる。それこそ、ある部分がビンビンになるくらいに。
 俺の目の前にいる女は、世に存在する男の願望、欲望、そして、性欲を「これでもか!」と刺激していた。彼女に「それ」がバレないよう、あそこの興奮を必死に抑えられるわけがない!
 
 俺は自分の股間を必死に押さえつつ、ベッドの彼女に思い切り叫んだ。

「服を着ろ! 服を!」
 
 彼女は冷静な顔で、俺の方を見かえした。
 
「裸、見たくないの?」

「はぁ?」の声が、裏返ってしまった。「見たく」
 
 ない、と言ったら嘘になるが、ここは紳士にならなきゃダメだ。床に畳んであるパジャマを持って、彼女の方にそれを放り投げる。

「せっかく買ったんだし。ほら!」

 俺はそっぽを向いて、彼女が着替え終えるのを待った。

「終わったか?」の返事は、「ええ」の一言だった。

 俺は、彼女の方を振り返った。

 彼女は、俺の目を見つめた。

「来ないの?」

「はぁ?」

「今日は、一緒に寝ようと思ったのに」

 もうダメだ。理性の回路が焼き切れている。それを補う思考も。辛うじて残っているのは、「何もしなければ、大丈夫だろう」と言う倫理観だけだった。

 彼女のパジャマ姿に生唾を呑む。
 
 俺はいつもの寝間着に着替え、ベッドの中にゆっくりと入った。それに合わせて、彼女が俺の身体を抱きしめる。まるで自分の宝物を抱きしめるように。
 「温かい」と囁いた声も……俺には、サキャバスの吐息、あるいは、それ以上に聞こえた。
 
 俺は彼女の感触にドキドキする一方、自分の倫理観からは決して逃げなかった。その倫理観から逃げたら……うっ。
 俺は、文字通りの獣になってしまう。今の位置からくるりと向きを変えて、彼女の胸やアレに夢中でしゃぶりつく、本物のケダモノになってしまうのだ。流石の彼女も幻滅する程の。
 
 俺は……彼女に「好かれたい」とは思わないが、それでも「嫌われない」とは思わなかった。こんなにも素敵な彼女の事を。
 俺は内心で、「彼女の事を独り占めしたい」、「誰にも渡したくない」と思いはじめた。彼女の身体は、そして、心は、すべて俺の物だ。

 黒い感情が心を覆う。
 
 俺は彼女の手に触れ、その手を握り締めた。

「ラミア」

「なに?」

「お前って、人間の女と同じなの?」

 彼女の身体が一瞬、震えた気がした。

「身体の構造は、人間の女性とほぼ同じ。だから」

「そっか。ならさ」

 俺は、彼女の手を撫でた。

「俺と一緒に生きてよ」

「え?」の声が、少し高かった。「あなたと一緒に?」

「ああ」

「それは、『夫婦の約束を結ぶ』と言う事?」

 俺は、その質問に首を振った。

「そこまでは、思っていない。でも、お前がいないと」

 何となくだが、淋しい気がするんだ。
 それこそ、心にぽっかり穴が明いたみたいに。

「とにかく! お前が飽きるまでは、ここにいていいから」

「……大丈夫」

 彼女は、俺の首筋にキスした。

「あなたに飽きる事はない。私は、あなたの事が大好きだから」

 心が熱くなった。特に「大好き」を聞いた瞬間に。

 俺は……。

「うっ」

 彼女はまた、俺の背中を抱きしめた。

「体温が少し上がっている」

「くっ! 誰の所為だと思っているんだよ?」

「クスッ」と笑う声が、憎たらしかった。「私の所為?」

「ああ。お前の所為で、風邪を引きそうだ」

「恋の風邪を?」

「違う!」の声に力が入ったのは、単なる照れ隠しだ。「普通の風邪を」

「ふうん」

 彼女は、俺の首に額を付けた。

「おやすみ」

「え? ああうん、お休み」

 彼女の寝息が聞こえる。どうやら、本当に眠ってしまったようだ。首筋に当たる息がくすぐったい。

 俺はその息から離れようとしたが、彼女の力が思ったよりも強くて、離れようとした瞬間、俺の身体をギュッと抱きしめられてしまった。
 
 胸の感触が伝わる。決して大きくはないが、それでも心地の良い感触が。
 
 俺は「それ」にドギマギしながらも……心の綱が緩んだのか、彼女の呼吸に合わせて、夢の世界にゆっくりと落ちて行った。
 
 その夢から覚めたのは、母ちゃんの「やっぱりね」を聞いた時だった。

 俺は何が「やっぱり」なのかが分からず、朦朧とした頭で、ベッドの上から起き上がった。

「ふぁあ、何だよ。母ちゃん、勝手に」
 
 を無視する母ちゃん、マジ凄いです。

 母ちゃんはベッドの毛布を剥ぎ取ると、得意げな顔で俺の隣に目をやった。

「あんた、親に何か隠していたでしょう?」

 俺は自分の隣で眠る彼女に驚きつつも、母ちゃんの直感力にただただ驚いた。
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