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第一章 日常ラブコメ編

第50話 アイツ、俺の何処に惚れたんだろう?

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 結局、彼女の言葉は現実になった。学校が新学期になっても……「それ」を見た時は、俺も流石に驚いてしまった。俺達はまた、同じクラスになった。まるで運命の悪戯のように……なんて言い方は、大袈裟か? 

 第一、俺と彼女は、そう言う仲じゃないし。今でこそ彼女の告白に驚いている俺だが、その時は何も思っていなかったし、何より「お、おす」と話し掛ける事もなかった。彼女の周りにはもう、新しい仲間ができている。

 元々、大人しい感じの(と言うか、常識人な?)性格だったので、周りに敵ができるわけがなく、社交的な黒内に誘われた事もあって、ラミアとの一件があるまでは、教室でもほとんど話さなかった。一年の時は、あんなに話したのに。

 新学期が始まった当初は、「おはよう」の挨拶こそあるが、それ以上の会話は皆無、たまたま話す機会があっても、短い会話になるだけで(彼女が恋バナが苦手な事も知らなかった)、仲良く話すどころか、「それ」をする事すらもできなかった。二人の距離がどんどん離れて行く。
 
 俺は、彼女に告白されるまで……。

「はあっ」と、胸が痛くなった。「アイツ、俺の何処に惚れたんだろう?」

 俺には、惚れる要素なんて無いのに。アイツが惚れるべきは、学校一のイケメンか、趣味の合う文学少年なのだ。それなら俺も納得だし、周りの奴らも「そうだな」とうなずくだろう。アイツは(自分では意識していないだろうが)、それ程までの美少女なのだ。

 俺は、文芸部の部室に戻った。部室の中では、ラミアが俺の帰りを待っていた。横目で俺の顔をチラチラ見ている藤岡も、俺が机の椅子を引いた時に「どうだった?」と聞いてきた。

 俺は椅子に座り、二人の顔を見渡した。

「別に。ただ、相談に乗っただけだ」

「ふうん」と、うなずく藤岡。「そう。なら良いけど」

 藤岡は訝しげな目で俺を睨み、パソコンの画面にまた視線を戻した。

 ラミアは、俺の手を握った。

「彼女に告白されたのかと思った」

 ラミアさん。あなたはどうして、そんなに鋭いの? 
 その言葉に思わずドキッとしてしまったじゃねぇか?

「なわけねぇだろう? まったく。ラミアは、変に心配しすぎだ」

 本当は、その通りだけど。今はそう言って、誤魔化した。

 俺は鞄の中からノートを出し、昨日の夜に書いたプロットをもう一度確かめた。

 ラミアはその様子をしばらく見ていたが、俺が彼女の顔をチラッと見ると、その目から視線を逸らして、部室の本棚から文集を取り出し、真面目な顔でその頁を捲りはじめた。

 俺は、ノートのプロットに視線を戻した。

 それから二時間後。 
 部活の時間が終わったので、鞄の中にノートを仕舞い、椅子の上から立ち上がった。ラミアもそれに倣ったが、藤岡が「また、今度」と言うと、それに「ええ、また今度」と応えて、キューブの形に姿を変えた。

 俺は鞄の中に「それ」を入れ、部長の藤岡に挨拶した。

「じゃあな。また明日」

「ええ。また、明日」
 
 彼女は「ニコッ」と笑って、俺の事を見送った。
 
 俺は学校の昇降口に行き、そこで自分の靴に履き替えると、いつもの自転車置き場に行って、自転車の鍵を外し、その自転車を押して、敷地の中から出て行った。
 敷地の中から出た後は、鞄の中から彼女を取りだし、彼女に「大丈夫だぞ?」と言って、その擬人化を促した。

「学校から結構離れたし」

 俺は、掌の彼女に笑いかけた。

 彼女は俺の掌から離れ、人目のつかない場所に行って、その身体を擬人化させた。

「終了」

 俺は彼女の隣に並んで、その場からまた歩き出した。彼女も、それに続いた。俺が自転車のブレーキを握った時は、それに合わせて自分の脚を止める。その反対に俺がまた自転車を押しはじめた時は、それに続いてスッと歩き出した。
 
 彼女はどんな時も、俺の歩調、速さ、調子に合わせつづけた。

「文芸部、楽しかった。部室の文集が読めて。みんな、面白い文章を書いていた」

「そ、そうか」と、応えるしかない俺。「それは、良かったな」

 俺は複雑な顔で、自分の正面に向き直った。

「俺は、ぜんぜん読んだ事がないけど」

「そう」

 彼女は、町の空を見上げた。

「もったいない」

 の言葉が突き刺さったが、顔には「それ」を出さなかった。

「まあ。俺は、文章が苦手だし。苦手な事は、わざわざしなくても良いだろう?」

 に、何も反応しないラミア。彼女は淋しげな顔で、俺の目を見つめた。

「でも、今は……プロットを作っている」

「まあ、な。部長様の」

「それは、何度も聞いている」

「……んっ」

 俺は、彼女の言葉に俯いた。

「これを書いたら、終わるかな?」

「え?」と、彼女にはどうやら聞こえなかったようだ。「なに?」

「何でもない」

 俺は「ニコッ」と笑って、自分の自転車をまた押しはじめた。
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