「追放」も「ざまぁ」も「もう遅い」も不要? 俺は、自分の趣味に生きていきたい。辺境領主のスローライフ

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第1話 優雅な調べ

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 部屋の外に広がっている光景は……まあ、別に描かなくてもいいだろう。館の廊下を普通に歩いている光景なんて、聞いていてもつまらない。それをやっている俺も、家の召使いに「何処々々に行ってくる」と言わなければ、周りの窓から差しこんでいる光と同じようにぼうっとするか、つまらなそうにあくびするかだけだった。それ以外の感想は、何もない。館の外に出た時は、胸がおどったけどね? それを過ぎた後は、また違う召使いに「今日は、馬には乗らないよ?」と行って、館の外に出て行っただけだった。
 
 館の外には封土、俺の領地が広がっている。領地の中には耕作地や牧草地、教会やパン焼きかまどなどがあるが、遠くの地からおとずれた旅人や商人達ならまだしも、生まれた時からこの光景を見てきた俺にとっては、いつもと変わらない風景、それがゆっくりと流れるだけの光景でしかなかった。俺が封土の道を歩いている中で、俺に「こんにちは、領主様。今日は、どちらにお出かけですか?」と話しかけてくる農奴達も、それぞれの額や頬に汚れが付いているだけで、嫌な表情はまったく見せていなかった。みんな、仕事の一休みとして、あるいは、いつものカラカイとして、俺に笑いかけてきたようである。
 
 俺は、それ等の笑顔に笑いかえした。

「共営地の森に、な? あそこには、人がほとんどいないだろう? 森の中にも、危険な動物はいないし。コイツをやるには」

 そう言って農奴達に見せたのは、自分の右手に持っていたある道具である。

「『丁度良い』と思ってね? お前らも、俺の調べなんて聴きたくないだろう? だから」

「そんな事は、ありません」

「え?」

「領主様の調べは、です。まるで神の調べでも聴いているかのようにね? 聴き手の心を癒してくださります。我々としては農作業の合間、仕事の癒しとしてお聴きしたいのですが?」
 
 意外な反応だった。俺としては趣味の一つ、単なる道楽の一つとして考えていたのに。コイツ等にとっては、数少ない娯楽の一つだったらしい。俺への皮肉、あるいは、批難の可能性も考えられるが、そいつ等の表情を見る限りは、そんな雰囲気はまったく感じられなかった。俺の前に「ぼくたちも聴きたいです!」と走りよってきた子ども達からも、その雰囲気が感じられる。彼等は心の底から、俺の調べを聴きたがっているようだった。

「わ、分かった。天気の悪い時は仕方ないが、それ以外の時には」

「ほ、本当ですか!」

 周りの農奴達も、その言葉を喜んだ。その言葉が余程に嬉しかったらしい。俺の前に走りよってきた子ども達も、互いの顔を見あっては、嬉しそうに「やった! やった!」と跳びはねていた。「領主様の調べが、聴かれる!」

 彼等は楽しげな顔で、自分達の仕事をしばらく忘れつづけた。

「これは、最高の時間になるぞ!」

 そうかな? コイツ等は、この言葉を何かと使いたがる。俺が自分の趣味に打ちこもうとすると、ある種の苦笑いを浮かべる一方で、その作品や調べ何かに喜んだり、うっとりしたりするのだ。それも、「生きる事」に飢えた亡者のように。人生の中に楽しみらしき物を見つけては、それを嬉しそうに楽しむのである。俺としてはただ、自分の趣味を楽しんでいるだけだけど。俺は農奴達の顔をしばらく見ていたが、「自分の時間が減るのは嫌だ」と思ったので、周りの農奴達に「それじゃ」と言いつつも、共営地の森に向かってまた歩きだした。
 
 共営地の森は、封土の奥にある。森の中にはずっと昔から生えている木々や、最近芽吹いたばかりの草花、蝶よりも一回り小さい虫、「トゥア」と言う虫も飛んでいて、それを狙っている小鳥や、その小鳥を狙っている鷲、木々の表面を這いまわる蜥蜴や、可愛らしい野兎などの姿も見られた。野兎の少し後ろには、それを狙っている狐の姿も見られる。彼等は俺の気配、つまりは人間の気配に驚きはするが、これにもある種の慣れを感じているようで、俺の顔に時折目をやりはするものの、それ以外の反応はほとんど見せなかった。
 
  
 
 動物達の言葉は分からないが、彼等の態度を見る限りは、俺にそう言っているようだった。

「そうだよ? 何か文句でもあるのか?」

 その返事はもちろん、返ってこない。俺の前に見えているトゥアも、それを無視してふわふわと飛んでいた。

「ふん」

 まあいい。俺は、コイツ等の仲間ではない。封土の同居人ではあっても、その領民ではないのだ。コイツ等から、税金を取るわけにはいかない。いや、取る方法がない。コイツ等は、自然の中に税金を払っているからだ。すでに払っている奴等から、これ以上の税金を取るわけにはいかない。それは、自然の法則に反する。俺達人間はその法則から逃れて、自然の税金を誤魔化しているが。……そんな事を「あれこれ」と考えつつも、太陽の傾きがどうしても気になってしまって、木々の間から見える木漏れ日と同じに「さて、俺もそろそろ光ろうかな?」と思いはじめてしまった。「コイツが消えると、色んな意味で面倒だからね?」

 俺は、ある道具をくわえた。ある道具の先には、自分の息を入れられる場所が付いている。俺はその場所に息を入れて、愛用の笛を鳴らした。笛の音は、美しかった。一つ一つの音に歌が染みこんでいるから。人間の声では決して出せない、音色の歌声が潜んでいるから。それを奏でていると、自分の気持ちが何故か軽くなってしまう。まるで神の領域にでも踏み入ったような気持ちになってしまう。自分は、ただの人間である筈なのに。笛の音を通して、天の神と話しているような気持ちになってしまう。それが、とても愛おしい。天の神は大らかで、俺が笛の調子を強めると、それに合わせて、竪琴の音色を弱めてくれた。

 俺は、その厚意に頭を下げた。「有り難う御座います」と、そう内心で述べたのである。俺は神との音楽を楽しみながらも、現実の時間を忘れて、ある時は荒っぽく、またある時は美しく、楽しげな顔で自分の笛を遊ばせつづけた。それが原因かは分からないが、俺の周りには様々な動物達が集まっていた。さっき話した虫や鳥、挙げ句は獣達まで、本来の関係を忘れては、黙って俺の調べを聴きつづけていたのである。大木の裏に隠れていた狼も、その隙間からこちらをじっと眺めては、狩りの本能を忘れて、笛の音色にただ聴きいっていった。彼等は俺が自分の笛を奏でている間、その場から一歩も動かなかった。
 
 俺は、その光景に驚いた。驚いたが、笛の演奏は止めなかった。ここで笛の演奏を止めれば、せっかくの空気が壊れてしまう。森の狼に見られているのはあまり心地よくなかったが、こう言う空気を壊すのは好きではない。彼等は今、俺の演奏を楽しんでいるのだ。自然の法則を忘れて、俺の調べに呆けているのである。その空気を壊すのは、俺としても嫌だった。楽しい事は、できるだけ長くつづけたい。すべての生物、人間が「そう」とは思わないが、それでも俺にとっては、少なくてもここにいる連中や、封土の農民達とっては、それが最も大事な事だった。
 
 だったら! その願いに応えよう。神との演奏会を通じて、地上にも平和の音を届けよう。自分は一介の人間でしかないが、そうできる力があるのならば、それを十二分に活かすだけだ。それが分からない人間からどんなに笑われようとも、ただ笑って自分の趣味を貫くだけである。
 
 俺は真面目な顔で、笛の調べを奏でつづけた。それが止まった最大の理由は、言うまでもない。木々の隙間から見えていた木漏れ日が消えて、夜の世界が代わりに現れはじめたからである。夜の世界は夕焼けを少しずつ食べていき、俺が服の中に笛を仕舞って、森の中から歩きだした時にはもう、夕焼けの残滓を既に食べおえていた。

「真っ暗だな。でも」

 それは、それでいい。暗闇には、暗闇の情緒がある。情緒の裏には恐怖も潜んでいるが、そこは月の光が和らげてくれるので、茂みの中から出てきた野兎に少し驚いたものの、それ以外は特に驚く事もなく、昼間に見かけた狼も、演奏の恩を感じているのか、俺の姿をしばらく眺めただけで、特に襲ってくる事もなく、周りの匂いを何度か嗅ぐと、つまらなそうな顔で森の奥に消えて行った。

「ふうっ」

 俺はまた、自分の館に向かって歩きつづけた。自分の館に着いたのはたぶん、夜の七時頃だろう。館の召使い達が「まったく、道楽も程々にしてくださいね?」と言っていたし、料理人の男も「コイツをまた、温めなおさなきゃなりません」とぼやいていたから、それで大体間違っていない。事実、夕食のスープも冷めていたからな。俺は料理人の男に謝って、夕食のスープをまた温めてもらった。

「本当は、もっと早くに帰るつもりだったんだ」

「そうですか。でも、実際は」

「だから、ごめんって」

「まったく」

 男は、テーブルの上にスープを置いた。

「貴方に何かあれば、この家は終わりなんですよ? 『いくら遠くにご親戚がいるから』と言って」

「分かっている」とは応えたが、この手の説教は苦手だ。だからいつも、「それを踏まえた上で、自分の好きな事を楽しむよ」と誤魔化している。「俺は、ここの領主だからね?」

 俺は「ニコッ」と笑って、夕食のスープを飲んだ。夕食のスープは、野菜と乾燥肉の混合スープである。
「うーん、美味い! お前の料理は、いつ食べても美味いね」

 こう言えば、相手は何も言えなくなる。今の感想は、紛れもない真実だからね。それが自分にとって心地よい真実なら、人間は何も言えなくなってしまうのだ。頭のいい奴は、それを「皮肉」と取るかもしれないけど。俺の場合はそう言う事をあまり言わないので、大抵は「まったく」と返されながらも、それ以上の事は何も言われないのである。

「本当に飽きない」

 俺は今日の夕食をぺろりと平らげ、小一時間程の休憩を入れて、館の風呂に入り(世間の奴等は、風呂にあまり入らないらしいが)、そこから上がって、自分の部屋に戻った。部屋の灯りは召使いが点けてくれていたが、風呂上がりの程よい疲れを覚えていたせいで、椅子の上に座る事もなく、ベッドの上に寝そべっては、穏やかな気持ちで部屋の天井を見あげた。

「今日も、楽しかったな」

 自分の好きな事をやれて。明日にはまた、領主の仕事を頑張らなければならないが。それさえ終われば、また好きな事をやれる。自分の趣味に打ちこめる。

「そのためにも!」

 俺は、両目の瞼をゆっくりと瞑った。

「明日は、何をしようかな?」
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