「追放」も「ざまぁ」も「もう遅い」も不要? 俺は、自分の趣味に生きていきたい。辺境領主のスローライフ

読み方は自由

文字の大きさ
6 / 23

第5話 天体観測♪

しおりを挟む
「仕事、終了」
 
 さて、ここからは自由な時間だ。「自分がこうしたい」と思う事を自由にやられる時間。周りの誰にも妨げられず、自分の好きな事を楽しめる時間だが。今日のそれは、すぐには楽しめない。ある程度の時間、窓の外に見える太陽が沈まなければならないのだ。あの太陽が沈んでくれなければ、今回の趣味は楽しめないのである。何たって、自然相手の趣味だからね。自分の気持ちを押しとおすわけにもいかないのだ。

 自然は人間よりも遙かに偉大で、この世界その物を形づくっている。人間はただ、その加護を受けているだけだ。自然の与える恩恵はもちろん、それのもたらす災害も。すべては、自然の産物からできている。最近は自然と人間を分ける学問、その学問自体はとても好きだが、「科学」とか言う学問が大きくなっていて、今までの常識……例えば、一つの神を崇める宗教とか、王の力にすがる諸侯とか、そう言う諸々の力が前よりも弱くなっていた。
 
 科学の力で解きあかせない物は、どんな物でも信じない。そう信じる科学者達がたくさん現れて、「錬金術」の基礎は化学に、「数学」の基礎は数論に、「伝説」の多くは歴史や地学、民俗学へとその姿を変えはじめていた。俺が今日の夜に楽しもうとしている趣味、「天体観測」もまた地学の中に含まれる天文学から生まれた遊びある。

 俺達の住んでいる世界、昔の人々は楽園、今の科学者は「地球」と呼んでいるが、それの周りを太陽が回っているのではなく、「地球が太陽の周りを回っている」と言う説を出した事で、古くから「地球が宇宙の中心」と考えている宗教とは、ある種の争いを生みだしていた。「お前達の考えは、おかしい」、「いや、おかしくない!」と、そんな論争を繰りひろげていたのである。「太陽が地平線の彼方に沈むのは、地球が太陽の周りを回っている証拠である」と。彼等は自分達の考えを信じて、相手の主義を必死に潰そうとしていた。

「俺には、そんなのどうでも良い事だけどね?」
 
 科学の説が正しかろうが、宗教の説が正しくなかろうが、それは各々が自由に感じる事で、「その正誤を言いあう事ではない」と思っているからだ。真実ばかりでは息苦しくなるし、虚妄ばかりでもアホらしくなる。現実逃避は、それすらも超える行為だ。目の前の現実からどんなに逃げようとしても、現実の方から追い掛けてくる。俺が「どんなに逃げたい」と思っても。だったら、そこから逃げなければいい。目の前の現実と向きあって、現実の浪漫を追いもとめればいい。そうすれば、苦しい事も楽しくなってくる。今日の夜にやろうとしている天体観測もまた、そんな理由からやろうとした事だった。
 
 天界観測には、様々な道具が要る。孤独な天文学者が使うような望遠鏡から、夜の眠気を誤魔化す刺激物まで。星を観るのに必要な物が、山ほどあるのだ。こうして、夜の世界を待つ時間もまた同じ。昼間の退屈と戦わなければならないのである。それがとても辛いわけだが……まあ、仕方ない。こう言う辛抱もまた、部屋の中でじっとしている時間も、趣味への大事な時間なのだから。ここは、じっと耐えつづけよう。
 
 俺は椅子の上に座って、窓の外をじっと眺めつづけた。外の景色が暗くなったのは、俺が帳面の頁を開いた時だったか? 俺は椅子の上から立ちあがって、窓の前にそっと歩みより、そこから外の景色を眺めてみた。外の景色は、やはり夜。しかも、月の綺麗な夜だった。これなら、周りの星も良く観られる。天体観測の道具をどんなに揃えても、肝心の空が曇っていたら意味ないからな。これは、「幸運」としか言いようがない。

「うん!」

 俺は自分の足下に夜食を置いて、窓の所に置いてある望遠鏡を覗きはじめた。望遠鏡の覗き穴から観られた光景は、本当に美しかった。夜空の月はもちろん、その周りに散らかっている星々も、互いの領土を奪う事もなく、ある星は少し明るめに、またある星は少し暗めに光って、空の黒金に鮮やかな点を作っていった。星々の周りを回っている小さな星(科学者達曰く、これは「衛星」と言うらしい)も、その光こそ見えなかったが、星々が自分の光を放つ事で、それが存在を薄らと感じさせている。それらの衛星が漂っている空間も、波のない川、底のない海を思わせていた。

「今夜は、本当についているな」

 こんなにも美しい夜空が観られるなんて、「本当についている」としか言いようがない。いつもの夜空は……いつもの夜空もそう変わらないのかもしれないが、雨の日はもちろん観られないし、曇りや雪の日も観られない。雲の厚化粧にホッとして、自分の素顔をすっかり隠してしまう。あんなにも美しい素顔を、自然の厚化粧で誤魔化してしまうのだ。それは、あまりにもったいない。美しい物は、美しいままでいいのだ。本来の美を、本来のままに保っていればいいのだ。無理して、本来の美を押しつぶさなくても。分かる人には、分かってくる。本来の美を読みとってくれる。「あなたは、そんなに美しいのに?」と、だから……「今夜は、本当についているんだ」
 
 俺は「ニコッ」と笑って、空の星々を眺めつづけた。それが要因になったのか? 空の流れ星に驚いたところで、ある遊びを思いついてしまった。「そうだ! 空の星々を繋いで、自分だけの星座を作ろう!」と、そう内心で思ってしまったのである。

「星座の事はもちろん、俺も知っているけれど。これは、楽しい遊びになるかもしれない」

 うん! と、俺はうなずいた。

「さっそくやってみるか!」

 俺は星と星の間に線を引いて、その夜空に絵を描きはじめた。自分の知識とできるだけ被らないように、星と星とがなるべく争わないように。思考の絵筆を使って、夜空の上に一つ、また一つと、新しい星座を作っていったのである。俺は足下の夜食をふと思いだした時も、夜食のサンドイッチから意識をすぐに逸らして、目の前の作業にまた意識を戻した。

 その作業は、本当に楽しかった。空の星座を形づくっている星々(これらは、「恒星」と言うらしい)は動かせないので、作業の難しさはあったが、その難しさすらも、新しい星座を作った時にはもう、綺麗さっぱり無くなっていた。この感覚は最早、「浪漫」とか言いようがない。未開の地に足を踏みいれるような浪漫。世界の謎を解きあかしたような興奮。それらの快感が、大軍をなして押しよせてきたからである。それには、思わず唸らざるを得なかった。

「すごい」

 語彙の力も、弱くなった。

「本当にすごい」

 感動の表現も、弱くなった。

「これは、星の魔法だ」

 光と闇とを併せもつ力。人間の力では、到底敵わない魔法。俺は今、その魔法を味わっているのだ。人間が世界の一部を切りとって、そこを「自分の部屋」と決めた場所から。部屋の中に置いた望遠鏡、その小さな覗き穴から。自然の魔法を受けとって、その魔力をはっきりと感じていたのである。これは、文字通りの感動だ。それ以外の言葉では、言いあらわせない。俺は、どんな黄金にも勝る光景を眺めているのだ。

「それなのに」

 どうして、自分の胸が苦しいのだろう? 胸の奥が痛むのだろう? 俺の前には、あんなにも美しい景色が広がっているのに? 景色の裏に潜む闇が、それのもたらす災いが、どうしても見えてしまうのだ。まるで星々の説教を聞かされているかのように、見えない短剣が自分の胸に隙刺さってしまうのである。

「これは、俺の闇なんだろうか?」

 俺自身が分かっていない闇。俺の光に隠れている影。それが星の光に照らされて、気持ちの表に現れてしまったのだろうか? その答えは、どんなに考えても分からない。望遠鏡の覗き穴から視線を逸らして、夜食のサンドイッチを頬張っても分からない。それはすべて、闇の中。その奥を漂っている。俺がどんなに足掻いても、決して届かない闇の奥を。

 俺はその暗闇に震えつつも、夜食のサンドイッチを食べおえた時にはまた、真面目な顔で望遠鏡の覗き穴を覗いていた。そうするのがたぶん、今の俺には必要だったから。このモヤモヤとした気持ち、何だか分からない壮大な疑問と向きあうためにも。望遠鏡の覗き穴から視線を逸らそうとする気持ちは、まったく湧いてこなかった。俺は夢中で、望遠鏡の覗き穴を覗きつづけた。
 
 それがつづけられなくなったのは、夜空が地平線の先に消えた時だった。俺は夜の名残に胸を打たれたが、人間の本当には流石に逆らえず、「一日くらいの徹夜は、平気だ」とは言え、地平線の先から太陽が昇りはじめた時にはぼうっと、椅子の上にまた座った時にはうとうとしてしまい、館の召使いが「お早う御座います、領主様!」と叫んでくれなければ、部屋の扉がどんなに叩かれても、その音や声を聞きのがして、思わず眠ってしまうところだった。

「くわぁ、ううん」

 俺は自分の両目を擦って、椅子の上から立ちあがった。

「わ、分かった。今、起きるよ」

 そうは言ったが、やはり眠いモノは眠い。部屋の扉を開けた時もまた、思わずあくびしてしまった。

「おはようぉ」

 召使いは、その言葉に呆れた。一応は彼等にも天体観測の事は伝えていたが、ここまで酷いとは流石に思っていなかったらしい。俺が部屋の中から出て、館の廊下を歩きはじめた時も、「不安で俺の方を振りかえった」と言うよりは、「大丈夫かな?」と案ずるあまり、その様子をじっと眺めている感じだった。あるいは、「こんな領主に従っていて、本当にいいのかな?」と思っていたのかもしれない。どちらにしても、俺の趣味に呆れていたのは確かだった。

「領主様」

「ん?」

「趣味に打ちこむのは、悪い事ではありません。ですが、『限度』と言うモノがあります。貴方には、今日も仕事があるのですから」

「う、ううん。確かにそうだけど」

 でも……。

「それでも、止められないのが趣味ってヤツなんだ」

 召使いは、その言葉に溜め息をついた。その言葉に心底呆れているらしい。

「そうですか。でも、ちゃんとやる事はやって下さいよ?」

「分かっているって。そいうのは、疎かにしないから」

 俺は自分のあくびを噛み殺して、頭の後ろに両手を回した。

「さて。今日の一日は、仕方ないとしても」

 明日は……。

「何をしようかな?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

処理中です...